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異世界一休さん  作者: 空守人者
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3/5

第三話 嘘をつかない泥棒

 翌朝。


 目を覚ました私は、一瞬だけ自分がどこにいるのか分からなかった。


 見慣れない白い天井。


 大きな窓。


 ふかふかの寝台。


 そして、身体にかけられた柔らかな毛布。


「……ああ」


 そうだった。


 私は異世界へ来たのだった。


 昨日だけで、ずいぶん色々なことがあった。


 大聖堂へ召喚され。


 魔力も天職もないと言われ。


 追い出されそうになり。


 将軍様――シミッツ・アジカガ大将軍と出会い。


 絵から聞こえる竜の声の正体を突き止めた。


「一日にしては、少々詰め込みすぎですね」


 私は寝台から身体を起こした。


 子どもの身体に戻ったせいなのか、ずいぶんよく眠れた。


 それにしても。


「柔らかすぎますね、この寝床」


 昨夜、将軍様の好意で客室を一つ借りた。


 ありがたいことなのだが、困ったこともある。


 身体が沈み込むほど柔らかい寝台というものは、どうにも落ち着かない。


「硬い床のほうが、よく眠れそうです」


 そんなことを考えていると。


 どんどんどん!


 扉が激しく叩かれた。


「一休殿! 起きておられるか!」


 聞き覚えのある声だ。


「起きていますよ、シンエモンさん」


「では、入るぞ」


 扉が開く。


 銀色の鎧をまとったシンエモンさんが入ってきた。


 昨日と同じく、朝から真面目そうな顔をしている。


「おはようございます」


「ああ。おはよう、一休殿」


 私はまだ寝台の上に座ったまま、シンエモンさんを眺めた。


「ずいぶん早いですね」


「もう朝食の時間だ」


「では、ちょうどよかったです」


「何がだ?」


「お腹が空きました」


「起きて最初にそれか」


「育ち盛りですから」


「またその言葉を使われるのか」


 シンエモンさんはため息をついた。


 だが昨日よりは、少しだけ私の扱いに慣れてきたように見える。


「大将軍閣下がお待ちだ。支度をして来てくれ」


「支度?」


 私は自分の僧衣を見る。


「このままでよいですよ」


「昨日からずっと同じ服ではないか」


「僧衣はこれしか持っていませんから」


「……そうだったな」


 シンエモンさんが少し困った顔をした。


 異世界へ呼ばれたとき、私は小坊主の頃の身体と、この僧衣しか持っていなかった。


「洗い替えくらいは作らせよう」


「同じ形にしてくださいね」


「そこまで気に入っておられるのか?」


「これを着ていないと、何だか落ち着かないのです」


「分かった。仕立屋へ話しておく」


「ありがとうございます、シンエモンさん」


「……一休殿は、こうして素直に礼を言われると、本当に普通の子どもに見えるな」


「普段も素直ですよ」


「それはない」


 失礼な人である。


     ◇


 朝食の部屋へ行くと、将軍様はすでに席についていた。


 大きな長机の上には、焼きたてのパン、卵料理、肉、野菜、それから果物まで並んでいる。


「おお、一休。起きたか」


「おはようございます、将軍様」


「よく眠れたか?」


「寝床が柔らかすぎました」


「文句を言う客は初めてだぞ」


「もう少し硬いものはありませんか?」


「客室の寝台を、わざわざ硬くするつもりか?」


「床でもよいですよ」


「それでは私が、客人の子どもを床へ寝かせているようではないか!」


 将軍様にも、色々と体面があるらしい。


 私は席へ座る。


 すぐに焼きたてのパンへ手を伸ばした。


「そうだ、一休」


「はい?」


「昨夜言っていた、マンジュウというものだが」


 私は手を止める。


「お饅頭ですか!」


「ああ」


 将軍様が少し得意そうに笑った。


「料理長に調べさせたが、この国にも豆を甘く煮る菓子はあるらしい」


「本当ですか?」


「ただし、そなたが言うように、小麦の皮で包んで蒸す料理は聞いたことがないそうだ」


「では作れますね」


「もう作る気なのか」


「もちろんです」


 私はパンを手にしたまま、将軍様を見た。


「将軍様」


「何だ」


「褒美として、小麦と甘い豆をください」


「そんなものでよいのか?」


「それが一番大事です」


「欲のない小坊主なのか、食い意地の張った小坊主なのか分からぬな」


