第十五話 帰村
「ねえA級」
「なんでしょう、唯様」
「さっきの町、あたしが戻ってくるまで誰も逃がさないようにできると思う?」
「おそらく」
「根拠は?」
「かつて、王国に流行り病が発生した際、国民たちに対して外出の禁止が通達されました。その際、通達を無視して町を脱出しようとした者も出ましたが、全員捕らえることに成功しております」
「なるほど。似たようなことが過去にあったのね」
ブオン村を目指す荷馬車の中で、唯が考えているのは今後の統治方法だった。
唯には、村一つであれば、唯の体一つで支配できる自信があった。
しかし、距離の離れた二つの集落を体一つで支配するのは不可能だった。
瞬間移動か、分裂でもできない限りは、物理的な距離が邪魔をしていた。
村や町を支配したところで、唯が不在の間に取り返されては意味がない。
永遠に、取って取り返されての泥仕合が続いてしまう。
「ねえA級」
「なんでしょう、唯様」
「さっきの町、異変に気付かれるのはどのくらいだと思う?」
「明日か、遅くても明後日でしょう」
「根拠は?」
「現在、町を完全封鎖しています。今日、取引のために町へ訪れた商人が、町に入れないことを訝しむでしょう。しばらく門に対して開門を要求した後、諦めて王都へと引き換えします」
「ふんふん」
「そして明朝、王都に戻った商人が愚痴をこぼすか、贔屓にしている貴族との商談で町の封鎖の件を話すでしょう。その話が、貴族経由で王族の耳へ入るでしょう」
唯は指を折りながら、自分でも日数を数えていく。
噂の広まる速度という不確定値はあれど、エーザロの意見に唯はおおむね納得した。
「その後は?」
「王族の指揮の元、兵による事実確認。国王の名を使った封鎖の解除要求。それでも駄目であれば、王都から兵の派遣が決定されて兵による実力行使、と言ったところでしょうか」
「ふーん。その王都から来る兵を、私抜きで町に入れさせないことはできる?」
「しばらくは、可能かと」
「しばらくって、どのくらい?」
「さらに数日。いっこうに封鎖解除できないことにしびれを切らした王族が、A級戦士たちを派遣してくるまでです」
「A級って、そんなに強いんだ。ふーん」
唯は自身のツインテールをくるくると指で巻きながら、隣に座るエーザロを観察するように見る。
エーザロの言葉が正しければ、エーザロにも町一つを落とせる力があるということと同義なのだから。
「言っておきますが、私では町を落とすことなどできませんよ。あくまでも複数人で、です!」
「へー」
唯の視線の意味を察したエーザロは、即座に唯の考えることを否定する。
自身の実力への過剰さを訂正する意味もあったが、実はエーザロが手を抜いていたのではと思われ、唯が再戦を申し出ることを危惧した。
エーザロにとって、今のままで唯と再戦することは死を意味していた。
「それに、王都に滞在するA級戦士、騎士団長パンチェッタと魔導師団長ストリーキーは、私では足元にも及ばぬ実力者。同じA級という肩書をもらってはいますが、実力が私よりも数段上です」
エーザロの駄目押しに、唯はくるくると回していた指を止め、ふと一つの言葉を思い出す。
「勇者は?」
「はい?」
「勇者パーティは来ないの?」
久方ぶりに聞く勇者という言葉に、エーザロの瞳が強く光る。
悪を滅ぼした、象徴。
その名前だけで、人々に勇気を与えられる存在。
「おそらく、来ないかと」
「なんで?」
「勇者パーティは魔王討伐後に解散をしており、現在は各国に散っております。有事でもない限り、再結成することも禁じられています。王都が奪われたのならばいざ知れず、小さな町一つのために動かしたりはしないでしょう」
「ちなみに、もし勇者パーティが町を取り戻そうと動いたら、どうなると思う?」
「一瞬で奪還されるでしょうね」
「へえー」
唯が指を折り曲げ、ゴキゴキと骨を鳴らす。
姿も形も知らない勇者パーティの幻想を思い浮かべ、拳を突き出し、殴り消す。
「ひっ!?」
拳が巻き起こす風がエーザロの顔に当たり、エーザロは思わず目を閉じる。
「つまり、王都を落としたら勇者と戦えるってことかしら? いいわね! やる気が出て来たわ!」
二つの荷馬車が、ブオン村に近づく。
村長であるベルヴェは仕事をやめて、即座に村の入口へと走る。
小さな荷馬車は、ブオン村から発ったもの。
大きな荷馬車は、見知らぬもの。
二台の荷馬車は村の入り口で止まり、小さな荷馬車からマイエラが降りて来た。
「マイエラ!」
「父様!」
ベルヴェはマイエラを抱きしめて、その無事を祝った。
大きな荷馬車から、さらに二つの影が降りてくる。
「ちょっとちょっと。ご主人様を差し置いて、そっちに挨拶?」
荷馬車から降りた唯は、腕を組んでベルヴェを睨む。
「失礼しました。お帰りなさいませ、唯様。ご無事で何よりです」
唯の言葉に、ベルヴェは即座にマイエラから離れて唯の前にひざまずく。
「ええ。あ、これ、戦利品。お香、も多分どこかに入ってるわ」
「こ、こんなにたくさん」
「まだまだあったんだけどね。さすがに全部持ってくるのは面倒だったから、一部だけよ」
ベルヴェは大きな荷馬車の中を確認し、しまわれている荷物を手に取る。
財産も武器も、ブオン村で働いているだけでは生涯見ることのできない宝の山が築かれていた。
「全部倉庫に仕舞っといてくれる? 欲しい物があったら、適当に使っていいわよ」
「ありがとうございます」
ベルヴェに遅れて、村人たちがやって来る。
ベルヴェは村人たちに指示し、荷馬車の積み荷を倉庫へと運ばせる。
そんな村人たちの中から、グリゾリが飛び出す。
マイエラの無事を確認して安心した表情を浮かべた後、唯の前に跪く。
「唯様。村人に、脱走をさせませんでした」
「ええ、そうみたいね。人数が変わってないわ。約束通り、今日からあんたはあたしの人質。それと」
唯はそう言うと、グリゾリの前に奴隷の首輪を投げた。
「ご褒美よ」
グリゾリは、目の前の奴隷の首輪を手に取り、意味が分からず目を丸くする。
そして、自分の首につけろという意味かと悟り、奴隷の首輪を首に近づけていく。
「ああ、違うわよ。あんたがつけるんじゃないわ」
が、グリゾリの動きを唯は制止した。
「え?」
「あんたが、村長の娘につけるの」
唯が指差した先には、驚いた顔をしたマイエラが立っていた。
グリゾリはぽかんとした表情で、マイエラと奴隷の首輪を交互に見る。
「ご褒美だって言ったでしょ? 小さい村とはいえ、あたしがいない間に誰も逃がさないようにできるってことを知れたのは大きいの。だから、ご褒美。これからも、あたしの下僕としてあたしに忠義を尽くしなさい?」
奴隷の首輪は、つけた人間がつけられた人間の命を握ることができる。
つまりグリゾリは、マイエラの命を握る。
マイエラは、グリゾリの命令に逆らえなくなる。
グリゾリが恐る恐る、マイエラを見る。
唯は、にやりと口角を上げすぎた笑みを作った。




