第十七話 第五騎士団
カルボナーラ王国に所属する第五騎士団の隊長アフミカータは、一団を引き連れてブッチーノ町に向かい、馬を走らせていた。
カルボナーラ王国において、戦争には不文律がある。
騎士団が動く時、最初に出撃するのは騎士団長ではなく、騎士団長の指名した団というものだ。
これは、双方の人的被害を小さくすることが狙いの規則である。
騎士団長が動く以上、それなりの数の騎士が当然動き、相手も同数程度を動かさざるを得ない。
大多数対大多数の正面衝突は、多くの人的損害を出す可能性を高める。
戦いの規模など、小さいに越したことはない。
騎士団長であるパンチェッタは、多数抱える団の内、第五騎士団を指名した。
自国の国民を巻き込むかもしれない戦いは、誰もが嫌がるところだ。
対し、第五騎士団の団長であるアフミカータは、感情よりも任務を優先することのできる男。
自国領土であるブッチーノ町であったとしても、情を交えず任務を達成してくれることを期待した。
その期待通り、ブッチーノ町に向かうアフミカータの心中は、非常に冷酷だった。
(魔王が死んで二年。本格的な戦がなくて退屈していたところだ。ちゃんと、抵抗してくれよ。抵抗するやつは、力づくで制圧していいと言われているからな)
血を啜りたそうにしている愛刀に触れ、アフミカータはにんまりと笑う。
血塊のアフミカータ。
かつての二つ名。
彼が通った後に魔物の形など残らず、ただ血だまりだけが残るのだ。
「私は、カルボナーラ王国騎士団が一つ、第五騎士団隊長、アフミカータである! ただちにブッチーノ町の門を開門せよ! 私の言葉は、カルボナーラ王国国王、フレッシュ・カルボナーラの言葉と思え!」
門の前に陣を取り、アフミカータは叫ぶ。
固く閉ざされた門には、兵の顔一つ見えはしない。
しかし、少数ながら人間の気配はしており、門の裏に誰かが控えていることは確認できた。
むしろ、より奇妙なのは門付近よりもさらに奥。
町の中からは、人々の走り回る音と叫び声が響いており、まるで現在進行形で侵略が続いていると言われても信じるほどの荒れっぷりだ。
「陛下からは、開門しなければ武力行使も厭わないと仰せつかっている! 言葉で交渉している間に、開門する方が賢明だぞ!」
言葉とは裏腹に、アフミカータの手は戦いへの飢えで震えていた。
できれば数人をやむなく切り捨て、ブッチーノ町の開門を達成する。
そんな、個人的欲求の解消と任務の達成の両取りをしようと、心の中で密かに企む。
「あー、ようやく来た? ってか、第五騎士団隊長って何? 騎士団長じゃないの?」
アフミカータの声に応じたのは、若い少女の声であった。
門に備え付けられた見張り台から、赤いツインテールの少女――唯が顔をのぞかせた。
「サンターガ子爵の私兵か? いや、その装い、異国の者か?」
およそ兵らしさのない唯を見て、アフミカータは問いかける。
事前に、外乱か孤児かの可能性は聞いていた。
孤児にしては高級な生地の服を着る前に、アフミカータは異国からの外乱の可能性を高めた。
「異国? まあこの世界の外だし、異国っちゃ異国ね」
「どこの国の者だ? カチャトーラ王国の者か? プッタネスカ王国の者か?」
アフミカータは片手を上げて、兵たちに遠距離攻撃への警戒を強めさせる。
カチャトーラ王国であれば、弓に長ける。
プッタネスカ王国であれば、魔法に長ける。
門を挟んだ遠距離戦であれば、少々面倒な戦いになるだろうなどとと考えた。
とはいえ、町を落とす戦である以上、事前の想定範囲内である。
「カチャ? 豚? どこの国よ、それ? いや待って、どっかで聞いたことあるような。どこだっけなー」
「カチャトーラ王国とプッタネスカ王国を知らない? 貴様、本当にどこの出の者だ?」
「あー……! 面倒くさい! あたしはここに、戦いに来たの! どうでもいいでしょ、そんなこと! 騎士団長じゃないなら、もう話すことはないわ!」
唯は、すうっと息を吸って、大声で叫んだ。
「我が名は唯! あたしは今ここで、カルボナーラ王国に宣戦布告する! カルボナーラ王国を滅ぼし、他の四つの国も滅ぼし、あたしが世界最強になる!」
「……どうやら、ただの狂人のようだな」
アフミカータは、まともな応答のできていない唯の評価を、地の底にまで落とした。
対話とは、知性ある者同士でしか成立しない。
アフミカータは、これ以上の会話は無意味だと悟った。
だが、たとえ狂人の妄言とはいえ、宣戦布告を見逃すほど甘くもなかった。
国への反逆は、無条件で極刑だ。
たとえ本気でなかったと言い訳しても、重い重い罪が課される。
つまりアフミカータにとって、唯は斬っても構わない相手となった。
「宣戦布告。その言葉、冗談ではすまないんだぞ? お嬢ちゃん」
「本気よ! その証明に、あんたの首を取ってあげる。そうすれば、王様にも本気度が伝わるでしょう?」
「私の首を? ふ、ははは! 私も嘗められたものだな! それとも、戦場を知らないお子供は、皆こうなのかな?」
アフミカータは、唯を嘲笑する。
それは、唯がブッチーノ町を落とした本人だと考えず、別に黒幕がいるという根拠なき想定。
唯とアフミカータがにらみ合う。
先に動いたのは、アフミカータ。
「全員、出撃だ! 飛来物に注意しながら、門をこじ開けろ! あの女を捕らえろ!」
「はっ!」
兵たちが、一斉に走り出し、開門へとかかる。
だが、兵たちが動き出してなお、門から飛来物が飛んでくることはなかった。
(攻撃を、してこない?)
ただ、笑顔の唯が立ち上がり、ぴょんと門から飛び降りたのみ。
「なんだ、何を考えている!?」
ずしんという落下音を響かせ、唯は門の前に腕を組んで立った。
町を落とす際、最大の敵は町そのものだ。
塀と門が、町を攻め落とす側の攻撃と進路を阻む。
兵力の差をひっくり返せるほど、その効果は絶大だ。
だから唯の行動は、防衛線というメリットを自ら捨てる愚行。
そして、わざわざ死にに来るも同然の無謀。
「所詮は狂人か! 戦い方というものが、まるで分っていない!」
剣を持った無数の兵たちが、唯へと迫る。
唯は兵たちに目もくれず、地面に落ちている石を拾ってアフミカータへと投げつけた。
兵たちの体をすり抜け、矢よりも速く、投石がアフミカータの肩と脚を貫く。
「ぐ……!?」
アフミカータがよろけ、落馬しないように必死に馬の手綱を握る。
「隊長!?」
兵たちの心配声が届くと同時に、門の前に立っていたはずの唯の手が、アフミカータの首に届こうとしていた。
「待……!?」
抵抗する暇もなく。
剣を抜く暇もなく。
唯の手が、アフミカータの首を引っこ抜いた。
「ヒヒーン!?」
血の雨にさらされたアフミカータの馬が暴れ、アフミカータの体を背中から落とす。
唯は、手に持った首を近くの兵士に投げつけた。
「あんただけは生かしてあげる。王都に戻って伝えなさい。あたしの宣戦布告を」
首を抱きかかえた兵はその場にへたり込んだ。
唯は、目印である首を抱えた兵を除き、殴って、殴って、殴り続けた。
誰も、動かなくなるまで。




