第五話 聖地巡礼
魔王様の指は、ハバキの頭に深くめり込んでいる。
今にもそのまま、握り潰してしまいそうだ。
けれど、臆することなくハバキは叫ぶ。
「そんな訳ございませぬっ! 他人様からいくら貶されようと、この身体は拙者の誇り!」
「……ハバキ」
「フンッ。だったら、デカい顔をして傍にいれば良い。――離れるなどと言って、こいつを悲しませるな」
「……魔王様」
ヤバい、泣きそう。鼻の奥がツンッとする。
ハバキの頭を鷲掴みにする魔王様の指から力が抜ける。
その手は、白磁の陶器のように冷たく見えるのに。なぜだろう。
春の陽だまりのような温かさを、纏っているように見えた。
「申し訳ございませぬ、ご主人様~っ! 悲しませるつもりなどなかったのです!!」
「こっちこそ、本当にごめんねっ!!」
魔王様から受け取ったハバキを抱きしめる。もう駄目だ。涙腺崩壊。
魔王様に出会えて良かった!
ハバキが離れて行かなくて良かったっ!!
「一生ついて行きます、魔王さまぁぁぁ」
「元よりそのつもりだ」
フンッと得意気に。
でも、少し嬉しそうに笑う魔王様。
会話がちょっとかみ合ってない気もするけど、耳の赤さがキュートで帳消し!
魔王様の手が、去れと言うように動く。
その視線の先を辿れば、昏倒から立ち直り、魔王様の指示を静かに待っていた配下の皆さんの姿。
魔王様の合図に、一瞬にして姿を消す。
統率取れた動きが美しい。
改めて思い知る。
眼前に立つ、この比類なき美貌の持ち主が。
数多の魔族を力で従える『唯一無二の魔王様』なのだと。
「魔王城に帰るぞ」
……帰る?
聖地巡礼は諦めるしかないみたい。
残念だけど仕方がない。
立ち上がり、足についた土を払う。
ハバキはスルスルと私の身体をよじ登り、お気に入りの肩の上へ。
――グイッ!
またしても腰を強く引き寄せられる。
この感触は、まさか。
「行くぞ」
やっぱり!
ちち近すぎますって、魔王様ァァァアア!
「拙者たちも連れて行って下さるのでござるか?」
「当然だ。残りたいなら、残れ。我は止めぬ」
「ご冗談を。拙者は、ご主人様のぬい第一号でござる。地の果てだろうと一緒でござる!」
「お前は、チート覚醒前の第一号だ。我のぬいは覚醒後の第一号。我の方が上だ」
「なっ! 先程はどちらも特別と、おっしゃったではござらぬかっ!」
神回が続いてる。
こんな日が来るなんて、夢にも思ってなかった。
涙で前が見えない。
魔王様の笑い声を聞きながら、涙をぬぐい目を開ける。
「……あれ?」
世界が一変していた。
「……ここが、魔界……?」
「あぁ」
思わず漏れた独り言に、魔王様が頷く。
私とハバキを光沢ある床の上に立たせると、促すように視線を上げた。
「あれが、魔王城だ」
荘厳。その一言に尽きる。
ゴシック様式というのだろうか。
世界遺産に指定されてる教会や古城を思わせるけど、転生前にアニメやゲームで見た魔王城より白く輝いて見える。空が暗いせいだろうか。
……あれ? 空が暗い?
「夜になった?」
いつの間に。
魔王様に連れられて村を出た時は、まだ夕暮れ前だと思ったけど……。
一瞬だと思ったのは錯覚で、実はかなり時間が経ってたのかな?
「夜ではない。ここは昼でも『空が黒い』のだ」
「昼と夜の区別がないでござるか?」
「いや。空が黒いというだけだ。昼は太陽が出て、夜は月が出る」
黒い空。
でも、不思議と圧迫感も恐怖も感じない。
漫画や小説で描かれているような、空気の淀みや奇妙な声も聞こえてこない。
それでも!
ここが、魔界。
あれが、魔王城。
魔王様が寝て起きて生活する――聖地中の聖地!!
そんな場所に、私は今立っているッ。
推しと共に!!
