13.エピローグ①
「エリー様、少しよろしいですか」
「えぇ、どうぞ」
マクスは入室すると、紅茶をテーブルに並べる。その後、壁際に控えた。
「マクスも一緒にいただきましょう。お願い」
エリーは、テーブルにマクスのカップも用意する。
遠慮するマクスに「最後だから、お願い」と再度懇願する。
エリーの言葉を受け、マクスは、黙って席に着いた。
エリーが手水からカップに紅茶を注ぐ。
「エリー様、最後とおっしゃいますのはやはり……。提出なされたということでしょうか?」
こちらに嫁いできて、今日でちょうど半年が経つ。約束の期限の日。
貴族院には、この書類を提出するだけ。必要事項は、全て記入済み。ここへ来た時に、手渡されたあの離縁書。
突然乱暴されて、ひどくショックを受けた。立ち直る前に、メリッサ様とお会いして、約束をした。
旦那様と一緒に過ごすうちに、初日の出来事は夢だったのではないかと思えるほどに薄れてきた。そして、段々と居心地の良さも感じていたのも事実。
でも、それは、愛情ではない。
秘密を共有した同士のような、知人のような関係性だから。
実家では、決して感じることのなかった穏やかな時間だったから。
一人の人間として、認められた気がした。
あんな事さえなければ、もしかしたら私達は……。
ここを出ても、あの家に戻るつもりはない。一度も手紙さえ届かない。既に絶縁状態と言っても過言ではない。
父は、女性蔑視の塊のような人だった
ここを出て、姓を捨てて、自立できるように働こう。
先日知り合った宿屋の方に、働かせてもらえないか相談してみようかしら。レオも元気にしているかしら。
「エリー様?」
「あ、ごめんなさい。私としたことが、少し考え事をしてしまって……。離縁届けのことなのだけれど、マクスが出してくれたのでしょう?自分で出そうと思っていたのだけれど、見当たらなくて。」
「いえ、私は、何も致しておりませんが」
「え?だって、そんなはずはないでしょう?今朝出そうと思って、机に確かに置いていたもの。でも、見当たらなかったわ。てっきり、マクスが出してくれたのかと思ったのだけど……。いったいどこに消えたのかしら?」
「私は、エリー様の許可なく勝手な真似は致しません」
「そ、そうよね。おかしいわ。では、書類は一体どこに消えたのかしら」
「まさか旦那様が持ち出したのではないでしょうか?」
「旦那様が?半年が経ったから提出してくださったのかしら」
「いいえ、今の旦那様が提出するとは思えません。嫌な予感がいたします。確認して参ります」
「マクス、私も一緒に行くわ」
マクスと共にクリフォードの私室へと向かったものの、クリフォードは不在だった。
心当たりを探してみるものの、見当たらない。
手分けして探そうとした時だった。どこからか話し声が聞こえてくる。
「マクス、応接室から聞こえてくるわ。どなたか来られているのかしら?」
「はて、このお邸にお客様が訪れることはないのですが、来客でしょうか。確かに旦那様のお声も聞こえてきます。参りましょう」
マクスは、来客時に不謹慎だとは思いつつも、意を決してノックをする。入室許可の声がしたので、エリーと共に入室した。
「どうしてここに……?」
エリーは、目の前に飛び込んできた光景が信じられなかった。ソファーに向かい合わせで座る二人の人物の姿が目に飛び込んでくる。思わず心の声が漏れでてしまう。
旦那様と向き合っているのは……。
まさか、そんなはずない。
「エリー‼︎ 」
ソファーに腰掛けていた男性は、勢いよく立ち上がると、エリーへと近づいてくる。
彼が一歩、一歩、自身へ近づいてくる足音と共に、エリーの心臓が早鐘を打つ。
「アンディー……」
アンディの変わり果てた容姿から、半年という歳月が流れを痛感する。
少年の雰囲気が完全に消え去っていた。
顔には無惨な傷痕もある。その傷痕が厳しい経験を物語っている。
エリーの目の前まで来ると、アンディは片膝をついて手を引き寄せる。
「エリー、あの約束を覚えてる?先日功績を讃えられて、陞爵し領地を授けられた。だから迎えに来たよ。」
半年で?いったい、どんな功績をあげたのか想像するだけで恐ろしい。
「ちょっと待て!二人の世界に入ってるようだが、ここは私の邸であって、彼女は私の妻だ。何度も言っているが、私の妻だ」
「元ですよね?既に離縁は成立している」
「そんなはずはない!書類だってここにあるはず」
クリフォードは慌てて部屋を飛び出すと、すぐに戻ってくる。
「まさかっ!貴様、書類をぬすんだのか!」
クリフォードは、激昂しアンディに詰める。アンディは立ち上がると、エリーを背後に庇い対峙する。
胸ぐらを掴もうとしてきたクリフォードの手をあっさりと片手で払いのける。
「盗んだ、だなんて人聞きが悪いですね。
だいたい、あの書類は、エリーの手元にあったのでは?
盗んだのだとしたら、それはあなたですよね?
僕は、ただエリーの気持ちを優先したまでです」
「あ、あの書類のことも把握しているなんて、部外者の君がおかしいだろう。
エリーの気持ちは、エリーにしか分からないないだろう!」
激昂しているクリフォードとは違い、アンディは終始落ち着いていた。
「では、本人に確かめてみましょうか」
アンディとクリフォードは、同時にエリーの方を向く。
と言っても、アンディは、エリーの隣りに立ち、腰に手を回して引き寄せている。
「わ、わ、わたしは……、お、お世話になりました!旦那様。お約束通り半年が経ちましたので、お別れさせていただきます!」
「そんな!!エリー、き、君は、少しづつ打ち解けてくれているのだと思っていたのに……。嘘だ……、君と過ごす日々を失いたくない、嫌だエリー、どうか考えなおしてくれ!」
「見苦しいぞ、キャンベル辺境伯」
「おのれ!全て、貴様のせいだ!」
八つ当たりするようにアンディに突進したクリフォードだったが、またしても返り討ちにあい殴られる。鈍い音と共に床にひざまづく。
「その程度で、よく辺境伯が務まるな」
「おのれー!」
殴られた頬に手を当てながら、恨み言を叫ぶクリフォード。
「あっははは!クリフったら、ほんとうにだらしない。いい気味ね」
「この声は、まさか……⁉︎」
聞き覚えのある女性の声色が聞こえてくると、クリフォードの顔から一気に血の気が失せていった。




