第四話 誰のものでもない橋
お饅頭作りは、思っていたより難しかった。
「違います、シンエモンさん。もっと優しく包んでください」
「優しくと言われてもだな……!」
朝の厨房。
私は大きな調理台の前で、腕組みをしていた。
その向かいでは、シンエモンさんが小麦粉を練った生地と格闘している。
将軍様から褒美として、小麦粉と豆、それから砂糖によく似た甘い粉をいただいた。
豆を柔らかく煮て。
甘く味をつけて。
小麦粉を練った皮で包む。
あとは蒸せば、お饅頭になる。
……はずだった。
「こうです」
私は小さく丸めた餡を生地の中央へ乗せ、指先で包んでいく。
「ほら」
ころん。
少々不格好ではあるが、それらしい形になった。
「おお」
シンエモンさんが感心したように見る。
「ちゃんと丸い」
「シンエモンさんのも丸いですよ」
「そうか?」
「丸い岩みたいです」
「それは饅頭なのか?」
「少なくとも、投げれば人を倒せそうですね」
「食べ物で人を倒すな!」
シンエモンさんが作ったものは、なぜか握り拳ほどもあった。
しかも生地を力いっぱい握ったせいで、表面がぼこぼこしている。
「もう一度です」
「私は大将軍直属の騎士なのだぞ」
「はい」
「なぜ朝から厨房で粉まみれになっている」
「将軍様が許可したからです」
「大将軍閣下……!」
シンエモンさんが遠い目をした。
私は少し申し訳なくなった。
「でも、上手くできたら一つ差し上げますよ」
「……二つ」
「欲張りですね」
「誰のせいで朝食を食べ損ねたと思っている」
どうやら、食べる気はあるらしい。
そのとき。
ばたばたばた、と廊下から足音が聞こえてきた。
「シン・ウェーモン様!」
厨房へ一人の若い兵士が駆け込んでくる。
「何事だ」
シンエモンさんの表情が、ぱっと仕事の顔に変わった。
「南門より急報です! リーヴァ村とハルト村の住民が、また橋の上で衝突しております!」
「またか!」
シンエモンさんが頭を抱えた。
「今度は何をした」
「双方合わせて四十人ほどが集まり、橋を封鎖しております。このままでは荷馬車が通れません!」
「分かった。すぐ行く」
シンエモンさんは踵を返した。
私は調理台の上のお饅頭を見る。
まだ蒸していない。
「一休殿」
「はい?」
「何をしている。お前も来い」
「私もですか?」
「大将軍閣下から言われている」
「何と?」
「『また面白そうな揉め事が起きたら、一休を連れていけ』とな」
「将軍様は、私を何だと思っているのでしょう」
「私も知りたい」
私は未完成のお饅頭を見た。
「仕方ありません」
厨房の料理人に頼み、蒸すところまでお願いする。
「帰ってきたら食べましょう」
「ちゃんと残しておけよ」
「やっぱり楽しみにしていたのですね」
「行くぞ!」
◇
城を出て、馬車で一刻ほど。
私とシンエモンさんは、王都の南にある大きな川へやって来た。
「これは立派な橋ですね」
石造りの橋が、幅の広い川をまたいでいる。
馬車が二台並んでも通れそうなほど広い。
橋の両側には欄干があり、その中央には古びた石碑が立っていた。
そして。
橋の上には、大勢の人が集まっている。
「帰れ!」
「この橋は俺たちのものだ!」
「何を言う! 橋を作ったのは我々の先祖だ!」
「石を運んだのはこちらだ!」
「修理代を出しているのはこっちだぞ!」
大変な騒ぎだった。
鍬や木の棒を持った人までいる。
「ずいぶん仲が悪そうですね」
「元々はここまでではなかった」
シンエモンさんがため息をつく。
「川の東側がリーヴァ村、西側がハルト村だ。この橋をめぐって昔から揉めている」
「なぜです?」
「橋をどちらの村が所有するか、だ」
「橋を?」
「ああ」
シンエモンさんの説明によると、この橋は百年以上前に造られたものらしい。
ところが、建設についての正式な記録が残っていない。
リーヴァ村は、
「我々の先祖が石工を出した」
と主張し。
ハルト村は、
「我々の先祖が資金を出した」
と主張する。
しかも橋を修理するときは、なぜか両方の村がお金を出してきた。
ところが最近。
橋を通る商人が増えたことで、通行料を取れば大きな収入になると分かった。
そこから争いが激しくなったそうだ。
「なるほど」
「三日前にも仲裁した」
シンエモンさんが言う。
