11.青いコダの贈り主
「ここだよ。」
案内されたのは、普通の宿屋だった。男の子に急かすように連れられて、中へと入っていく。
「ただいまー!お遣い行ってきたよ」
「おぉ、レオおかえり。おや、そちらの方達は?」
宿屋の主人は、レオの後ろにいるエリー達を見て小首をかしげる。
「お客さんを連れてきたのかい?レオ」
「いや、客ではない。少し尋ねたいことがある」
「はて?尋ねたいことですか?いったいどんなことでしょう」
「貴様!その態度は一一むぐっ」
宿屋の主人に掴みかかり殴ろうとしたクリフォードだったが、ある人物によって阻止され羽交い締めにされる。
「んぐッ、マクス、おみゃえいつのまに⁉︎」
マクスが背後からクリフォードを取り押さえ、口を塞いだのだ。
「旦那様とエリー様を2人きりにする訳がないではないですか。いつも、控えておりましたよ。気づいていなかったのですね」
「マクス、あなたも来てくれたのね」
職務熱心なマクスには、頭が上がらない。
「旦那様、お静かにお願いします。あ、あの、突然、お騒がせして申し訳ありません。どこか、落ち着いて話せる部屋はありませんか?」
エリーは、口を塞がれたクリフォードとマクスを隠すように前に出て、宿屋の主人に話しかける。
突然現れた珍客に、宿屋の主人は戸惑いを隠せない。
「はぁ……。では、奥の部屋にご案内します。
レオ、こちらのお客様お茶をお出しして。それから、仕事に戻りなさい。ターシャの手伝いをしなさい」
「分かった。じゃあね、お姉さんたち」
レオは手を振ると、元気よく退室する。
「そちらにおかけください」
クリフォードとエリーは、宿屋の主人と向き合いソファーに腰掛けた。
マクスは、座らずに壁際に佇む。
まるで、クリフォードを監視するように目を光らせている。
「それで、尋ねたいこととは、いったいなんでしょうか?」
「レオが届けてくれているお花のことを、お伺いしたいのです」
「もしかして、あなたがエリーさんですか?」
突然自身の名前を呼ばれて、息を呑むエリー。
「はい。いつもお花を頂きありがとうございます。どうして私のことを?」
「貴様!まさかエリーに惚れているのか?奥方がいながらっ、むぐっ」
暴言を吐くクリフォードの口を、顔色一つ変えずに塞ぐマクス。
「ど、どうかされたのですか?大丈夫ですか?」
怪訝に思う宿屋の主人から、注意を逸らそうと試みるエリー。
「だ、旦那様とマクスは、このようにじゃれ合うほどとても仲が良くて……。うふふ、こちらのことは、き、気にしないでください」
クリフォードは、渾身の力を込めてマクスの手を振り払うことに成功する。
「いいか!金輪際、エリーに近づくな。だいたいこんな1輪の花でエリーが靡くとでも思ったか!」
「あはははっ」
場違いなほど明るい笑い声が響いたかと思うと、朗らかに笑う女性が入室してくる。笑いが止まらぬ様子で、お茶をそれぞれの前に提供する。
「ターシャ、笑うなよ」
「だって、あんたが、あははっ!失礼しました。私は、この宿屋の女将のターシャと言います。うちの人が、何やらご迷惑をかけたようで、代わってお詫びします。」
「俺は、何もしてねぇよ」
「あんたのそういう言葉の足りない所が、問題なんだよ。さあさあ、まずはお茶でもいかがですか。どうぞ一息ついてくださいな」
ターシャは、笑いがまだ収まらず、必死に堪える。
「いえね、立ち聞きするつもりはなかったんですよ。けれど、声が聞こえてくるもんだから。気になってしまって。レオに頼まずにこうして来てしまいました。えっと、あなたが、エリーさん?では、こちらの方は、旦那様と言われていましたね。そうですかぁ……。エリーさんは、ご結婚されているのですかぁ。それは、残念……。
あ、いえね、決してそちらの旦那様のことを否定している訳ではないのですよ。ただ、ねぇ?あんた」