「行くぞ」
魔王様が歩き出す。その後ろをついて歩く私とハバキ。
信じられない。
嬉しすぎてフワフワしてる。
よーく見たら、靴の底が地面から少し浮いているんじゃなかろうか?
それくらい、現実感がない。
私は横にいるハバキを見た。
ハバキも私を見て、心得たように頷いてくれる。
この先は魔王城。
私もハバキも、覚悟はできている。
――何が起きても後悔はない。
魔王城の扉は大きく開かれ、魔王様の帰りを今か今かと待っていた。
扉の前には階段。
その前で、頭を下げている老齢の魔族が一人。
いかにも執事っぽい片眼鏡をかけている。
紫紺の羽が美しい。
「おかえりなさいませ、魔王さま」
恭しく頭を下げ、老齢の魔族が落ち着いた声で言う。
そうして、私をちらりと見てニッコリ。
「ようやく人間を食す気になりましたか?」
――え?
驚く間もなく。
「下らんことを言うな」
魔王様が一蹴する。
老齢の魔族は肩を竦め。
「それは残念です。これで食糧不足も解消するかと期待しましたが」
と、呟いた。
全くの噓、という感じでもないけど。
え?……このままお呼ばれして大丈夫?
「それで、こちらの方々は?」
物腰柔らかい問いかけ。
けれど、その瞳は鋭く私とハバキを検分している。
「も、申し遅れました! 私は出古内ラナンと申します。こっちは、私の家族であり親友のハバキです」
私とハバキは慌てて頭を下げた。
魔王様が付け足す。
「我の……ヨメ……だ。丁重に扱え」
何故か急に真っ赤になり、活舌も悪くなった魔王様の言葉を、その場にいた誰も聞き取れなかった。
「「「 えっ? 」」」
「――我の大切な客人だ! 丁重に扱え!」
聞き返された事が恥ずかしかったのか、魔王様は少し顔を赤くして、早口でまくし立てた。
「承知いたしました。ラナン様、ハバキ殿、私はアダムスダインと申します。魔王様の執事をしております」
どうぞお見知りおきを、とアダムスダイン様は頭を下げた。
……そう言えば。
魔王様に、まだ名前を呼ばれてない。
この世界の名前じゃないから、発音しにくいのかも。
ハバキにもそう言ってたし。
「あの、敬称は必要ないので『デコ』とお呼び下さい。魔王様も是非!」
友人たちにはそう呼ばれていた。
もちろん、前世のだけど。
「では、親しみを込めて『デコ様』とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「はい、是非!」
魔王様をちらりと見る。
これで名前を呼んで貰えるだろうか?
「拙者も呼び捨てでよろしいですぞ」
ハバキが言う。
アダムスダイン様は困ったように笑って、静かに首を振った。
「敬称を付けないと落ち着かないのです。どうかご容赦を」
「分かります! 私も敬語じゃないと落ち着かなくて」
「では、お互いそのあたりは気にしない事に致しましょう」
「そうですね!」
ありがたい申し出だった。
さすがに、前世では様を付けて誰かを呼ぶ事はなかったけれど。
いつまでも敬語で話す事を「心を許してない証拠」と責められる事も多かったから。
ただの癖なんだけど。
「魔王様はご主人様を、何とお呼びするのですか?」
「!」
ハバキの質問に、魔王様はビクりと肩を震わせた。
私とアダムスダイン様の視線を受けて、頬をかすかに赤らめる。
……『デコ』でも呼びにくいのだろうか?
友人の中には『ウッチー』と呼ぶ人もいたけれど。
デコより呼びやすいとも思えない。
他に何と提案すべきか……。
「ら」
「ラ?」
先を促すようにハバキが繰り返す。
魔王様は、何故かさらに赤くなった。
長いまつ毛が、頬に落とす影さえも美しい。
白飯三杯、余裕で完食できるッ。
「で」
「……で?」
「デコ、だ」
「はい!」
ついに名前を呼んで貰えた!
(愛称だけど)
嬉しくてこのまま天に召されてしまいそうだッ。
だけど、私はこの後。
――衝撃の事実を知る事になった!
お読みいただき、ありがとございました!
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