「両方では?」


 そのときだった。


 扉の外から、慌ただしい足音が近づいてきた。


「大将軍閣下!」


 一人の兵士が駆け込んでくる。


「どうした」


「財務官の執務室で盗難が発生しました!」


 シンエモンさんの表情が、一瞬で変わった。


「何が盗まれた?」


「王家より預かっていた青星石です!」


「何だと!」


 将軍様まで立ち上がった。


 どうやら、かなり大変なものらしい。


 私はパンをかじりながら尋ねた。


「青星石とは何です?」


 シンエモンさんがこちらを見る。


「王家の宝物の一つだ。青い星のような光を放つ希少な魔石で、今夜、外国の使節へ披露する予定だった」


「なくなると困るのですね」


「ものすごく困る!」


「なるほど」


 私はもう一口、パンを食べた。


「一休殿」


「はい?」


「なぜ、そこまで落ち着いておられる」


「私の石ではありませんから」


「そういう問題ではない!」


 将軍様の客人として丁重に扱おうとしているのに、私と話しているとどうしても調子が狂うらしい。


 少し申し訳ない。


 本当に少しだけだが。


     ◇


 青星石が盗まれたという執務室には、すでに十人ほどの兵士が集まっていた。


 大きな机。


 書類棚。


 壁には地図。


 そして机の上には、小さな空の箱が置かれている。


 箱の内側には青い布が敷かれていた。


「ここに石が?」


 私が尋ねる。


「そうだ」


 シンエモンさんが答えた。


「昨夜、財務官がこの箱へ青星石を入れ、鍵をかけたそうだ」


「鍵は?」


「壊されていない」


 私は箱を見る。


 確かに鍵穴はある。


 こじ開けたような傷もない。


「鍵を持っている人は?」


「財務官だけだ」


「では、その人が盗んだのでは?」


「それで済めば、こちらも苦労はしない」


 部屋の隅にいた丸眼鏡の男が、慌てて前へ出た。


「わ、私は盗んでおりません!」


 この人が財務官らしい。


 額に汗を浮かべている。


「昨夜、青星石を箱へ入れ、確かに鍵をかけました! その後、鍵はずっと私が持っております!」


「今も?」


「はい!」


 男は首から下げていた鍵を見せた。


「部屋へ出入りした人は?」


 私が聞く。


 シンエモンさんが三人の男女を前へ並ばせた。


「昨夜、財務官が退室した後、この部屋へ入った可能性があるのは、この三人だ」


 一人目。


 若い男性の書記。


 二人目。


 中年の女性使用人。


 三人目。


 年配の警備兵。


「全員、何か用事があったのですか?」


「ああ」


 若い書記が言った。


「私は忘れた書類を取りに戻りました」


 女性使用人が続く。


「私は夜の清掃をいたしました」


 警備兵も答えた。


「私は戸締まりの確認です」


「なるほど」


 私は三人を眺めた。


 誰が嘘をついているのか。


 そう考えたところで。


 将軍様が、後ろから得意そうに言った。


「一休。今回は簡単だぞ」


「そうなのですか?」


「我が城には、こういうときのための魔道具がある」


 将軍様が指を鳴らす。


 兵士が、一つの銀色の鐘を運んできた。


 掌に乗るくらいの大きさだ。


「これは?」


「真実の鐘だ」


 シンエモンさんが説明する。


「この鐘の前で嘘を言うと、ひとりでに鳴る」


「便利ですね」


「そうだろう」


 なぜか将軍様が胸を張る。


「犯人に『盗んだか』と聞けば終わりだ」


 私は銀色の鐘を眺めた。


 昨日から思っていたが、この世界の魔法というものは、なかなか便利である。


「では、私がいなくても解決できそうですね」


「まあ見ておれ」


 将軍様が三人の前へ立った。


「最初はそなたからだ」


 若い書記が緊張した顔になる。


「そなたは青星石を盗んだか?」


「盗んでおりません!」


 鐘は鳴らない。


「次」


 女性使用人。


「そなたは?」


「私は青星石を盗んでおりません」


 鐘は鳴らない。


「最後だ」


 年配の警備兵。


「青星石を盗んだか?」


「いいえ。私は盗んでおりません」


 鐘は鳴らなかった。


「……」


「……」


「……」


 部屋が静まり返る。


 将軍様が鐘を見る。


「壊れているのか?」


「昨日の点検では正常でした」


 シンエモンさんが答える。


「では、誰も盗んでおらぬではないか!」


「でも石はありません」


 私は言った。


