第二十七話 イカリ
アラビアータ帝国。
大陸の北西に位置し、優秀な格闘家を多く輩出してきた国である。
その背景にあるのは、個の強さを絶対とする価値基準。
武器も持たず、自分の肉体のみで勝利をもぎ取ることを高く評価する風土。
剣も、弓矢も、魔法も、弱者が使うものと嘲笑される。
強者は全てを手にする弱肉強食の国。
アラビアータ帝国の現皇帝ポモドーロ・アラビアータもまた、前皇帝を力づくで玉座から引きずり下ろし、その椅子に座った。
そして、全国民を自身の支配下に置き、自身が理想とする国を作るための駒とした。
そんなアラビアータ帝国において、唯一ポモドーロの支配下にないのが勇者パーティの格闘家イカリである。
例にもれず、イカリの元にもポモドーロが軍を差し向けたが、イカリは軍全てを返り討ちにした。
最後にはポモドーロとイカリが一騎打ちをし、イカリの勝利で決着がついた。
強者は全てを手にする。
国の支配に興味のなかったイカリは、ポモドーロから玉座を奪うことはせず、ただ己の自由を望んだ、
己の自由とは即ち、イカリが家族や他人と自由に会話し、行動できる権利も含まれる。
消極的な、国民の自由をも意味する。
敗者であるポモドーロはイカリの要求をのみ、引き続き帝王として国民を支配する一方で、恐怖政治を撤回。
ポモドーロの決めた税収と徴兵の義務を除けば、国民に一定の自由を与えた。
フーは転移の魔法によって、アラビアータ帝国の山奥へと降り立った。
他国への転移は協定によって禁じられてはいるものの、勇者パーティたちはいくつかの例外規定を有している。
今回の転移も、有事における例外規定の一つだ。
「酷い場所」
フーが降り立った場所は、密林という言葉がぴったりの山奥だった。
生い茂った草や花は、フーの腰まで伸びでいる。
木々も無遠慮に枝を伸ばし、互いの枝同士がぶつかり合い、おまけに蜘蛛の巣が至る所に張られている。
周囲では獣と魔物の喧嘩する声が響き、人の手がいっさい入っていない場所であることがうかがえる。
フーは魔法で草木を焼き払って道を作り、森林の奥を目指す。
魔物たちはフーの匂いを嗅いでフーに近づいてくるも、フーの魔力を見抜いて首を垂れた。
「ワオオオン!」
「邪魔」
魔力を管理できない獣には何度か襲われたが、フーはことごとくを退けた。
しばらく歩けば木々が減っていき、森は開けていく。
気に囲まれた小さな広場には、小さな小屋がぽつんと建っていた。
木と木を無理やり組んで作ったような、不器用な小屋。
「誰だ?」
フーの足音を聞きつけた小屋の家主が、小屋の扉を開いて中から出てくる。
赤いドレッドヘアをした、大柄の男だ。
巨大な水がめを担いでおり、のっそのっそと歩いている。
「イカリ!」
フーの声を聞いた男――イカリはフーを見つけると、にっと笑顔を浮かべる。
「なんだあ、フーじゃねえか。どうした、こんなところまで?」
イカリは水がめを置き、近づいてきたフーの頭をわしわしと撫でた。
「やめて。髪、ぼさぼさになる」
三十六歳のイカリにとって、二十三歳のフーなど年の離れた妹も同然。
懐かしさからつい手が伸びてしまうも、フーは迷惑そうにイカリの手から逃れる。
「わざわざ来たってことは、なんか用事があんだろ。まあ、座れ」
イカリは地べたを指差した後、サングラスを外してからその場にあぐらをかいた。
フーは一瞬地べたに座ろうかと考えたが、蟻が歩き回る地べたに座ることに抵抗を感じ、立ったままイカリを見下ろす。
「ずいぶん、潔癖になったもんだなあ? 旅の時は、蝙蝠の糞まみれの場所にも座れただろうに」
「……あの時は、どうかしてた」
「ははl! ちげえねぇ。俺も、糞の上はもう無理だ! で、どうした?」
イカリは豪快に笑った後、赤い瞳でフーの顔をじっと見る。
その瞳に懐かしさを感じつつも、フーはすぐに冷静な声で口を開いた。
「スミヤキから招集がかかった」
言葉の意味を理解したイカリは、眉を顰める。
「招集? 理由は?」
「国家の危機」
「だろうな。じゃなきゃ、お前がここに来れるはずがねえ。……久々に楽しい戦いができそうだ」
イカリはフーから詳細を聞くことなく立ちあがり、小屋の中へと入っていった。
そして、さっきまで来ていたシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になってからフーの前に戻って来た。
鍛え上げられた肉体美が、新緑の中において過剰なまでに映えている。
「……普通、逆」
「逆?」
「普通は、服を着るために家に戻るのよ」
「うちの餓鬼どもも、同じこと言ってたな」
「可哀そう」
イカリの手には、着替えの服を入れた袋が握られていた。
他には何もない。
武器も、防具も、食料も。
これから戦いに向かうには、余りにも貧弱すぎる。
しかしフーは、イカリにとって戦いの準備がそれで充分であることを知っていた。
イカリは木々が生える方へと向いて、何もない場所に向かって正拳突きを放った。
イカリの拳は空気を叩きつけ、空気が砲弾の球となって飛んだ。
そして、イカリの前方にあった木々をへし折り、一帯を更地に変えた。
「ああ、いい感じだ」
イカリは満足げにフーを見て、フーは飽きれた様にイカリの作った更地を見た。
とはいえ、フーがいうべきことはない。
イカリの土地でイカリが何をしようが、それはフーの感知することではない。
「次は、エルを迎えに行く」
「おう!」
フーは転移の魔法を使い、自身とイカリを飛ばした。