「双方に橋を共同で管理するよう命じたのだが」
「仲良くできなかったのですね」
「一日も持たなかった」
「それはなかなか」
橋へ近づく。
「静まれ!」
シンエモンさんが声を張った。
騎士たちが間へ入り、二つの集団を引き離す。
「シン・ウェーモン様!」
東側から、白髪交じりの男が出てきた。
「リーヴァ村の村長、ガロンです」
続いて、西側から痩せた老人が現れた。
「ハルト村長のメイソンでございます」
二人は顔を合わせた瞬間。
「ふん!」
「ふん!」
同時にそっぽを向いた。
私はシンエモンさんを見る。
「仲良しですね」
「どこを見てそう思った」
「息がぴったりです」
二人の村長が、同時に私を睨んだ。
「何だ、この小僧は?」
「大将軍閣下が城に置いている客人だ」
「こんな子どもが?」
ガロン村長が私の僧衣を見る。
「変な服を着ておるな」
「よく言われます」
「一休だ」
シンエモンさんが紹介する。
「昨日、大将軍閣下の城で起きた盗難事件を解いた」
「この子が?」
二人の村長が、疑わしそうに私を見る。
どうやら、まだ私はあまり信用されていないらしい。
「それで」
シンエモンさんが言った。
「今回は何があった」
ガロン村長が先に口を開く。
「この橋は我らリーヴァ村のものです!」
「違う!」
メイソン村長が叫ぶ。
「橋の西半分は、我らハルト村の土地だ!」
「半分だと?」
「川の真ん中が村境なのだから当然だ!」
「橋は一本だぞ!」
「ならば真ん中で切ればよい!」
「何だと!」
「おや」
私は思わず声を出した。
二人がこちらを見る。
「橋を切るのですか?」
「たとえ話だ!」
メイソン村長が怒鳴る。
「なるほど」
私は橋を眺めた。
石でできた立派な橋。
この橋のおかげで、人も荷物も川を渡れる。
村同士が争っていても、橋には関係ない。
「通行料というのは、どれくらい取れるのです?」
私は尋ねた。
「荷馬車一台につき銀貨一枚だ!」
ガロン村長が答える。
「一日に三十台以上が通る!」
「かなりのお金ですね」
「だからこそ、我々の村が管理するべきなのだ!」
「違う!」
また始まった。
「先祖が作った!」
「資金を出した!」
「石を運んだ!」
「道を整えた!」
「静かに!」
シンエモンさんが怒鳴る。
二人が黙った。
私は橋の中央へ歩いた。
石碑がある。
ずいぶん古い。
表面には文字が刻まれているが、ところどころ欠けていた。
「シンエモンさん」
「何だ?」
「これは何と書いてあるのです?」
私はまだ、この世界の文字をほとんど読めない。
シンエモンさんが石碑を調べる。
「かなり古い文字だが……」
指で文字を追う。
「『水を隔てる者たちが、互いに往来するため、この橋を築く』」
「その下は?」
「壊れて読めない」
「作った人の名前は?」
「ないな」
二人の村長が口を挟む。
「だから我々の先祖だ!」
「いや、我々だ!」
私は石碑を見ながら尋ねる。
「この橋がなくなったら、困りますか?」
「当たり前だ!」
ガロン村長が言う。
「王都へ農作物を運べなくなる!」
メイソン村長も続ける。
「反対側の森へ行けなくなる!」
「では、橋は必要なのですね」
「当然だ」
「修理代は?」
「これまでは半分ずつ出していた」
シンエモンさんが答える。
「去年の洪水でも、両村が費用を出して修復した」
「誰が直しました?」
「両村の職人だ」
「掃除は?」
「月ごとに交代でやっている」
「雪が積もったら?」
「両村で除雪する」
「ふむ」
私は橋の東端まで歩いた。
続いて西端まで歩く。
そして戻ってきた。
「決まりました」
シンエモンさんが目を丸くする。
「何が?」
「この橋が誰のものかです」
途端に、二人の村長が私へ詰め寄った。
「どちらだ!」
「もちろん我々だろう!」
私は二人を見る。
「では、確かめましょう」
「どうやって?」
「簡単です」
私はシンエモンさんへ尋ねる。
「この橋を壊す許可をいただけますか?」
「……何?」
辺りが静まり返った。
ガロン村長の顔色が変わる。
「お、おい!」
メイソン村長も叫んだ。
「何を言っておる!」
私は平然と続ける。
「橋がどちらか一方の村のものなら、その村は自分のものを好きにしてよいのでしょう?」
「そ、それは……」
「ですから」
私は二人の村長を見る。
