第三十九話 一対万
「御者、あんたは撤退を先導して。全員、町へ連れ帰ること」
「ええ!?」
「僧侶、あんたはあたしについてきなさい。人質なんだから」
「……あの、大群の中を……ですか?」
「あんた、跳んだり避けたりできないの? なら、あたしが殺して道を開けるわよ。走るくらいはできるでしょ?」
「……わかりました」
唯がロマーノを追い払うように手を振ると、ロマーノはすぐさま馬車の進行方向を変え、馬を走らせた。
唯の言葉を聞いていた後続の馬車たちも、ロマーノの馬車に続く。
去っていく馬車を眺めながら、エルが呟く。
「私たちの帰りの馬車、どうするんですか?」
「王都に一台くらいあるでしょ」
唯はボキボキと指を鳴らしながら、ターゲットを真正面に見据える。
王都の前に集まる人々とは距離があるが、唯にとってはすぐにつぶせる程度の距離だ。
人々の視線は、唯へと集まっている。
「さ、行くわよ!」
言うが早いか、唯は走り出した。
「え、ちょ、待ってください!?」
唯の後を追って、エルも走り出した。
が、いかに勇者パーティに所属していたとはいえ、エルは僧侶だ。
並の人間よりも速いが、唯と比べれば遅い。
唯はエルをぐんぐん引き離し、王都へと近づいていく。
王都前に溜まる人々は、近づいてくる唯を見つけると、銀色の剣を握りしめる。
そして、向かってくる唯を囲むようにU字の形を取り、唯に向かって歩き始めた。
「へえ。あたしを囲む気なのかしら」
唯は構わず、人々の動きなど気にせず、正面から突っ込んでいく。
唯がU字の中に入ると、人々は円の形に唯を取り囲もうと動く。
目指すは、人間による包囲網。
が、唯は速すぎた。
唯は左右に立つ人々に目もくれず、まっすぐ最短で突っ込んでいく。
近くにいた剣を振り上げた一人の男の顔面を掴んで、剣の代わりに左右へ振った。
「っらあ!」
筋肉質な男の重さと体の硬さは、剣としての適性があった。
男がぶつかり、人々がバタバタとドミノのように倒れていく。
生きているのか死んだのかも確認せず、唯は男を振り回しながら、力ずくで道を開いていく。
痛みに叫ぶ声も、うめき声も、何も聞こえない。
ただただ、人が倒れる音だけが響く。
唯が道をこじ開けて進んだ後、エルがようやく唯のいた場所に到着する。
「全然道が開いてない!?」
ようやく王都前に追いついたエルは、大量に立つ人間の存在を前に絶望する。
唯が倒したのは正面のみ。
左右には、容赦なく人が残っている。
これらを全員倒さなければならないと考えれば、その手間の大きさと、なにより他国の人間に手を上げたことによる問題定期される可能性の二つにぶつかり、エルは頭を抱える。
が、エルの心配をよそに、人々はエルを見ていなかった。
ただひたすら唯の姿を追い、唯のいる方向へと前進していた。
「あ、追いついた?」
エルの気配を察した唯は、振り回していた男を後方へと投げた。
男の体は、唯とエルの直線上に立つ人々を弾き飛ばし、唯とエルの間に道を作る。
「道を開けたわ。早く来なさい?」
「前! 前ええっ!」
余裕の表情で振り向く唯に、左右から銀色の剣が振り下ろされる。
唯は向かってくる刃を素手でわしづかみ、力づくで奪い取った。
「神剣ほどじゃないわね」
そして、柄で左右に立つ二人の腹部を殴打する。
二人は胃液を吐き出し、腹を抑えることもなく仰向けに倒れた。
起き上がろうとするも起き上がれず、手足を動かそうとするも思うように動かせず、体に受けたダメージによって正しく体を動かすことができていなかった。
「痛覚もないのかしら? でも、体へのダメージはしっかりと出ている。……可哀そうな体。痛みがないなんて、戦いを楽しめやしないじゃない」
唯はせめてもの救いにと、倒れる二人の体を蹴り飛ばし、周囲の人々をまとめてなぎ倒した。
せめて唯の役に立て。
そんな心遣い。
「……っ!」
追いついたエルは、唯の余りにも非情な光景に口を塞ぐ。
倒れているのは、身の丈に合わない剣を持っている、ただの平民たちだ。
無意識に回復魔法をかけようと体が動くも、唯がエルの腕を掴んで止めた。
「何やってんの?」
「か、回復しないと……死んじゃう……!」
「回復したら、また襲ってくるわよ?」
「……っ! だからって」
「それにこの数、全員を回復させる気?」
「そ、それは」
「できるの? 魔力ってやつ、もつの?」
足音が近づいてくる。
倒れる人々を踏みつけながら、銀の剣を持った人々が唯に向かって近づいてくる。
唯は、自身の拳に息を吹きかけ、一番近くにいた相手に対して拳を突き出した。
拳は風を起こし、風は周囲の人々を吹き飛ばした。
遠くの方にドサドサと落ちた人々の骨は折れ、頭を打った者は出血し、その場に蠢く。
「回復させても、あたしがまたぶっとばすわよ?」
「……っ!」
唯は全身を震わせるエルに近づき、エルの額にデコピンをする。
「痛っ!?」
「目の前のことにとらわれすぎ。助けたいなら、方法は一つ。洗脳を解くことよ」
「洗脳を……解く?」
唯の言葉に、エルははっとした表情を向ける。
「そう」
「できるんですか?」
「さあ? あたしより魔法に詳しいあんたが知らないんなら、確実にできるとは言えないわ」
「な、なら」
「逆を言えば、確実にできないとも言えないでしょ? なら、洗脳してる本人を倒したら洗脳が解けるって思ってた方がいいじゃない」
大量洗脳による、国民を武器にした一斉攻撃。
唯は、静かに怒っていた。
王都を落とした際に手に入るはずの戦利品が、唯のあずかり知らぬところで消費されているのだから。
だからこそ、考えていた。
最短最速での解決を。
「行くわよ」
唯が踏み出した一歩に合わせて、エルもまた一歩を踏み出した。




