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異世界一休さん  作者: 空守人者
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2/5

第二話 絵の中の竜を退治せよ

 シミッツ・アジカガ大将軍――私が「将軍様」と呼ぶことにした人の城へ向かう馬車の中で、私は黒パンを頬張っていた。


 一つ食べ終わる。


 二つ目へ手を伸ばす。


 それも食べ終えると、今度は肉と豆を煮込んだ温かいスープをいただいた。


「……よく食べるな」


 向かいに座っていたシンエモンさんが、呆れたように私を見る。


「育ち盛りですから」


「お前は大聖堂で、自分は一度死んで、昔の身体に戻ったような話をしていなかったか?」


「身体は立派な育ち盛りですよ」


「そういうところだけ子どもになるのだな」


「便利ですから」


「堂々と言うな」


 シンエモンさんは深いため息をついた。


 真面目な人なのだろう。


 私が何か言うたび、眉間の皺が一本ずつ増えていくように見える。


「シンエモンさん」


「何だ」


「眉間に皺がありますよ」


「誰のせいだと思っている」


「将軍様ですか?」


「なぜそうなる!」


 馬車の奥で、将軍様が声を上げて笑った。


「はっはっは。面白いではないか、シン・ウェーモン」


「大将軍閣下が面白がるから、この子が調子に乗るのです」


「私はまだ何もしていませんよ」


「今の時点でもう十分だ!」


 私は残っていたスープを飲み干した。


 温かいものが腹に入ると、ようやく人心地がつく。


 知らない世界へ突然呼び出され。


 魔力も天職もないと言われ。


 外へ追い出されそうになった。


 それなのに今は、大将軍の馬車へ乗せられている。


 人生というものは、分からないものだ。


 いや。


 一度死んだ後なら、人生と呼んでいいのかも分からない。


「それにしても」


 私は窓の外へ目を向けた。


「ずいぶん変わった町ですね」


 石造りの建物が並ぶ大通り。


 屋根の形も、窓の形も、私が知っている町とはまるで違う。


 行き交う人々の服装も見慣れない。


 もっと変わっているのは、生き物だった。


 荷車を引いているのは馬だけではない。


 額に一本の角を生やした牛のような獣。


 青い羽毛に覆われた、大きな鳥。


 背中に荷物を積んだ、六本脚の蜥蜴のようなものまで歩いている。


 店先には赤や緑に光る石。


 建物の軒下には、小さな火の玉が灯りのように浮かんでいた。


「本当に、異世界なのですね」


「今さら気づいたのか?」


 シンエモンさんが聞いてくる。


「大聖堂の中だけなら、大層変わった夢とも思えましたから」


「夢ならよかったな」


「なぜです?」


「夢なら、これから大将軍閣下の難題に付き合わされずに済む」


「シン・ウェーモン」


 将軍様が静かに名前を呼んだ。


「はい」


「私はいつ、難題を押しつけた?」


「……何度か」


「ほう」


「何度も、ではありません」


「言い直しても変わらないと思いますよ」


「一休! 余計なことを言うな!」


 やはり苦労しているようだ。


 私は少しシンエモンさんが気の毒になった。


「シンエモンさん」


「今度は何だ」


「頑張ってください」


「何をだ!」


     ◇


 しばらくして、馬車は王都の中心から少し離れた丘を登り始めた。


 その先に、大きな城が見えてくる。


 白い石壁。


 高い城門。


 何本もの塔。


 そして正門の上には、金色の鳥をかたどった紋章が掲げられていた。


「あれが将軍様のお城ですか」


「そうだ」


 将軍様が答える。


「ずいぶん大きなお屋敷ですね」


「城だ」


「掃除が大変そうです」


「なぜ一番に気にするのが掃除なのだ」


 シンエモンさんが呆れる。


「広い建物を見ると、つい」


「小坊主の習性というものか?」