「リーヴァ村のものなら、リーヴァ村が壊しても構いません」
「馬鹿な!」
ガロン村長が叫ぶ。
「壊せば我々が困る!」
「ではハルト村のものなら、ハルト村が壊しましょう」
「我々だって困る!」
「おかしいですね」
私は首を傾げた。
「自分のものなのに、自分だけでは好きにできないのですか?」
二人が黙る。
「では売ってしまいますか?」
「売る?」
「はい」
私は川上を指さした。
「遠くの町の人に、この橋を売ってしまいましょう。橋が自分たちのものなら、売るのも自由でしょう」
「そんなことをされたら困る!」
「橋を通れなくなるではないか!」
「では」
私はにっこり笑った。
「橋は、どちらの村だけのものでもないのでは?」
「……」
「……」
二人は答えない。
私は石碑へ手を置く。
「ここには、『互いに往来するため、この橋を築く』と書いてあるそうですね」
「そうだ」
シンエモンさんが頷く。
「リーヴァ村のため、とも」
私はガロン村長を見る。
「ハルト村のため、とも書いていない」
今度はメイソン村長を見る。
「なら、この橋は」
私は両方の村を見渡した。
「渡る人みんなのためにある橋なのでしょう」
しばらく誰も喋らなかった。
やがて。
「しかし!」
ガロン村長が言う。
「通行料はどうする! 維持には金がかかるのだぞ!」
「そうですな」
メイソン村長も頷く。
「無料にしては、修繕費を誰が払う?」
「では通行料は取ればよいのでは?」
「どちらの村が!」
「どちらも取りません」
「何?」
「橋が取るのです」
二人の村長が、ぽかんとした。
シンエモンさんも首を傾げる。
「橋がどうやって金を取る」
「人に任せます」
「誰にだ?」
「両方の村ではない人です」
私は考えながら言う。
「将軍様のところから、橋番を一人置けませんか?」
「それは可能だが」
「通行料は、その人が集める」
「そして?」
「集めたお金は、まず橋の修理や掃除に使う」
「余ったら?」
「両方の村へ半分ずつ」
二人の村長が顔を見合わせた。
「半分……」
「半分か」
「でも」
私は指を一本立てる。
「橋をきれいにしなかった村には、その月の分は渡しません」
「何?」
「これまで月ごとに掃除していたのでしょう?」
「ああ」
「なら、ちゃんと仕事をした村だけ受け取ればよいのです」
私はさらに続ける。
「大きな修理が必要になったら、橋のお金から出します。それで足りなければ、両方の村で半分ずつ」
「それでは今までと同じではないか」
「いいえ」
私は笑った。
「今までは『どちらの橋か』を決めようとしていた」
「……」
「これからは『どうすれば両方が得をするか』を考えるのです」
ガロン村長とメイソン村長は、しばらく黙っていた。
お互いを見る。
また目を逸らす。
そして。
「……通行料の半分は、確実にこちらへ来るのだな?」
「橋に必要なお金を引いた残りの半分です」
「ハルト村が掃除を怠けたら?」
「その月はリーヴァ村が全部もらえます」
「何!」
メイソン村長が声を上げる。
「ならば、こちらも絶対に怠けぬ!」
「リーヴァ村こそ!」
「望むところだ!」
また言い争いが始まった。
私はシンエモンさんを見る。
「仲直りしましたね」
「どこがだ!」
「さっきまでは橋を取り合っていました」
私は二人を見る。
「今は掃除を頑張る競争です」
「……」
シンエモンさんが何とも言えない顔をする。
「お前は、争いそのものをなくしたわけではないのだな」
「人に競うなと言っても、難しいでしょう?」
「まあ……そうだな」
「なら、役に立つことで競ってもらえばよいのです」
シンエモンさんは、しばらく私を見ていた。
「一休殿」
「はい?」
「お前、本当に子どもか?」
「見れば分かるでしょう」
「そういう意味ではない」
失礼な人だ。
◇
話がまとまった頃には、もう昼を過ぎていた。
橋を塞いでいた村人たちも、それぞれの村へ戻っていく。
荷馬車が再び橋を渡り始めた。
「それではシン・ウェーモン様」
ガロン村長が頭を下げる。
「大将軍閣下へ、橋の管理をお願い申し上げます」
「分かった。橋番の人選はこちらで行う」
メイソン村長も渋々頭を下げた。
「……まあ、リーヴァ村だけに取られるよりはよい」
「それはこちらの台詞だ!」