「分かっておる!」


 将軍様が少し恥ずかしそうだ。


「一休殿」


 シンエモンさんがこちらを見る。


「どう思われる?」


「便利な鐘ですね」


「鐘の感想を聞いているのではない!」


「まだ何とも」


「またそれか……」


「でも」


 私は三人を見る。


「この鐘は、嘘をついたときに鳴るのですよね?」


「ああ」


「間違ったことを言ったときではなく?」


 シンエモンさんが眉を寄せる。


「どういう意味だ?」


「たとえば」


 私はシンエモンさんを見る。


「シンエモンさんは、将軍様のことを世界で一番立派な人だと思っていますか?」


「なぜ私に聞く!」


「答えてください」


「そ、それはもちろん……」


 シンエモンさんが将軍様をちらりと見る。


 将軍様も期待した顔で見返している。


 シンエモンさんは覚悟を決めたように背筋を伸ばした。


「大将軍閣下は、世界で一番立派なお方だ」


 ちりん。


 鐘が鳴った。


「シン・ウェーモン!」


「ち、違います、閣下! これは!」


「今、鳴ったぞ!」


「一休殿!」


 シンエモンさんが私を見る。


「なぜ私で試されたのだ!」


「ちゃんと動いていますね」


「大将軍閣下の客人でなければ、今すぐ説教しているところだぞ!」


「客人でよかったです」


「そういう問題ではない!」


 将軍様が、ものすごく不満そうな顔をしている。


 私は笑いを堪えながら、三人へ向き直った。


「つまり、この三人は『自分は青星石を盗んでいない』と本当に思っている」


「だから犯人ではないのだろう?」


 将軍様が言う。


「そうとも限りません」


 私は空の箱を見る。


「聞き方を変えれば、違う答えになるかもしれません」


「聞き方?」


「はい」


 私は財務官へ尋ねた。


「昨夜、この箱の中に青星石を入れたところを、誰かが見ましたか?」


「私が入れました!」


「あなた以外には?」


「……」


 財務官は黙った。


「つまり、誰も見ていないのですね」


「一休」


 将軍様が腕を組む。


「まさか財務官が、最初から石を入れていなかったと言いたいのか?」


「それなら鐘へ聞けばよいでしょう」


 私は財務官へ向き直った。


「あなたは昨夜、この箱の中へ青星石を入れましたか?」


「もちろんです!」


 鐘は鳴らない。


「本当のようですね」


「だから申したでしょう!」


 財務官が胸を撫で下ろす。


「では次です」


 私は若い書記を見る。


「あなたは、箱に触りましたか?」


「触っていません」


 鐘は鳴らない。


「使用人さん」


「掃除の際、机は拭きましたが、その箱には触れておりません」


 鐘は鳴らない。


 最後に警備兵。


「あなたは?」


「箱には触れていない」


 鐘は鳴らない。


 全員、本当らしい。


「うーん」


 私は箱の周りを歩いた。


 箱へ顔を近づける。


 中に敷かれた布を見る。


 机を見る。


 床を見る。


 窓を見る。


 窓は閉まっている。


 私は箱の横へ指を這わせた。


 すると。


「おや?」


 ほんの少し、指先に青い粉がついた。


「どうした、一休殿」


 シンエモンさんが覗き込む。


「これは……青星石の粉ではないか?」


「石は粉になるのですか?」


「ああ。青星石は魔力を蓄えたり放ったりすると、ごくわずかに表面が削れることがある」


「なるほど」


 私は今度は机の上を調べた。


 青い粉は、箱の横。


 そして。


 机の端まで続いている。


「シンエモンさん」


「何だ?」


「床を見てください」


 床にも、ほんの少し青い粉。


 さらに。


 それは部屋の壁際まで続いていた。


「これは……」


 シンエモンさんが目を細める。


 粉は壁際。


 そこに置かれている大きな木箱の前で途切れていた。


「開けてみましょう」


 木箱を開ける。


 中に入っていたのは。


 たくさんの書類。


 それだけだった。


「何もないぞ」


 将軍様が言う。


「そうですね」


 私は上の書類を一枚持ち上げる。


 もう一枚。


 さらにもう一枚。


 すると。


 その下から。


 青い光が漏れた。


「ありましたよ」


「青星石!」


 シンエモンさんが声を上げた。


 書類の下から、大きな青い宝石が現れた。


 まるで夜空の星を閉じ込めたように、内側で小さな光が揺れている。


「なぜこんなところに!」