「たぶん」


「たぶんで済ませるな」


 馬車が城門をくぐった。


 中庭には大きな噴水があり、兵士や使用人たちが忙しそうに動き回っている。


「大将軍閣下、お帰りなさいませ!」


 一人の兵士が駆け寄ってきた。


「例の件は?」


 将軍様が尋ねる。


「昨夜も確認されました。大広間を警備していた兵士二名が、あまりの恐ろしさに持ち場を離れております」


「情けない者たちだな」


 将軍様はそう言った。


 だが。


 ほんの少しだけ、表情が強張った気がした。


 私は隣のシンエモンさんへ顔を近づける。


「将軍様も怖いのですか?」


「一休」


「はい」


「本人に聞こえる」


「聞こえておるぞ」


 将軍様がこちらを向いた。


「私は怖くなどない」


「そうですか」


「何だ、その顔は」


「何も」


「信じておらぬな?」


「まだ何も言っていませんよ」


 シンエモンさんが頭を抱えた。


「一休。お前は口に出さなくても余計なことが伝わるのだな」


「便利ですね」


「褒めていない!」


     ◇


 城へ入る。


 内部は、大聖堂とはまた違った豪華さだった。


 磨き上げられた石の床。


 金色の飾りがついた柱。


 天井には巨大な硝子の灯り。


 壁には高価そうな布が掛けられ、廊下には剣や鎧、壺や彫刻が並んでいる。


 だが、大広間へ入ったところで、私は思わず足を止めた。


「……」


 右を見ても。


 左を見ても。


 どこを見ても。


 将軍様がいる。


 もちろん、本物の将軍様がたくさんいるわけではない。


 絵だ。


 壁一面に、将軍様の肖像画が飾られている。


 剣を掲げる将軍様。


 馬に乗る将軍様。


 狩りをする将軍様。


 大勢の兵士を率いる将軍様。


 華やかな宴で杯を掲げる将軍様。


 魔物を踏みつける将軍様まである。


 私は一枚ずつ見て回った。


「これは……」


「どうだ」


 将軍様が、少し得意そうに胸を張る。


「王都でも名の知れた画家たちに描かせた」


「ずいぶん将軍様がお好きな画家なのですね」


「何?」


「こんなに将軍様ばかり描くのですから」


「私が描かせたのだ」


「ああ」


 私は納得した。


「将軍様がお好きなのは、画家ではなく将軍様ご自身でしたか」


「どういう意味だ!」


「ぷっ」


 横から妙な音がした。


 シンエモンさんが顔を背けている。


「シン・ウェーモン!」


「はい!」


「今、笑ったな」


「笑っておりません!」


「肩が震えておるぞ!」


「咳です」


「ずいぶん楽しそうな咳ですね」


「一休、お前も黙っていろ!」


 どうやら、この二人のやり取りを見るだけでも退屈はしなさそうだ。


「それより、竜を見せてください」


「そうだったな」


 将軍様が大広間の奥を指さした。


「あれだ」


 そこには、ほかの絵とは比べものにならないほど大きな絵画が飾られていた。


 燃え上がる山。


 黒い空。


 その中央に、翼を大きく広げた赤い竜。


 黄金色の瞳。


 鋭い牙。


 赤黒い鱗。


 今にも絵の中から飛び出してきそうなほど、よく描かれている。


「立派な竜ですね」


「そうであろう」


 将軍様は満足そうだ。


「これも王都一の名匠に描かせた」


「将軍様より格好よいですね」


「なぜ私と比べる!」


「一休」


 シンエモンさんが額を押さえる。


「話が進まない。頼むから少し静かにしてくれ」


「分かりました」


「本当だな?」


「たぶん」


「不安だ」


 私は絵の前まで歩いた。


「昨夜、この竜が鳴いたのですね?」


「そうだ」


 将軍様が答える。


「正確には、この絵の辺りからだ」


 第一話で感じたとおり、この人は決めつけない。


 そこは大司教より、ずっと話が早そうだ。


「どんな声です?」


「地の底から響いてくるような、低い唸り声だ」


「毎晩?」


「ここ三日ほどだ」