「まだ喧嘩するのですか?」
私が言うと、二人は黙った。
「一休殿」
ガロン村長が私を見る。
先ほどまで「小僧」と呼んでいたのに、少し呼び方が変わっている。
「何でしょう?」
「一つ聞いてもよいか」
「はい」
「結局、この橋は誰のものなのだ?」
私は橋を見る。
人が歩いている。
農作物を積んだ荷馬車。
旅人。
商人。
反対側からは子どもたちまで走ってくる。
少し考えて。
私は答えた。
「橋を必要としている人のものでは?」
「それでは持ち主が多すぎる」
「そのくらいがちょうどよいですよ」
「なぜだ?」
「一人のものなら、一人が壊せます」
私は橋の石を軽く叩いた。
「みんなのものなら、誰かが壊そうとしたとき、たくさんの人が止めてくれますから」
村長は少し考えたあと。
「なるほど」
小さく笑った。
◇
城へ戻ったのは、夕方になってからだった。
「遅い!」
将軍様が待っていた。
なぜか食堂で。
「将軍様」
「何だ」
「お仕事は?」
「しておる」
「ここで?」
「休憩だ!」
どうやら、私たちが持ち帰る話を楽しみにしていたらしい。
「それで?」
将軍様が身を乗り出す。
「橋はどうなった?」
「壊すことになりました」
「何!?」
将軍様が立ち上がった。
「一休殿!」
シンエモンさんが慌てて口を挟む。
「最初だけです! この小坊主が最初にそう言って二つの村を黙らせただけです!」
「そうなのか?」
「はい」
「驚かせるな!」
「将軍様の驚く顔を見てみたくて」
「大将軍をからかうな!」
私は椅子へ座った。
「結局、橋は将軍様の管理にすることにしました」
「私の?」
「正確には、お城から橋番を出していただきたいのです」
シンエモンさんが、今日の出来事を説明する。
将軍様は話を聞き終えると。
「ふむ」
顎へ手を当てた。
「悪くない」
「本当ですか?」
「橋は重要な街道の一部だ。元々、将軍府が管理しても不自然ではない」
「ではお願いします」
「ああ」
将軍様は笑った。
「また一つ、面倒事を片づけたな、一休」
「シンエモンさんも頑張りましたよ」
「私はほとんど見ていただけだ!」
「橋まで連れていってくれました」
「馬車でな!」
そのとき。
厨房から料理人が、大きな籠を持って入ってきた。
「一休様」
「はい?」
「朝お預かりした料理ですが、蒸し上がっております」
「おお!」
私は思わず立ち上がった。
籠の中には。
白く。
丸く。
ほかほかと湯気を立てる。
お饅頭。
「できました!」
「これがマンジュウか?」
将軍様が一つ手に取る。
「熱いので気をつけてください」
「どれ」
一口。
将軍様が目を見開いた。
「……うまい」
「でしょう?」
「シン・ウェーモン」
「はい」
「そなたも食べてみろ」
「では」
シンエモンさんも一つ。
「……」
「どうです?」
「うまい」
「よかった」
「ただ」
シンエモンさんが籠を見る。
「なぜ一つだけ、岩のように巨大なのだ?」
私は目を逸らした。
「それはシンエモンさんが作ったものです」
「残っていたのか!」
「せっかくなので蒸してもらいました」
将軍様が巨大なお饅頭を持ち上げる。
「これがシン・ウェーモン作か」
「食べないでください、大将軍閣下!」
「なぜだ?」
「恥ずかしいからです!」
「はっはっは!」
将軍様が笑う。
私も笑った。
シンエモンさんだけが、顔を真っ赤にしている。
こうして。
異世界で初めてのお饅頭は無事完成した。
橋の争いも片づいた。
今日はなかなかよい一日だったと思う。
「一休」
将軍様が言う。
「はい?」
「明日も一つ、そなたに解いてほしい問題がある」
「またですか?」
「ああ」
「どんな問題です?」
将軍様は楽しそうに笑った。
「王都で一番の大商人が、『絶対に盗まれない金庫』から金を盗まれた」
私は手にしていたお饅頭を止めた。
「絶対に盗まれないのに?」
「そう申しておる」
「なるほど」
私は残りのお饅頭を口へ入れた。
「それは少し、面白そうですね」
シンエモンさんが頭を抱える。
「また明日もか……」
「頑張りましょう、シンエモンさん」
「なぜお前は楽しそうなのだ!」
知らない世界には。
まだまだ、分からないことがたくさんある。
だからきっと。
明日も退屈する暇はなさそうだった。




