第二十一話 大将戦
自国民を傷つけるという精神的苦痛を前に、兵たちは疲れ切った表情で唯を見る。
一方の魔道師たちは、兵よりも精神的疲労は少ない。
どちらかというと、魔法を何度も行使したことによる物理的な疲労だ。
「貴女は?」
「唯。この町の支配者よ」
ストリーキーの問いに、唯ははっきりと答えた。
「では貴女ですかな? カルボナーラ王国に宣戦布告をした少女というのは」
「そうよ! 良かった、ちゃんと伝わってたのね。安心したわ。あの伝令役、途中で野垂れ死んでたらどうしようかと思ってたの」
ストリーキーは今回のターゲットを見つけた喜びで頬が緩んだ。
唯を倒すことが、この戦において最大の功績となるのだから。
目の前にある功績に焦って独断で動き、手に溜めた魔力で光の矢を作り出して唯に向かって放った。
独断でさえ、ストリーキーは唯に負ける気がしなかった。
「待てっ! ストリーキー殿!」
唯の死によって、奴隷の首輪のついた町人は多数死んでしまう。
そんな未来を思い浮かべたパンチェッタは、ストリーキーに制止をかける。
が、光の矢は、言葉の通り光の速さで放たれる矢。
制止よりも速く、光の矢は唯の心臓を目掛けて飛んでいった。
「今まで見た中で一番速いわね。新幹線みたい」
唯は飛んでくる矢を、手の甲ではじき返した。
「まさか、素手でとは」
唯を観察していたストリーキーは、唯の手に魔力が溜まっていないことを確認する。
唯の行いは、不可能か可能かで言えば、可能だ。
例えば、魔法で作り出した岩も、岩よりも固く鍛えた筋肉であれば破壊できる。
光の矢も、光の速度で届く物体を相殺できるエネルギーで殴りつけることができるのならば、破壊は理論上可能だ。
はじき返された光の矢はくるくると回転しながら、空中で二つの光に分裂する。
そして二つの光は、再び唯に向かって飛んでいった。
「わ! なにそれ! そんなこともできるの!? 面白っ!」
唯は飛んできた矢を、両手で掴んだ。
光の矢は、唯の手の中で生物のようにバタバタと暴れたが、徐々に勢いを失って消滅した。
「なるほどなるほど。破壊しなければ、消えるのね」
ストリーキーの後方で、魔道師団の魔道師たちも光の矢を作り始める。
そして、雨にも匹敵する数の矢が、唯に向かって降り注ぐ。
「同じ物でしょ? 馬鹿にしてんの?」
が、唯はその全てを掴んでみせた。
手に持ちきれない矢は地面におき、どこへも飛んでいかない様に踏みつけた。
空を覆った光の矢は、一瞬にして捕まり、消滅した。
「まさか、あれだけの数を捌くとは」
ストリーキーが追加で炎の矢を作り出して放つも、唯は平然と炎も掴んでみせた。
「炎も作れるのね。学びが多いわ。ねえ、あんたもA級なの?」
「ええ。A級魔道師、ストリーキーと申します」
「確かに、うちのA級より強そうね。本当は今すぐにでも戦いたいんだけど、今日は作戦があるから」
「作戦?」
唯が手招きをすると、門から子供が歩いてきた。
ボロボロの服を着た子供の首には、当然のように奴隷の首輪がつけられている。
唯は近くに来た子供の頭をポンポンと撫でながら、ストリーキーを見る。
「この子供の命を助けたければ、投降なさい! 投降すれば、命だけは保証してあげるわ! しばらくはね!」
「これはこれは」
ストリーキーは手を上げて、後方の魔道師団に攻撃の中止を促す。
そして、顎をポリポリと書いた後、振り返って魔道師団に指示を出す。
「撤退だ」
同時に、風の魔法で自身の身体を後方へと吹き飛ばす。
唯は楽し気に、奴隷の首輪がついた子供は絶望的にそれを見た。
唯が子供を盾にした瞬間、ストリーキーは無実の子供の見殺しと自身の敗北を天秤にかける未来を想像した。
ストリーキーにとって、前者は出世に響き、後者はプライドに響くことだった。
故に、場に残ることを嫌った。
「へえ、そう来るんだ」
唯はストリーキーを追おうと、足に力を入れる。
「待ってくれ!」
そのタイミングで、パンチェッタが唯の前に土下座した。
「ストリーキーの行いは、私が謝る! そして、代わりに私が降服を受け入れる! どうか、その子供の命を助けてやってくれ!」
「……あんた誰?」
「カルボナーラ王国騎士団、騎士団長パンチェッタ! この陣の総指揮官を任されている」
「あんたが騎士団長? なんだか、あっちより弱そうね」
パンチェッタもまた、ストリーキーと同様の二つを天秤にかけた。
そして、子供の命をとった。
唯はパンチェッタを見下ろした後、飛び去ったストリーキーの方に目をやる。
追いつけない距離ではないが、同じように飛び去っている無数の魔道師たちを見れば、追いつくまでに魔法を捌くという面倒な作業が溢れていることにげんなりとした。
唯は、足元に転がっていた短剣を手に取り、次の瞬間にパンチェッタの首に向かって投げた。
パンチェッタは短剣の気配を感じ、即座に上体を起こして唯の一撃を回避する。
「騎士団長ってのは、嘘じゃなさそうね。A級と同じくらいには強いのかも」
唯は、すたすたと門に向かってい歩いていく。
「いいわ。降伏を受け入れてあげる。今回の作戦は、捕らえたやつらだけでどこまで防衛できるか、だもの」
そして、子供から奴隷の首輪を取り外し、代わりにパンチェッタの首へとつけた。
「作成は半分成功。ほとんど犠牲なく、兵たちの戦意を奪えたんだもの。騎士団長の制圧までは難しかったようだけど、要改善ね」
満足げに語る唯の前で、パンチェッタは周囲を見渡す。
奴隷の首輪が爆発して亡くなった者が数人。
兵たちが取り押さえる中、不慮によって亡くなった者が十数人。
意識を失っている者が数万人。
精神的外傷によって震えている兵たちが大勢。
「……ほとんど……犠牲なく?」
「なによ。あたしの勝利にケチつける気?」
パンチェッタの零した感想に、唯はむっとした表情を浮かべた。