 今度はシンエモンさんが答える。


「だいたい夜半を過ぎた頃に聞こえる。大広間だけでなく、近くの廊下でも確認されている」


「絵が動いたところを見た人は?」


「いない」


「竜の口が動くところは?」


「それもない」


「目が光ったりは?」


「していない」


「魔法は?」


「宮廷魔術師が調べたが、絵にも壁にも魔法の痕跡はなかった」


「呪いも?」


「聖術師が否定している」


「なるほど」


 私は竜の絵を眺めた。


 絵の具。


 額縁。


 壁。


 床。


 周囲の柱。


 何か特別なものがあるようには見えない。


 私は額縁へ顔を近づけた。


「一休」


「はい」


 シンエモンさんが声をかけてくる。


「何をしている?」


「見ています」


「それは見れば分かる」


「匂いも嗅いでいます」


「なぜだ」


「何か分かるかもしれないでしょう?」


 私は額縁を指でなぞり、壁との隙間を覗いた。


 次に、絵の横の壁を軽く叩く。


 こん。


 こん。


 少し乾いた音がした。


「どうだ?」


 将軍様が尋ねる。


「まだ分かりません」


「ずいぶん触っていたではないか」


「触っただけです」


「異界の知恵者とは、もっとこう……一目見ただけですべてを見破るものではないのか?」


「そんな便利な者を召喚したかったのですか?」


「まあな」


「残念でしたね」


「自分で言うな!」


 私は絵の前へ戻った。


「それで、将軍様」


「何だ」


「私に何をしてほしいのです?」


「もちろん、竜を退治してもらう」


「竜を?」


「大司教は、そう言っておったからな」


 私は将軍様の顔を見る。


 少し楽しそうだ。


 なるほど。


 私を試しているらしい。


「分かりました」


「できるのか?」


「シンエモンさん」


「何だ?」


「剣を一本貸してください」


「剣?」


「はい」


 シンエモンさんは眉をひそめる。


「お前には重いぞ」


「持ってみなければ分かりません」


「いや、見れば分かる」


「そこを何とか」


 シンエモンさんは将軍様を見る。


 将軍様は、口元に笑みを浮かべながら頷いた。


「貸してやれ」


「……承知しました」


 シンエモンさんが腰の剣を抜いた。


 私へ柄を向けて差し出す。


 両手で受け取った瞬間。


「お、重いですね」


「だから言っただろう!」


 剣先が石床へついた。


 ずしりと腕に重さがかかる。


 私は両手でどうにか剣を持ち、がりがりと床へ引きずりながら、竜の絵の前まで歩いた。


「一休」


「はい」


「本当に大丈夫か?」


「何とか」


「何とかに見えない」


 私は剣を構えようとした。


 重い。


 とても振り回せそうにはない。


 それでも、竜の絵の前に立つ。


 そして待った。


 一息。


 二息。


 三息。


 何も起こらない。


「……」


「……」


「……」


 さらに待つ。


 将軍様が痺れを切らした。


「一休」


「はい?」


「何をしておる」


「待っています」


「何をだ?」


「竜です」


「竜?」


「絵から出てくるのを待っています」


「出てくるわけがなかろう!」


 将軍様が即座に答えた。


 私は剣を下ろす。


「出てこないのですか?」


「当然だ。それは絵だぞ」


「では、将軍様」


 私は笑った。


「まずは、その竜を絵の中から追い出してください」


「何?」


「出てきたところを、私が退治いたします」


 大広間が静まり返る。


「絵の中から竜を追い出せるわけがないだろう」


「では、私にも退治できません」


「なぜだ」


「出てこないのですから」


「ぐ……」


「それとも」


 私は重い剣を、少しだけ持ち上げた。


 切っ先を竜の絵へ向ける。


「このまま絵を斬ってしまいましょうか?」


「待て!」


 将軍様が、すぐに絵の前へ飛び出した。


