10.旦那様と過ごす日々
メリッサとの話を終えて、エリーが退室すると、クリフォードが引きずられるように部屋へと引き込まれていく。
状況が分からないマクスは、怪訝な顔をしながらも、エリーの無事な姿を見て胸を撫で下ろす。
エリーは、メリッサのクリフォードに対する想いを知り、複雑な気持ちだった。
単純に容姿に惹かれたという理由ではなかった。メリッサは、幼い頃から魔力も強く活発であった。座学よりも実践で学ぶことを好んでいた。ある程度の年齢になると、王族としての所作、知識を身につけることの重要性を理解したものの、当時は立ち居振る舞いなど気にもしていなかった。その為、「メリッサ王女様は、自由でうらやましいですわ」「本当に。随分と乱暴でいらして、くすくす、まるで平民のよう」など、嫌味を言われることは日常茶飯事だった。
もちろん、泣き寝入りする性格ではない。
返り討ちのすることが多いのだが、とある茶会でのこと。
いつものように令嬢達から嫌がらせをされいた所、クリフォードが助けに入ったのだ。同年代の男性に守ってもらったことのなかったメリッサにとって、初めての経験だった。その容姿に思わず見惚れてしまったのも事実。それは、他の令嬢も同じだった。最初は、自分は助けてもらえたという優越感もあった。その場から連れ出してくれて、優しく声をかけてくれて、舞い上がってしまった。運命だと感じたと。それ以来、ずっと好きだったと。
何度もアプローチしたけれど、相手にされなかったと。クリフォードの隣に立つにふさわしい令嬢になる為に、努力を重ねた。
けれど、振り向いてもらえない。
最後の手段として、権力を駆使。王命により結婚することはできたものの、結局、閨を共にすることはなかった。自分の気持ちを受け入れてもらえず、寂しかったのだと……。
それで、失踪時に呪いをかけたのだと。振り向いてほしくて。
もしも、呪いが解けるまで、長期間かかる場合のことも考慮した。
この部屋に、とある魔法をかけたと。
それが、この部屋に入ったマクス達の老化が止まった原因のようだ。
これは、痴話喧嘩がこじれて、周囲が巻き込まれて、とんでもなく被害がでたのでは……?だめだわ、きっと、深く考えてはいけない。
「メリッサ!おい!まだ話が終わっていない!」
エリーが心の中で状況を整理していると、
クリフォードが部屋から投げ出されるように飛び出してくる。
クリフォードは、慌てて立ち上がると、自室へ駆け込んでいく。
すぐに部屋から飛び出してくると、その手にはオルゴールが握られていた。そのオルゴールを、エリーへと突き出すように渡す。
「ちゃんと、渡したからな!」
クリフォードの顔色は優れず、引き攣っていた。
メリッサ様に、脅されたのかしら?
その一件以来、メリッサ様とはお会いしていない。まるで、何事もなかったかのように、約束した通りに平穏な日々を過ごすことになった。
◇ ◆ ◇
最初は別々であった食事も一緒にとるよう
になった。
ギクシャクとしながらも、会話ができるようになった。
そして、クリフォードは、自分の行いを反省して謝罪してきた。
決して、許せることではないけれど、
エリーは、その謝罪を静かに受け入れた。
「こんな僕を受けいれてくれる君は、天使だ」とか、「女神だ」とか、よく分からない言葉を口にするようになってきた。
エリーは、意味不明のクリフォードの言葉は、生活音の一部として、聞き流す術を覚えた。
そんなエリーの塩対応にもめげずに、クリフォードは、エリーを散歩に誘ったり、積極的にアプローチを続けていた。心を入れ替えて改心したとも取れるその様子を見ても、エリーは一向に心を動かされなかった。
エリーに花束をプレゼントしたり、食事の際はエスコートをかかさない。生活に不便なことはないか、何かと気にかけるクリフォード。
クリフォードに笑顔を向けられる度に、エリーは複雑な気持ちだった。
そんな変わらない日々の中、奇妙な贈り物が届くようになる。
毎月、1輪の青いコダが玄関に無造作に置かれるようになったのだ。邸内の誰も心当たりがないと言う。
いったい誰が、置いているのかしら?
