09
◇
「旅のお人。リフジーさん、エストさんと言ったか」
「はい」
その鳥を抱えたリフジーさんと私は、カナーナのおじいさんと対面していた。
カナーナとママさんは、ママさんのご配慮で向こうの部屋に移ってくれていた。
真面目なお話だとママさんが察してくれてのことだ。
「それにしても、ずいぶんと久しいな。村の者以外と話すのは何年ぶりになるだろう」
「そんなに誰も来ないんですか?」と私。
「ああ」
白髪で皺の多い顔。やや曲がった腰とそのゆったりした話し方が、すでに私達よりもよほど永く過ごしてきた年月を物語っていた。
「ひとまずお茶でも飲みなさい」
「ありがとうございます」
おじいさんは私達にお茶を淹れてくれた。
彼は着ている物も小綺麗だし、所作も柔らかい。
それなのに、どこか荘厳な印象に溢れる人物だった。
リビングのこじんまりとしたテーブルの上にお茶を差し出しながら、彼は話を続ける。
「聞きたい話があると伺ったが……。話というのは、その鳥のことだろうか?」
「そうなんです。カナーナさんから聞きましたけど、この子がザラヤマドリって本当なんでしょうか……?」
リフジーさんがそう伝えると、おじいさんは視線を彼の腕の中へ向け。
「どれ。少し、よく見せてくれるかな?」
「ど、どうぞ……」
「…………ふむ。そうだな。その一部変色して見えている羽根は、間違いなくザラヤマドリだろう。彼らは、擬態する鳥なのだ」
「擬態ということは……。じゃあ、本当の姿は別にあるということですか?」
私は思うままに口走っていた。
「ああ。ザラヤマドリは、野鳥の中でも特に警戒心が強く、そして非常に賢い。敵に見つかっても、自らがザラヤマドリであることを決して悟られないように擬態し、欺こうとする。彼らは、その羽根が我々人間にどれだけ有用なのかをよく理解しているからな」
「そ、そんな鳥がいただなんて……」
私がおじいさんの話に驚いていると、
「でもこの子、出会った時はもう瀕死だったんですよ……? そんな状態でも擬態をやめないんでしょうか?」
リフジーさんは抱えているザラヤマドリに目を向けたまま質問した。
そのザラヤマドリは愛らしくもスウスウ眠っている。
警戒心が強いらしいけど……。じゃあ今のこの安眠っぷりはリフジーさんの腕枕にご執心ですってこと……?
「彼らは、生まれて数週ですぐに擬態を覚える。以降も、その擬態は一生続くとされておるし、この村の者でさえ、彼らに友好の証を渡された者は少ないのだ」
「友好の証……」
リフジーさんの反芻にハッとして、私は横から一言添え付ける。
「リフジーさん。もしかして、それが羽根をもらうってことじゃないですか?」
「…………」
おじいさんは、自分の白い顎ひげをシャリっと触ると、
「…………それで言えば、すでにリフジー氏はその子との仲を育めているように見受けられる。羽根の変色は、その人への好意の現われだからな」
なんてことだ。
リフジーさんは、調合局のサリサさん言う所の「キュンキュンさせる」とまではいかなくとも、すでにザラヤマドリに好かれだしているようである。
けどまぁ、あんなに数時間みっちり看病されたら篭絡されちゃうのも人の性……いや鳥の性って感じなのかな?
「とにかく、これは好都合ですね。リフジーさん」
「え? あ、ああ……。そう、だよな」
私は彼の隣でスッと親指を立て、グッドポーズを示す。
リフジーさんは口数少なく、何か考え事をしているようだった。
それは、見方によっては、ちょっと浮かない顔とさえ思える表情。
えっと……? どうして浮かない顔……?
「好都合というと、やはりお二人とも、その子の羽根が欲しいのかな?」
「そうなんです。元は、ルードンの調合局のサリサさんという方から、こちらのお話を聞きまして……」
私は、私達が今こうしてここへ足を運ぶに至った経緯をおじいさんに説明した。
おじいさんは「ふむふむ」とひとしきり話を聞き入ったあと、『過去にいた勇者』の段になって口を開く。
「以前までよくここへ来られていた勇者は、ザラヤマドリのことを熟知していたからなぁ……。おそらく、私達の知らない所でも、ザラヤマドリから羽根を受け取っていたんじゃないかな……?