「この絵がいくらしたと思っている!」


「竜を退治せよとおっしゃったのは、将軍様ですよ」


「絵を破れとは言っておらぬ!」


「では、絵の中の竜を退治する必要もありませんね」


「……」


「……」


 将軍様が私を見る。


 私は将軍様を見る。


 やがて。


「ぷっ」


 シンエモンさんが吹き出した。


「シン・ウェーモン!」


「も、申し訳ございません!」


「笑ったな!」


「笑っておりません!」


「今、確実に笑ったぞ!」


「咳です!」


「シンエモンさんは、よく咳をしますね」


「一休! お前は黙っていろ!」


 私は剣をシンエモンさんへ返した。


 腕が痛い。


 やはり、剣を振るうのは私には向いていないようだ。


「一休」


 将軍様が腕を組んだ。


「なるほど。絵の竜を退治せよという難題なら、そなたの勝ちとしよう」


「ありがとうございます」


「だが」


 将軍様の表情が少し真面目になる。


「夜ごと聞こえる怪音は、本当に存在する」


「分かっています」


「それも解いてみせよ」


「最初から、そう頼んでくださればよかったのに」


「難題を出したほうが面白いだろう」


「シンエモンさん」


「何だ」


「やっぱり苦労していますね」


「今、分かったか!」


「将軍様」


「何だ」


「今夜まで待ちましょう」


「今夜?」


「実際の音を聞かなければ分かりません」


「今すぐ解けぬのか?」


「聞いてもいない音の正体を当てろというのですか?」


「できそうな顔をしている」


「どんな顔です?」


「こう……」


 将軍様が私の顔を見た。


「生意気そうな顔だ」


「それは褒め言葉ですか?」


「違う!」


 私はもう一度、竜の絵へ目を向けた。


 額縁の端。


 壁とのわずかな隙間。


 そこへ手を近づける。


 ほんの少し。


 冷たいものが指先へ触れた。


 風だ。


「ただ」


 私は呟く。


「この絵の裏には、何かありそうですね」


     ◇


 夜。


 城中の灯りが少なくなり、大広間は昼間とはまるで違った雰囲気になっていた。


 月明かりが窓から差し込む。


 巨大な竜の絵が、その薄い光を受けてこちらを睨んでいる。


 私と将軍様。


 シンエモンさん。


 それから数人の騎士。


 皆で、音がするという時間を待っていた。


 私は石床へ座り、借りた毛布を身体へ巻いた。


「一休」


「はい?」


「なぜ寝る支度をしている」


 シンエモンさんが呆れた顔でこちらを見る。


「音がするまで、まだ時間があるのでしょう?」


「だからといって寝るな」


「眠いと頭が働きませんよ」


「もう少し緊張感を持て」


「慌てない、慌てない」


 私は毛布へ潜る。


「一休み、一休み」


「本当に休むな!」


 シンエモンさんが毛布を引っ張った。


「シンエモンさん」


「何だ」


「もう少しでいい夢が見られそうだったのですが」


「知らん!」


「夢の中にお饅頭が出てきそうだったのです」


「マンジュウとは何だ!」


「この世界にはない、とても大切なものです」


「余計に分からん!」


 そのときだった。


 ごおおおおおお――。


 低い音が、大広間に響いた。


 私はすぐに身体を起こした。


 窓硝子が、かたかたと震える。


 ごおおおおお――。


 確かに、不気味な音だ。


 大きな獣が喉の奥で唸っているようにも聞こえる。


「これだ!」


 将軍様が声を上げた。


 見ると、いつの間にかシンエモンさんの半歩後ろへ移動している。


「将軍様」


「何だ」


「シンエモンさんを盾にしていませんか?」


「これは指揮官として、部下を前へ出しているだけだ」


「大将軍閣下!」


 シンエモンさんが振り向く。


「堂々と私を盾にしないでください!」


「怖いのですか?」


「怖くない!」


「お二人とも仲がよいのですね」


「どこを見てそう思った!」


 二人の声が重なった。