ターシャは、意気消沈したように主人と目線を交わしていた。
クリフォードが少しでも動く度に、マクスが距離を詰める。しぶしぶクリフォードは発言することを諦め、口を噤む。
それでも何かの際に、言葉を挟もうとしてくるので、エリーがクリフォードの腕をつついて制止した。そうされると、クリフォードは別の意味で大人しくなった。
「主人に代わって、私の口からお話しましょう。
実は、エリーさんへ花を渡すように、ある騎士様に頼まれたのです。
以前、主人が森へ薪やキノコの採取に入った際のことでした。魔物に襲われたのです。足を負傷して、もう助からないと諦めかけていたそうです。その時、騎士様が助けてくださったそうで。
遠征から帰る時だったようでした。ご親切に負傷した主人をおぶって、この宿まで連れて帰ってくれました。本当にその騎士様には、感謝してもしきれません。主人の命の恩人です。お礼をさせてほしいと何度も申し出たのですが、何も受け取ってはもらえませんでした。それでは私達の気持ちも収まりません。
しつこく後を追いかけてしまいました。
ちょうど、あのお邸が見える辺りでのことです。騎士様がこうおっしゃたのです。
「もし、お言葉に甘えていいのなら、花をある女性に届けてくれないか」と。
二つ返事で私は引き受けました。それからです。その騎士様が、一輪の青いコダの花をお持ちになるようになりました。
世話をかけるから、と、いくらかのお金も一緒にくださいました。それでは、お礼にならないと申し出たのですが……。気が済まないから、受け取ってほしいと言われてしまいました。
そこで、私達は、レオにお小遣いとして渡すことにしました。花を届ける仕事の代金として。
ご自分で届けないのは、何か事情がおありだと思っていましたが……。てっきり、片想いのお相手なのかと思っておりました。まさか、ご結婚されていた方とは……」
一気に話し終えたターシャの瞳は、翳りが差していた。
騎士様?そんな……まさか……もしかしたら……。真っ先に思い浮かぶのは、彼の顔。
そんなはずない。
だって……。何も言わずにいなくなった、私のことなんか………。
エリーは、封印していた想いが溢れてきて、胸が苦しくなる。
「では、次にその騎士が訪れるのは、いつか分かるか?」
ターシャは主人と顔を合わせると、沈んだ表情で答える。
「もう、ここには、来られません。これで最後だとおっしゃっていました……。詳しいことは、分かりません。
私共がお話出来ることは、これで全てです。」
「そうか、諦めたのだな。殊勝な心がけだ。男は諦めが肝心。はは!」
なぜか喜ぶクリフォードとは対照的に、エリーの心は暗く沈んでいった。
これで最後?どうして?もし、もしも彼だったとしたら……。
「そうですか……ありがとう…ございました」
エリーは動揺を隠せなかった。
もしかして、彼なのではないかと思うと、一目でもいいから会いたかった。
お礼を伝えると、三人は宿屋を後にした。
「もう邪魔者はいないから、これで安心だ。なぁ、マクス」
クリフォードは、終始ご機嫌だった。
エリーは、複雑な心境だった。
だって、今日置かれていた花は、白いコダだった。最後だからなの?どうして……?
アンディ……。あなたなの?近くに来てくれていたの?
私が、ここにいると知っていたのね。結婚したことも。それでも、花を贈ってくれたの?青いコダを贈ってくれたのは、なぜ?
何も言わずにいなくなった私のことを、怒っていないの?
もう一度会いたい……。
例え一輪でも、あなたの想いが込められたものならば、どんな豪華な花束よりも嬉しい。
でも……最後は白いコダ。別れの挨拶。
どうか、彼の身に危険なことなどありませんように。
エリーは、アンディの幸せを祈ることしかできなかった。




