第四話 黒歴史は消えるべき
なぜ、30センチにも満たない『ただのぬいぐるみ』のハバキが動くのか、私にも分からない。
壊滅的に不器用な私のせいで、ボロキレと揶揄されたり、怨念の塊と忌み嫌われたり……。
他の人から見れば、正体不明の薄気味悪い人形かも知れない。
でも私には、かけがえのない大切な家族だ。
だから、自信をもって答えられる。
なぜ動くのか。
それは――。
「深い愛情を込めたからだと思います!!」
ヒドイ言葉を浴びせられることには、慣れている。
それでも、ハバキには聞かせたくなかった。
私はハバキの耳をそっと塞ぐ。
けれど、聞こえてきたのは予想外の言葉。
「――だ、だったら何故、我のぬいは動かないのだっ!?」
「…………えっ?」
さすが魔王様。
他の人とは、気にする所が全然違う。
「……我のぬいより、そのぬいの方が特別だと言うのか……?」
伏し目がちの瞳。悲しげな声。
愁いを帯びた魔王様の表情に、メンタルがゴリゴリ削られる。
背後に控える魔族たちは『あんな魔王様は見た事がない』『あの女は何者だ』と、騒然としているけど。
問題はそこじゃないッ。
推しの見た事がない表情。
けれど、その原因が自分であると言う大罪!
胸元の生地をぎゅっと握りしめる。
尊さと罪悪感で、胸が引き裂かれてしまいそうだッ!
「と、とんでもないっ! どちらも同じくらい特別ですっ!」
クオリティ的には天と地ほどの差があるけど、私にとってはどちらも大切。比べるなんて出来ない。
「このボロ――いや、このぬいが、我のぬいと同等……だと?」
あっ、優しいな、魔王様……。
『ボロキレ』じゃなく、ぬいって言い直してくれたんだ。とんでもなく嫌そうな顔してるのに。
「光栄に思うが良いでござるよ、魔王様!」
「――あ゛ぁ?」
ハバキの言葉に絶対零度が突如、復活。
騒然としていた魔族たちが、魔王様の怒りに充てられ苦し気に呻いている。
私も地面に座り込んだまま、ガタガタ震える身体でハバキを抱きしめる事しか出来ない。
でも……信じられない。
嫌悪感丸出しの顔も。
怒り狂った顔も。
なんて、隙のない鉄壁のビジュアル!
魔王様はどんな表情をしたら、作画崩壊するんだろう?
……想像も出来ない。
相も変わらず、危機感ゼロで魔王様に見惚れる私の目の前で。
想像を絶する力が、魔王様の手に集められていく。
ビリビリと、空気が音を立てて震えている。
さっきの比じゃない。
私たちなんて簡単に、魂ごと消滅させられてしまうだろう。
だけど、最期に見る光景がこんなにも美しいなら……それも悪くないのかも知れない。
「……何故、笑っている?」
魔王様が私を見た。
全てを拒絶する冷たい瞳。
ドスッ、ドスンッと魔王様の配下の魔族たちが、次々に卒倒していく。
魔王様はきっと知らない。
「私に生きる目標を与えてくださったのは、魔王様です」
「ッ!!」
「だから、それを奪うのも魔王様が良いと……そう思ったからです」
語彙力が死んだ私に、今言える言葉は一つ。
左手でハバキを胸に抱き、右の拳を高々と天に突き上げて……。
(わが生涯に一片の――)
「……我の為に死ぬと、言うのか……」
「いや、そうは言ってないでござるよ」
間髪を入れずに呟いたのは、ハバキ。
魔王様には聞こえていないみたいだけど、その手に集められた力が、フッと消える。
……良かった。
あの力が放たれていたら、私たちだけじゃなく、近隣一帯が消滅してたかも。
魔王様に見惚れてる場合じゃなかった。
とあるキャラの名シーンを再現してる場合じゃなかった。
本気で命乞いしなきゃいけない場面だったのに……。
村のみんなも魔族のみなさんも、本当にごめんなさい。
「魔王様、申し訳ござません。このぬいの無礼は全て私の責任。いかなる処分も私が喜んでお受けします」
「ご、ご主人様っ!?」
土下座する私に駆け寄る、涙でぐしょ濡れのハバキ。何度も泣かせてごめんね。
「――も、申し訳ないでござるっ、魔王様!」
ハバキも私の隣で、同じように土下座する。
「拙者は嘘がつけぬ真っすぐな性分ゆえ、思った事をつい口にしてしまうのでござる。ですが、ただ素直なだけで他意はなく――」
「悪意しか感じられん。――が、許そう。顔を上げろ」
そう言えば、まだ自己紹介もしていなかった。
「我が名は、ヴァルグリード。お前も名乗るが良い」
名前までお美しいッ。
無限ループで聴き続けたい。
……いや、でもちょっと待って。
推しに存在を認識される、ってどうなのっ!?