 私は笑いながら床へ耳をつけた。


 音を聞く。


 低い響き。


 石を伝う振動。


 竜の絵そのものから出ている音ではない。


 もっと奥。


 壁の向こうからだ。


 私は立ち上がり、壁へ手を当てる。


「シンエモンさん」


「何だ?」


「松明を一つ貸してください」


「ああ」


 松明を受け取る。


 竜の絵の右側へ近づけてみる。


 炎が、わずかに横へ流れた。


「やはり」


「何がだ?」


 シンエモンさんも近づいてくる。


「風があります」


「風?」


 柱の根元。


 額縁と壁の間。


 そこから、冷たい風がわずかに流れ出している。


「将軍様」


「何だ」


「この絵を外してください」


「なに?」


「壁から下ろすだけです」


「傷つけぬだろうな?」


「将軍様は、本当にこの絵がお好きですね」


「高かったのだ!」


「好きなのは値段ですか」


「一休!」


 将軍様の許可を得て、騎士たちが絵を外す。


 四人がかりで、巨大な絵を慎重に床へ下ろした。


 そして。


「これは……」


 シンエモンさんが目を見開いた。


 絵があった壁の中央に、古びた鉄格子があった。


 その向こうには、人一人が通れそうな暗い穴が続いている。


「こんなものがあったのか」


 将軍様も驚いている。


「ご存じなかったのですか?」


「この城は、私が生まれるより遥か昔から存在している。使われなくなった通路も多い」


 私は松明を格子へ近づけた。


 穴の奥から風が吹いてくる。


 鉄格子が細かく震えた。


 ごおおおおお――。


「同じ音だ!」


 シンエモンさんが声を上げる。


「これだったのか」


「おそらく」


 私は格子を観察する。


「夜になると外から入ってくる風が強くなって、この細長い穴の中で音が響くのでしょう」


「では、竜の声ではなかったのだな」


 将軍様が、少し安心したように息を吐いた。


「はい」


 だが。


 私は格子へ近づいた。


「ただ、これだけではなさそうですよ」


「何?」


 鉄格子の何本かに、黒い布が結びつけられている。


 自然に引っかかったようには見えない。


「シンエモンさん」


「ああ」


 シンエモンさんが布を外す。


 指先で触り、匂いを嗅いだ。


「油が染み込んでいる」


「誰かが、わざと結んだのでしょう」


「何のために?」


「風を受けて震えれば、音が大きくなります」


 シンエモンさんの表情が変わった。


「つまり、誰かが意図的に竜の鳴き声を作った?」


「たぶん」


「なぜそんなことを」


 私は少し考えた。


「最近、城の中で何かなくなっていませんか?」


「なくなったもの?」


 将軍様が首を傾げる。


 すると、シンエモンさんが顔を上げた。


「あります」


「何?」


「地下の食料庫です」


「何か盗まれたのか?」


「三日前にも報告いたしました!」


「そうだったか?」


「小麦、干し肉、葡萄酒。それぞれ少量ずつですが、帳簿と数が合っていません」


「なぜ覚えておらぬのだ、私は」


「こちらが聞きたいです!」


 私は暗い穴の先を見る。


「おそらく、誰かがこの道を使っているのでしょう」


「この通路を?」


「竜の声を聞けば、人は大広間へ近づかなくなる」


 私は鉄格子を指さした。


「怖いものほど、立派な番人はありませんから」


「シン・ウェーモン!」


「はい!」


「調べろ!」


「承知しました!」


 騎士たちがすぐに動き出した。


     ◇


 暗い通路を調べると、その先には古い隠し扉があった。


 扉を抜けた先は、地下の食料庫へ続いていた。


 そして。


 そこに二人の使用人がいた。


 ちょうど、小麦の袋を運び出そうとしているところだった。


「貴様ら!」


 将軍様が低い声を出す。


 二人の使用人は、顔を真っ青にして床へ膝をついた。


「お、お許しください!」


