第二十六話 フー
プッタネスカ王国。
大陸の北東に位置し、優秀な魔法使いを多く輩出してきた国である。
あらゆる魔法は、ブッタネスカ王国で作られたというおとぎ話もあるほどだ。
ブッタネスカ王国に存在する魔法使いの中でも、勇者パーティに選ばれたフーは別格であり、十代にして王族直下魔道師団の若きエースとして才覚を表していた。
二十歳の頃にスミヤキと出会ってから勇者パーティに入り、一年の旅を経て魔王討伐を成し遂げた。
討伐後は再び魔道師団へと戻り、現在は師団長の地位にて後進の育成に力を入れている。
「炎魔法。三十」
「はっ!」
「放って」
「はっ!」
フーの指示に従って、団員たちが炎の球を放つ。
炎の球は、あらかじめ立てられていた的にぶつかり、小さな爆発を起こして消滅した。
フーは的を眺めた後、団員たちの方へ向き直る。
「一番。炎のサイズが小さい。後半径を二センチメートル大きく」
「はっ!」
「二番。問題なし」
「はっ!」
「三番。中心から五センチもずれてる」
「はっ!」
フーは団員たちの胸に貼られたナンバープレートを読み上げ、それぞれの改善点を羅列していく。
その言葉は短くも的確で、フーの改善点を反映して放った二度目の炎の球は、一度目よりも格段に威力とコントロールが増していた。
団員たちは驚きつつも顔を見合わせ、成長を実感し喜んだ。
「ありがとうございます、団長!」
「ありがとうございます!」
「お礼はいらない」
とげとげしいフーの言葉も、団員たちにとっては尊敬の対象だ。
天才とはこういう物なのだろうと、フーの一挙一動を、自らの信仰心へと加えていく。
王族直下魔道師団において、フーは神にも等しい存在だ。
団員たちからの目は、尊敬ただ一つ。
ただ一人を除いて。
「相変わらずぶっきらぼうねー?」
「ハーさん」
フーの様子を見ていた副師団長ハーが、フーに声をかける。
ハーは自然な動きでフーの背後に回り、フーをギュッと抱きしめた。
「やめてください。指導中です」
「えー? いいじゃん。フー団長なら、抱きしめられてても指導できるでしょー」
「できますが、団員たちに示しがつきません」
フーは視線も使ってハーに訴えるが、ハーはどこ吹く風だ。
威圧感のあるフーの赤い瞳も、ハーには見慣れたもの。
平然と、フーのオレンジ色の髪を撫でている。
「あ、オレンジの中に黒はっけーん!」
「」……はあ、仕方ないですね。全員、休憩」
ハーがしばらく離れてくれないだろうと判断したフーは、訓練を中断した。
団員たちに休憩を促し、フーはハーを引きはがした。
ハーは、かつてのフーの師匠。
ふざけた態度をとられても、師団長と副師団長と言う関係であっても、むげにはできないという私情がある。
団員たちは各々散って、訓練場の中心にはハーとフーだけが残った。
ハーは、フーの頬っぺたをつんつんと突きながら遊び始めた。
「で、なんですか?」
「んー?」
「私に用事があったのではないのですか?」
「あー、それね。フー。あんた、またお見合い断ったんだって」
ハーの一言に、フーの表情が固まり、またその話かとげんなりとした表情を見せる。
「はい、断りました。私に釣り合わなかったので」
ハーは、フーの頬から指を離し、次はフーのオレンジ色の髪を手に取る。
さらさらと流水のように美しい髪が、ハーの掌の中に流れた。
オレンジの中、時々混じっている黒髪が顔をのぞかせると、ハーはなんだかいけないものを見ているような感覚に襲われた。
「でも、相手は公爵様だったんでしょう? もったいないねー」
「爵位など、生まれた家次第で誰でも持てます」
「それが難しいんじゃない」
「私は、爵位なんかよりももっと」
「もっと?」
「……しゃべり過ぎました」
「えー? いいじゃん、教えてよー!」
ハーは、フーの頬っぺたにぐりぐりと指をあて、そのまま人差し指を首に下ろし、鎖骨をなぞった後で胸に下ろす。
つんつんと胸を突いてみても、フーは反応を示さない。
「はー。誰が、この子のパーフェクトボディを好きにできるんだろうねー? 将来の旦那が羨ましいわー」
「私の体は平均的です。トレーニングをしているので、人より筋肉量と柔軟性が高くはありますが」
「それを、パーフェクトボディって言うんだよー」
「私にとってのパーフェクトは、もっと」
ハーとフー、じゃれあう二人の上空に、一羽のハトが飛んできた。
ハトは、二人の上をくるくると旋回して二人の意識を引き付けると、便せんを一つ落とした。
「なにそれ?」
便箋を受け取ったフーは、便せんに書かれた宛名に目を丸くする。
「スミヤキ?」
「スミヤキ様!? 勇者パーティの剣士様じゃん! え、うそ、まさかあんた……文通を!? 公爵様のお見合いを断ったのって、そういう!」
「文通はしていません。停戦協定時、勇者パーティ間での個人的接触は禁じられました。……有事以外では、ですが」
フーは便せんを破き、中の手紙を取り出し読み始める。
勇者パーティ間の連絡となれば、ハーとて勝手に読むわけにはいかない。
ハーはフーから離れ、手紙の読めない位置まで距離をとる。
視線をきょろきょろと動かし、手紙の内容を確認し終えたフーは、表情を変えずにハーへと向き直る。
「ハーさん。悪いんですが、しばらく師団長代理をお願いします」
「……りょーかい」
言うが早いか、フーは転移魔法でその場から姿を消した。
休憩を終えた団員たちがぞろぞろと戻ってくると、ハーのみが立っている現状に首を傾げた。
「副師団長。師団長は?」
「急用」
「休養? まだ、お休み中ということですか?」
「違うわよ! 急ぎの用事ができたの! という訳で、たった今から貴方たちの指導は私がしまーす!」
ハーの言葉に、団員たちはあからさまに嫌な顔をする。
「……何よその顔」
「セクハラ、やめてくださいよ?」
「失礼な! しないわよ! 可愛い女の子にしか!」
「きゃあー!?」
ハーは、笑いを交えながら、フーの代わりに団員たちの訓練を開始した。
フーの手助けをしたい気持ちもあったが、すぐに消した。
かつての弟子は、とっくにハーの手の届かないところにいってしまったのだから。
ハーにできることは、フーの背中が見えない遥か後ろで、バックアップをすることしかないと知っているから。