そうして、それらをルードン街に持ち帰っていた、と……。いやはや、今思えば『あの方』は、この村に住んでいる我々と同じか、それ以上にザラの動物たちの生態系に精通していた」
「そんなすごい勇者がいたんですね……」
おじいさんの話を聞く一方で、私は隣のリフジーさんのことが気がかりだった。
さっきから、腕の中のザラヤマドリにばかり注意を払っている。
リフジーさんにも思う所があるのだろうけれど、私はそれがどんなものなのか、この時はまだ想像もできていなかったのだった。
◇
ザラヤマドリの話をおじいさんから聞いた後、私達はカナーナの家に泊まることになった。
「今晩はうちに泊まるといい」とのお誘いを受けて、そのご厚意に甘えさせてもらったのだ。
私とリフジーさんは、空いている部屋の大きなソファで寝させてもらうことに。
ベッドなんて贅沢品はない。
突然の来訪だし、急ごしらえなのだから当然だ。
「俺は寝袋を持参してるから、エストはソファを使ってくれ」
そう言いつつ、リフジーさんはリュックから深緑色の寝袋を一つ取り出す。
「その子はどうするんですか? もしかして、抱きかかえたまま一緒に……」
「いや、さっきおじいさんから鳥カゴを借りてきた。これに入ってもらうよ」
「そうですか」
よかった。カゴも無しに私達が床に就いたら、夜のうちに逃げ出すかもしれないし……。
そんなことになったら翌朝から発狂する自信あるよ私。
「でも、よく空いてる鳥カゴがありましたよね」
「ああ。この村じゃ、どの家にも鳥カゴの用意があるらしい」
そっか。なるほど。
たぶんだけど、村全体でザラヤマドリをはじめ、貴重な野鳥の保護には抜かりがないのかもしれない。
リフジーさんがそれ以上何も言わなくても、私はなんとなくこの村の事情を察した。
長く山に根差している村の慣習なら、それは何も特別な用意じゃないんだろうなと思った。
その後、灯りを消して眠ることになったのだけれど。
「なぁ、エスト」
「……はい?」
すぐには寝付けないのか、リフジーさんがそっと話しかけてくる。
「君なら、このザラヤマドリが羽根を落とすまで、ずっとこの子を鳥カゴの中に入れておくか?」
「…………?」
私は最初、リフジーさんの質問の意図がよくわからなかった。
「どういう意味ですか?」
「……」
私の放った質問が、行方を失ったみたいに暗がりの中を浮かび続ける。
「俺は、間違ってるような気がする」
「間違ってる……?」
「ああ。だって、こんなのはただのラッキーだろ? 俺達はたまたまこの子を助けただけで」
「……」
「そもそも俺達は、この子のことを何も知らないんだ」
「……」
「カナーナに出会うまで、ザラヤマドリが擬態する鳥だってことも知らなかったし、好意を抱いた相手には羽根の色を変えることも、知らなかった。……きっと、他にも俺達の知らないことが、この子にはたくさんあるんじゃないか?」
「それは…………そうですね」
ほぼ間違いなく、そうだと思う。
私達は、後から出された情報に面食らうばっかりで、そうなんだそうなんだって一生懸命咀嚼するだけで精一杯だった。
「そんな、何一つ歩み寄ることもしていない俺達が、偶然巡りあわせた機会に乗っかってそのまま羽根までもらうなんて……」
「……」
リフジーさんの言いたいことが、私はなんとなくわかってしまう。
さっきおじいさんの前でも浮かない顔をしていたのは、そのモヤモヤした感情のせいなのだろう。
けれど、メタンターゼの調合素材でザラヤマドリの羽根が必要なのは確かで。
おじいさんの言っていた好意の現われが嘘でないのなら、たぶんリフジーさんは、あと少しのところで今回の羽根に手が届きそうなのだ。
「わ、私は……」
リフジーさんに感化されたわけじゃない。
絶対そんなわけじゃないし、ここへ来るまでの苦労を振り返れば、つい否定の言葉が反射的に出てきてしまいそうなのに。
それなのに、突き付けられてしまう。
私の本心はどっちなんだろうって。
どっちが正しく思えて、どっちを推したくて……
どっちに心が惹かれるんだろう。
「いえ。私も……リフジーさんの考えは理解できます」
「……」
「それでもメタンターゼは、今後の私達に必要なものです。そのために、今回のザラヤマドリの羽根はなんとしても手に入れたいですよ」
「エスト、それじゃあやっぱり君は――――」
「ですが」
私は、リフジーさんの声に被せるようにして続けた。
「今夜、私達が眠っている間に、その子がどうなるかまではわかりません」
「え?」
「もしかしたら私達の寝ている隙をついて、鳥カゴを無理やり開けて逃げてしまうかもしれませんし、実は仲間に救難信号みたいなものを出していて、救いの手が施されちゃうかもしれません」
「お、おい……さすがにそんなこと……」
「あくまで可能性の話ですし、リフジーさん自身、今話したばかりじゃないですか」
「え?」
「私達は……その子のことを、何も知らないんです」
「……っ!」
改めて言いたい。
私は、リフジーさんに感化されたわけじゃない。