「城の食料を盗んでいたのは、そなたらか」


「申し訳ございません!」


 二人とも、ひどく痩せていた。


 服は擦り切れ。


 手は荒れている。


 贅沢をしている人間には見えない。


「なぜ盗んだ」


 将軍様が尋ねる。


 一人の使用人が、震える声で答えた。


「村にいる家族へ送るためです」


「家族?」


「今年は、雨が少なく……麦がほとんど採れませんでした」


 もう一人も頭を下げる。


「税を納めれば、冬を越すだけの食料が残りません!」


「何だと?」


「このままでは、子どもや老人から死んでしまいます!」


 私は、将軍様を見る。


 将軍様の顔から、先ほどまでの怒りが少し消えた。


「シン・ウェーモン」


「はい」


「不作の報告は?」


「来ています」


「なぜ私へ報告しておらぬ」


「しました!」


「いつだ?」


「五日前です!」


「……そうだったか?」


「大将軍閣下!」


 シンエモンさんの声が地下へ響いた。


 私は思わず笑いそうになった。


 しかし。


 床へ伏している二人を見て、笑うのをやめる。


「将軍様」


「何だ、一休」


「絵の中に竜はいませんでしたね」


「そのようだ」


「でも」


 私は将軍様の豪華な服を見る。


 金糸。


 宝石。


 腰の立派な剣。


「この城には、別の竜がいるのかもしれません」


 将軍様の目が細くなる。


「どこだ」


「金銀を集めて」


 指輪を見る。


「食べ物を山ほど蓄えて」


 地下の食料庫を見回す。


「困っている人からも取り立てる竜です」


「……」


 将軍様が私を見る。


「私を竜だと言いたいのか?」


「私は、将軍様とは一言も言っていませんよ」


 私は首を傾げる。


「将軍様ご自身が、そう思われたのですか?」


「ぐ……」


「ぷっ」


 隣から声が漏れた。


「シン・ウェーモン!」


「申し訳ございません!」


「笑ったな!」


「咳です!」


「今夜だけで何度目の咳ですか」


「一休! お前も黙れ!」


 将軍様は大きく息を吐いた。


「一休」


「はい」


「領地というものは、そなたが思うほど簡単ではない」


「そうでしょうね」


「兵士を養い、道を直し、城を維持し、魔物から領民を守る。そのためには金も食料も必要だ」


「はい」


「税を取らなければ、国は動かぬ」


「はい」


 私は頷く。


「ですから、税を取るなとは言っていませんよ」


「何?」


「取ったら死んでしまう人からまで、同じだけ取る必要があるのですか?」


 将軍様が黙った。


「今年たくさん取ったとしても」


 私は二人の使用人を見る。


「村の人が飢えていなくなれば、来年は誰が畑を耕すのでしょう?」


「……」


「今年少し減らして、来年も再来年も作ってもらうほうが、長い目で見ればたくさん取れるのでは?」


「お前は随分と商売人のようなことを言うな」


「そうですか?」


「情ではなく、損得で私を説得しようとしている」


「将軍様には、そのほうが分かりやすそうでしたから」


「本当に口の減らぬ小坊主だ」


 けれど。


 将軍様は怒っていなかった。


 むしろ、少し楽しそうだった。


「シン・ウェーモン」


「はい」


「不作が起きている村をすべて洗い出せ」


「承知しました」


「収穫量を調べ、税を納めれば冬を越せぬ村は今年分を減免する」


 二人の使用人が顔を上げた。


「それから、城の備蓄から小麦を出せ」


「よろしいのですか?」


「古くして鼠へ食わせるくらいなら、人へ食わせたほうがよい」


 シンエモンさんが、少し笑った。


「承知しました」


「ただし!」


 将軍様が私を指さす。


「一休に言われたからではないぞ!」


「もちろんです」


「本当か?」


「将軍様は最初から、領民思いの立派な方だったのでしょう?」


「そうだ!」


「立派な方なら、このくらい当然ですよね」


「当然だ!」


 シンエモンさんが私へ顔を寄せてきた。


