第二十話 集団戦
ブッチーノ町。
領主の館。
唯は、エーザロと将棋を嗜んでいた。
もっとも、カルボナーラ王国には将棋という概念がなかったため、木で駒と盤を作らせた唯のオリジナル製品とはなるが。
「私ね、考えたのよ」
「はい」
「私一人いれば、国くらい滅ぼせると思ったの。でも、維持はできないなって」
「維持ですか?」
「そー。私が町一つとっても、別の町をとってる間に取り返されちゃうと思わない?」
「それは、確かに」
「だから、奪った町には、自力で町を守るようにしてもらおうと思ってね」
「それが、今回の作戦だと?」
「そー。騎士団長を退けられるんなら、多分いけるっしょ」
唯は角の駒を掴み、盤上へと叩き置いた。
「王手」
「私の負けですね」
「あはははは」
「さすが、唯様はお強いですね」
「そんなことはないわ。私、元の世界じゃそこまで強くなかったし」
唯は駒をジャラジャラと掻き集めて、唯側とエーザロ側に分ける。
そして、再戦のために駒を並べ直す。
「それに、どっちかと言うと、将棋よりチェスの方が好きなの」
「チェス?」
「将棋に似てるゲームよ」
「ほう。どのあたりが違うんですか?」
エーザロの問いに対し、唯は歩の駒を掴んで、駒台の上に置いた。
「将棋はとられた駒を味方にできるけど、チェスはできない。とられたら、その駒は終わり」
「厳しいルールですね」
「そうね。でも、死を前提に戦略を組むって点では、とっても私好みよ? だって、死んだら人生は終わりだもの」
戦場で、発狂する声が聞こえる。
「あああああああああああああああ」
腕の中で抱えたいた子供の血を浴びながら、一人の兵が頭を抱えて逃げ惑う。
ごろりと地面に落ちた亡骸を拾う者は誰もいない。
「うわああああああ」
また一人、別の場所で奴隷の首輪が爆発する。
爆発の条件は、奴隷の首輪をつけた唯本人しかわからない。
だが、爆発した二人に共通していたのは、拘束ではなく戦意喪失。
この仮説が正しい場合、町人たちは、いかなる場合においても戦いを止めることができないという帰結。
「魔道師団、拘束しなさい!」
魔道師たちが拘束の魔法を放ち、見えない輪っかで町人たちの体を縛り付ける。
縛り付けられた人々は地面に倒れ、イモムシのようにもぞもぞと体を動かす。
魔道師の拘束魔法は、同時に三人までが平均的だ。
兵よりも同時に拘束できる人数は多いが、それでも暴徒と化した町人を全員止めるには足りない。
「……どうすればいいんだ!」
奴隷の首輪がついている以上、パンチェッタの降服勧告は無意味。
降服を受け入れた町人から、死んでいく可能性があるのだから。
「騎士団長」
「なんですかな、ストリーキー殿?」
「町人の首についている首輪ですが、おそらく全てが奴隷の首輪ではないでしょう。本物も混じっているでしょうが、おそらくは大半が模造品」
「模造品?」
「奴隷の指輪は貴重な道具。それも、奴隷商がビジネス道具として買い占めています。ここまで多いこと自体が不自然」
焦るパンチェッタに対し、ストリーキーは冷静だった。
時に魔道師は、新たな魔法の開発のために人間を犠牲にする。
何の罪もない人間の死に対し、ストリーキーの方が聊か耐性があった。
「なるほど。それで、本物と模造品を見分けることはできますか?」
「無理、ですな。非常に精巧に作られています」
パンチェッタは、町人の攻撃をいなしながら、首輪を確認する。
ストリーキーの言う通り、どれもこれも同じ物に見え、本物と模造品の判断をつけることはできなかった。
「どうでしょう? 本物をつけている人間を犠牲に、降服を受け入れさせるというのは」
「ありえない。民を見捨てる者は、騎士ではない」
「では、無傷での制圧を諦めましょう。脚でも切ってしまえば、もう動かなくなるでしょう」
「それも論外だ! 私たちを襲っているのは敵ではない! 善良な国民だ!」
「……甘っちょろいですなあ。その甘さで、この惨状を止められるんですか?」
ストリーキーの言葉は正論だ。
町人たちの命、兵たちの命。
時間が経てば経つだけ双方の命が減っていく現状において、何かを斬り捨てるという決断を下すというのは最適解の一つだ。
その結果、パンチェッタは町人たちから恨まれる、あるいは兵たちから軽蔑の目を向けられる可能性はあるが、命が減り続けるよりはマシな未来の可能性もある。
パンチェッタは拳を強く握り、歯をぐっと噛みしめる。
決断は、トップの仕事だ。
想定していなかった事態を前に、パンチェッタは覚悟を決める。
「峰打ちにしろ! 意識を奪え! 目を覚ましても動けないように、ロープで捉えろ!」
民への攻撃を。
「やはり、甘いですな。まあ、いいでしょう。聞きましたね、皆さん? 遠慮なくやりなさい」
パンチェッタの決定を受け、ストリーキーが魔道師団へ命を下す。
兵たちが、町人を殴る。
剣の柄で首の後ろを殴りつけ、つぎつぎと意識を刈っていく。
魔道師たちが、町人から意識を奪う。
騎士たちよりも、むしろ得意分野だ。
精神へ干渉し、ロープを刃物で切る要領で、意識を切り取っていく。
バタリバタリ。
老若男女が倒れていく。
「なんで、こんな」
泣きながら、ロープで体を縛り上げていく兵もいる。
扉の開いた門の前。
町人と騎士魔道師連合の戦い、即ち弱者と強者の戦いとしては、余りにも時間のかかった戦いが終結した。
ここからは、大将戦。
「あら、いい作戦だと思ったんだけど。A級も戦場に放り込んどくべきだったかしら?」
門をくぐり、颯爽と唯が現れた。