もちろん、この上なく名誉な事だけど。
私なんて天井のシミで構わないのに……ッ!
でも、この状態で『名乗らない』という選択はあり得ない。
覚悟を決めるしかない。
「出古内ラナンと申します。自己紹介が遅れ申し訳ございません、魔王様」
「……折角名乗ったというのに、我の名を呼ばぬのか?」
「そ、そんな、お、恐れ多いっ!」
ムリムリムリ。
何ですか、その無駄に垂れ流しの色気は。
源泉かけ流しの温泉ですか?
ミジンコレベルまで若返ってしまいそうです、魔王様。
「では、我はお前の名を呼ぶとしよう。ら、ラ……ら……」
「?」
「……?」
ハバキが首を傾げ、私も傾げる。
「――ぬい、お前の名は何だ!」
いや、ここで止めて次回に持ち越しって……鬼畜ですか、魔王様。
呼ぶと言ったのは魔王様なのに。
「ハバキでございまする」
「発音しにくい名だな」
「名づけもご主人様でござる」
「……良い名だ」
弾むような会話に癒される。
初回にして神回。こんな日々がずっと続けばいいのに。
「ところで、ご主人様。拙者はこれにてお役御免でござる」
「――え?」
ハバキが私の腕の中からそっと抜け出す。
正面に立ち、嬉しそうに笑う。
「魔王様のぬいを見たでござる。素晴らしい出来栄えでござるな!」
「フフンッ。可愛かろう?」
魔王様がドヤ顔で、ハバキ相手にマウントを取っている。仲良いな、この二人。まだ会ったばかりなのに。
いや、それよりも――。
何で、お役御免だなんて……まさか。
「……一人ぼっちにさせちゃったから?」
転生後に初めてできた友達。ハバキがいてくれたから孤独じゃなかった。
なのに、推しに出会い、力に目覚め、聖地に招かれ浮かれた私は――。
ハバキがいない事に、気づきもしなかった。
……愛想を尽かされても仕方がない。
「ご主人様がこれから作る推しグッズは、きっと世界に衝撃を与えるでござる」
「……」
「なのに、その第一号が拙者では、格好がつかないでござるよ」
申し訳なさそうに笑うハバキ。
「そんな事ない」「これからもずっと一緒にいて」
そう言いたいのに。
言葉がのどに張り付いて、出てこない。
このままじゃハバキを、永遠に失ってしまうかもしれないのに。
――ガシッ!!
小さく笑うハバキの頭を、大きな手が鷲掴みにする。
自分の目の高さまでハバキを持ち上げて、魔王様は呆れたように言った。
「バカか、お前は。我のぬいもお前も、こいつにとっては特別だと言った筈だ。聞こえなかったのか?」
「っ! ですが! 拙者はこんな姿。ご主人様が作ったぬいだと知られたら……」
「――お前は、愛情たっぷりに作られたその身体を恥じている、とでも言うつもりか?……殺すぞ」
魔王様の目に宿る怒り。
美しい真紅の瞳が、溶岩のように赤々と煮え滾っている。
脅しじゃない。
お読みいただきありがとうございました!
とあるキャラが誰か分かっていただけるか心配。と言うか大丈夫かな? と少し心配ですが、好きの暴走と見逃していただきたく……。
コメントいただけたら嬉しいです!