 財務官が驚いている。


 私は三人を見る。


「誰がここへ入れたのでしょう?」


「それを今から――」


 シンエモンさんが言いかけたところで、私は首を振った。


「たぶん、もう分かりました」


「何?」


「本当か?」


 将軍様が身を乗り出した。


 私は三人を順番に見る。


「皆さんは、『青星石を盗んでいない』と言いました」


 三人とも頷く。


「そして鐘は鳴らなかった」


 私は一人へ目を向ける。


 女性使用人だ。


「あなたは昨夜、この机を掃除したと言いましたね」


「はい」


「箱には触れていない」


「はい」


「でも」


 私は見つかった青星石を指さす。


「机の上に落ちていた青い石を拾ったのではありませんか?」


 女性の顔が強張った。


「……!」


「一休殿?」


 シンエモンさんがこちらを見る。


 私は空になった箱を手に取った。


「少し妙だと思ったのです」


 箱を裏返す。


「ここを見てください」


「穴?」


 箱の底。


 隅の部分が古くなり、小さく欠けていた。


「かなり傷んでいますね」


 財務官が慌てて近づく。


「そんなところに穴が……!」


「青星石は?」


 私が尋ねる。


「丸みを帯びた形だ」


 シンエモンさんが答えた。


「なら」


 私は机の上を見る。


「箱を動かした拍子に、ここから転がり落ちたのでしょう」


「では、誰も箱を開けていない?」


「たぶん」


 私は女性使用人へ向き直る。


「使用人さんは掃除をしていて、机の上に落ちていた青い石を見つけた」


「……」


「箱そのものには触れていない。それも本当だった」


 女性は何も言わない。


「あなたは、それが青星石だと知っていましたか?」


 女性使用人は、しばらく黙っていた。


 やがて、小さく首を振る。


「知りませんでした」


 鐘は鳴らない。


「では、なぜ書類箱へ隠したのです?」


「……高価そうな石だと思ったのです」


 女性は俯いた。


「後で持ち帰ろうと思いました。でも、誰かが来る気配がして……とっさにあそこへ隠しました」


「それが青星石だとは知らなかった」


「はい」


「だから」


 私は銀色の鐘を見る。


「『青星石を盗みましたか』と聞かれても、この人の中では『いいえ』だった」


「なるほど」


 シンエモンさんが頷く。


「本人は青星石という物を盗んだ認識がなかった。だから鐘も反応しなかったのか」


「そういうことだと思います」


 私は女性を見る。


「でも」


「……」


「落ちていた石を持って帰ろうとしたことは、自分でも分かっていましたよね?」


「……」


「落とし物を拾っただけだと思っていましたか?」


 女性は震える声で答えた。


「落とし物を……少し預かっただけだと、自分に言い聞かせていました」


 ちりん。


 鐘が鳴った。


 女性の肩が跳ねた。


 部屋が静まり返る。


 私は小さく息を吐いた。


「本当は、自分でも分かっていたのですね」


「……はい」


 女性は俯いた。


 将軍様が腕を組み、銀色の鐘を見る。


「なるほどな」


「はい」


「真実の鐘が万能なのではない」


「そうですね」


「質問の仕方によって、答えが変わってしまう」


「道具が教えてくれるのは、その人が嘘をついたかどうかだけです」


 私は笑った。


「正しい答えが欲しければ、まず正しい質問をしないといけません」


「なるほど」


 将軍様が楽しそうに笑う。


「面白い」


 シンエモンさんも感心したように頷いていた。


「一休殿は、真実を見抜いたというより、質問の間違いを見抜いたのだな」


「そうかもしれません」


「大聖堂が異界の知恵者と呼んだのも、案外間違いではなかったか」


「それは大司教様が、将軍様へ押しつけるために言っただけだと思いますよ」


「……確かに」


 シンエモンさんがあっさり認めた。


「そこは否定してほしかったですね」


「事実は事実だからな」


 真面目な人である。


「では、この女を捕らえる」


 兵士が前へ出た。


 私は少し考えた。


「将軍様」


「何だ?」


「その前に、一つ聞いてもよいですか?」


「申せ」


 私は女性使用人を見る。


「なぜ持ち帰ろうと思ったのです?」


 女性は俯いたまま答えた。


「娘の薬代が……必要だったのです」


 部屋が静かになった。


 またか。


 昨日も、家族のために食料を盗んだ人がいた。


「薬代?」