害はないけれど、気になる。
エリーは、クリフォードと一緒に誰が置いているのかを調べることにした。
物陰に隠れて張り込みを続けてから数日後。
一人の男の子が、門を潜って入ってきた。
その男の子は、玄関前に辿り着くと、1輪の青いコダの花をそっと置く。
その瞬間、クリフォードとエリーは物陰から飛び出して、男の子の行く手を阻んだ。
「止まれ!動くな」
「旦那様、子供相手にそういう話し方は、威圧的だと思います。」
「そ、そうか?別に、普通に話しているだけだが、悪かった。」
「怖がらせてしまいます」
「この私が?私が怖いか?」
クリフォードが、上から見下ろすように男の子に問いかける。クリフォードに迫られて、男の子は咄嗟に被っていた帽子を脱いで胸の前で握る。今にも泣き出しそうなのを必死に堪え、萎縮している。
「旦那様、私に質問させてくださいませ。」
「ここは私の邸だから、私の管轄だ」
「いい加減にしてください。ちょっと、失礼します」
クリフォードを押し退けるようにして、エリーは、男の子の前に進み出る。目線を合わせるように屈むと、にっこりと笑顔を作る。
「こんにちは」
知らない人から、笑いかけられても、すぐには緊張が解けないわよね。
「このお花は、あなたがいつも持ってきてくれているの?」
男の子は、こくんと黙って頷く。
「そう。もしかして……私に?」
男の子は力強く頷いた。
「いつもありがとう。一つ聞いてもいいかしら?あなたと、どこかで会ったことあるかしら?
あ、怒っている訳ではないのよ、とても嬉しいわ。ただ、気になったから」
エリーは、男の子を傷つけないように慎重に言葉を選ぶ。
男の子は、怒られる訳ではないと知ると、ほっとしたのか話し始めた。
「た、頼まれたの。このお屋敷の女性に渡すようにって。お、お姉さん、エリーって名前で合ってる?エリーさんに渡してくれって」
「確かに私の名前は、エリーよ。」
「いいお小遣い稼ぎなんだ。お駄賃もくれるし、いつも花をお姉さんに渡すようにって。でも、俺、ちょっとずるしちゃって。
最初はちゃんと渡そうと思ってたんだよ。本当だよ。でも、門のとこで声かけても誰も出てこないし。だから、玄関に置いてたらいいかなって。えへへ。ごめんなさい。
いつもきちんと渡さなかったから、てっきり、それがばれて怒られるかと……」
男の子はバツが悪そうに、帽子を掴む手に力を込める。
「誰に頼まれたんだ?」
クリフォードが、ドスのきいた声で横から口を挟む。
「んっと、俺が下働きしている宿屋の旦那さんからだよ。」
「宿屋の?ほぉそうか。随分と命知らずの奴だな」
クリフォードの表情が段々と険しくなっていく。
「ん?なんだよおっさん。うちの旦那さんは、すげーんだ。俺みたいなもんでも働かせてくれるし、奥さんだってご飯いっぱいくれるし優しいんだ」
「奥方がいるのか?結婚しておきながら、人様の妻に花を贈るとは、図太い神経をしているな。いったいどこの宿屋だ?案内しろ」
「ただでは、やだよ!」
「図々しいガキだな」
先程まで怖がっていたのに、慣れてきたのかちゃっかりと交渉をする男の子。
クリフォードは、文句を言いつつも、懐から取り出した金貨を男の子に渡す。
「わぁっこんなに!おじさん、神様なの! 太っ腹だね、着いてきて、こっち!」
「おじさんではない!せめてお兄さんとか言い方があるだろ」
「えへへ、まぁ、いいじゃん。それより行くよ。早く、早く」
金貨を受け取ったことで、態度を一変させる男の子。
砕けた言い合いをするさまは、同年代の子供同士みたいだ。
それにしても先程、妻と強調していたように聞こえた。
あんな言い方をされると、勘違いしてしまう。まるで、旦那様が嫉妬をしているみたいに聞こえたわ。
ううん、まさかね……。そんなはずはないわ。
男の子の名前は、レオと言うそうだ。
意気揚々と進むレオの後ろを追いかけるように、エリーとクリフォードは歩き出す。
背後に後をつける人物がいることを、二人は気づいていなかった。