「一休」


「はい?」


「今、うまく大将軍閣下を乗せただろう」


「何のことです?」


「その顔は分かってやっている顔だ」


「シンエモンさんも、だんだん私のことが分かってきましたね」


「嬉しくない!」


 私は、床に伏せた二人へ目を向ける。


「将軍様。この二人はどうなさいますか?」


「事情があるとはいえ、盗みは盗みだ」


「そうですね」


「罰を与えぬわけにはいかぬ」


 少し考えて。


 私は言った。


「では、この二人を食料庫で働かせてはいかがです?」


「盗人を食料庫で?」


 シンエモンさんが驚く。


「危険ではないか」


「でも、この二人は隠し通路も、食料を持ち出す方法も知っています」


「だから危険だと言っている!」


「泥棒のやり方を知っている人は、泥棒を見つけるのも上手いですよ」


「信用できるのか?」


「では」


 私はシンエモンさんを見る。


「シンエモンさんに見張ってもらいましょう」


「なぜ私の仕事を増やす!」


「得意そうなので」


「何がだ!」


「苦労することです」


「誰のせいだと思っている!」


 将軍様が声を上げて笑った。


「よい」


 二人の使用人を見下ろす。


「一年間、食料庫で働け」


「は、はい!」


「給金から、盗んだ分を少しずつ返してもらう。ただし食事は出す」


「ありがとうございます!」


 二人は何度も頭を下げた。


 これでよい。


 盗みを何もなかったことにするのも違う。


 だからといって、家族を救おうとした者を牢へ入れて終わりにするのも、少し違う気がする。


「さて」


 将軍様が私を見る。


「一休」


「はい」


「褒美を取らせよう」


「本当ですか?」


「約束だからな。金でも宝石でも好きなものを申せ」


 将軍様は、私の僧衣を見る。


「望むなら、もっと立派な服を仕立てさせてもよいぞ」


 私は自分の袖を見た。


「この僧衣で結構です」


「そんな黒くて地味な服がよいのか」


「着慣れていますから」


「ならば何が欲しい?」


 私は少し考えた。


 そして、大切なことを思い出す。


「お饅頭が欲しいです」


「マンジュウ?」


 将軍様が首を傾げる。


「小麦粉で作った皮に、甘く煮た豆を包んで蒸す食べ物です」


「知らぬ」


「……」


「何だ」


「この世界には、お饅頭がないのですか?」


「少なくとも私は聞いたことがない」


 私はシンエモンさんを見る。


「シンエモンさんは?」


「知らん」


「そんな……」


 魔力がない。


 天職がない。


 元の世界へ帰れるかどうかも分からない。


 けれど。


 今聞いた中で、これが一番大変なことのような気がした。


「一休?」


「これはいけません」


「何がだ?」


「この世界には、解決しなければならない問題が多すぎます」


「その中にマンジュウも入っているのか?」


「もちろんです」


「もちろんと言い切ったぞ、この小坊主」


 私は立ち上がった。


「分かりました」


「何が分かった?」


「まずは、お饅頭を作りましょう」


「褒美の話はどこへ行った!」


「材料を褒美としていただきます」


「結局、食べ物ではないか!」


「食べ物は大事ですよ」


「一休!」


「はい」


「そなたという小坊主は――」


 将軍様の声が地下へ響いた。


 その横では、シンエモンさんが深々とため息をついている。


 私は二人を見ながら、少しだけ笑った。


 知らない世界。


 知らない人。


 知らない魔法。


 何もかもが、まだ分からないことだらけだ。


 でも。


 分からないなら、考えればいい。


 困ったことがあれば、知恵を絞ればいい。


 そして疲れたなら。


 少し休めばいい。


 どうやら、この世界でも。


 退屈する暇だけは、なさそうだった。


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