 シンエモンさんが尋ねる。


「はい。娘が病気なのですが、治療院へ払うお金がなく……」


「それで、高価そうな石を」


「申し訳ございません……」


 私は将軍様を見る。


 将軍様もこちらを見ていた。


「一休」


「はい」


「今度は私を竜にするなよ」


「まだ何も言っていませんよ」


「昨日の今日だからな!」


 昨日、食料を蓄えながら飢えた領民から税を取る将軍様を、竜にたとえたばかりである。


 どうやら根に持っていたらしい。


「でも」


 私は少し考えた。


「この人がしたことは、悪いことです」


 女性が俯く。


「だから、何もなかったことにはできません」


「うむ」


「でも」


 私は女性を見る。


「娘さんまで一緒に罰を受ける必要はありません」


 将軍様が少しだけ目を細める。


 そして。


「シン・ウェーモン」


「はい」


「娘の病状を調べろ。必要なら城付きの治療師を送れ」


「承知しました」


 女性が顔を上げる。


「大将軍閣下……!」


「勘違いするな」


 将軍様は厳しい顔で言った。


「そなたの娘を助けることと、そなたが他人の物を持ち去ろうとしたことは別の話だ」


「……はい」


「罪については後ほど改めて沙汰する」


「ありがとうございます……!」


 女性は涙を流しながら頭を下げた。


 将軍様は私を見る。


「これでよいか、一休」


「私は将軍様ではありませんから」


「口を出したのは誰だ!」


「それもそうですね」


 私は笑った。


     ◇


 事件が片づき、朝食の部屋へ戻った。


 先ほどまで温かかったパンは、すっかり冷めている。


「少し硬くなりましたね」


「事件のあとに最初に気にすることがそれか」


 シンエモンさんが呆れた顔をする。


「食べ物は大事ですよ」


「それは認めるが……」


 私はパンをかじりながら、先ほどの銀色の鐘について考えていた。


 嘘を見抜く魔道具。


 私のいた世界にはなかった。


 あれがあれば、裁判でも商売でもずいぶん便利そうだ。


 でも。


 便利だからこそ、怖いところもある。


 間違った質問をすれば。


 正しい答えが返ってきても、間違った結論へ進んでしまう。


「一休」


 将軍様が向かいへ座る。


「何でしょう?」


「今日の働きも見事だった」


「ありがとうございます」


「そこで、もう一つ褒美をやろう」


「では小麦と甘い豆を」


「またそれか!」


「お饅頭を作らなければなりませんから」


「分かった、分かった。好きなだけ使え」


「本当ですか?」


「ああ」


 私は思わず笑顔になった。


「ありがとうございます、将軍様!」


「謎を解いたときより嬉しそうだな」


「当然です」


「当然なのか……」


 シンエモンさんが遠い目をしている。


「シンエモンさん」


「何だ、一休殿」


「一緒にお饅頭を作りませんか?」


「……なぜ私が?」


「人手が必要なので」


「料理人に頼めばよいだろう」


「シンエモンさんが作ったほうが面白そうです」


「一休殿」


「はい」


「私は大将軍直属の騎士だ」


「知っています」


「料理人ではない」


「それも知っています」


「なら、なぜ私なのだ!」


「面白そうだからです」


「大将軍閣下!」


 シンエモンさんが救いを求めるように将軍様を見る。


 私は先に尋ねた。


「将軍様」


「何だ?」


「シンエモンさんを少しお借りしても?」


「許す」


「即答なさらないでください!」


「はっはっは!」


 将軍様の笑い声が響く。


 シンエモンさんは頭を抱えた。


 私は思う。


 嘘を見抜く鐘があっても。


 強い魔法があっても。


 便利な道具があっても。


 最後に考えるのは、やっぱり人間なのだ。


 道具が勝手に答えを決めてくれるわけではない。


 何を聞くか。


 どこを見るか。


 どう考えるか。


 それで見える答えは変わる。


「さて」


 私は残りのパンを食べ終えた。


「次はお饅頭ですね」


「一休殿」


「はい?」


「一つ確認してもよいか」


「どうぞ」


「一休殿の中では、王家の青星石より饅頭のほうが大事件なのか?」


 私は少しだけ考えた。


「もちろんです」


「そこは迷わず答えてくれ!」


 どうやら今日も。


 退屈する暇はなさそうだった。


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