06
◇
受付カウンターで完了報告を済ませた後。
「あの、今日はアイテムの補充申請もしたいんですけど……」と横から私が話しかける。
「補充申請ですか。それでは、こちらの申請書に必要事項を書いてください」
「はい」
受付さんに渡された書類にペンを走らせる。
書き進めて数分。
「メタンターゼの補充ですか。……度々ですみません、少しお待ちいただけますか?」
「え? ええ、大丈夫ですが」
「……?」
またしてもカウンター前で二人きりにされ、目を丸くさせる私とリフジーさん。
「変だな。このタイミングで席を立つなんて」
「そうなんですか?」
「ああ。あまり無いことだと思うが……」
どうしたんだろう?
そう思って、私はカウンター内を軽く覗き込む。
あまり好ましい立ち振る舞いじゃないけれど、リフジーさんの言葉も気になるし。
数分して、気掛かりだった受付さんが、申し訳なさそうに戻ってくる。
「申し訳ありません。現在、メタンターゼの在庫が二階の交換所に無くて……」
「な、無い……⁉」と驚愕するリフジーさん。
「はい。ギルド所に納品されるまではまだ時間がかかるそうですから、単品で補充されるなら、直接コチラの調合局をお訪ねいただけますか?」
そう言って、受付さんは私達に案内図を渡す。
「ここからそう遠くない場所にありますから」
「は、はぁ……」
返す言葉も見つからず、私とリフジーさんはそのまま調合局へ向かうことになったのだった。
ギルド所を出てすぐ、いの一番にリフジーさんが口を開く。
「珍しいこともあるんだな」
「どういうことですか……? 今回のって、あまり無いケースなんですか?」
「ああ。……メタンターゼに限らないんだが、普通、あのまま二階の交換所ですぐにアイテムを受け取れるんだ。在庫を切らしてるなんて初めて聞いた」
「……」
滅多に起きないことらしい。
補佐官として就任したての私も、あまり状況を上手く呑み込めずにいたけれど、リフジーさんの様子からしてこれは完全にイレギュラーなことのよう。
「ちなみに、調合局へ行かれたことは?」
「俺は初めて行く。……エストは?」
「私も初めてです。補佐官学校時代、そういう場所があるとは学んでいましたけど、実際立ち寄る機会はありませんでしたから」
「……そうか」
二人して初めての場所ということで、やや気が重かった。
ただのアイテム補充の話が、なぜか調合局へ出向く話になっていた。
ギルド所から徒歩十分ほど。
案内図に従えばこれか。という建物を見つけた。
石造りの、田舎の歯科医院みたいな佇まい。
長い年季を感じさせる苔むした外観。
「き、緊張するな……」
「リフジーさん、本当にこういうの苦手そうですよね」
「仕方ないだろ? 性分なんだ」
ファーストコンタクトが億劫らしい。
かわいいとこ、ありますやん。
「じゃあ、い、行くぞ」
リフジーさんはその大きな門戸を数回ノックして声をかける
「すみませーーーん」
「…………」
ノックしてから静寂が続く。
あれ? と私もリフジーさんもその脳裏に「留守?」の単語が浮かぶ。
「エスト。俺、ちゃんとノックしたよな……?」
「しましたね」
「もう一回、叩いてみるか。すみませーーーーーーー……うわっ⁉」
「っ!」
リフジーさんがもう一度ノックを試みたその瞬間、内側から扉が勢いよく開けられた。
「ん? ん……どちら様?」
「あ、えっと……」
中から現れたのは、身長二メートルはあるだろうかという長身の女性だった。
全身黒のローブで、肩まであるセミロングの銀髪は見事なほど艶めいている。
「たかっ……」
彼女の顔を見上げたまま、思わず私が声をもらす。
「り、リフジー・メイワード。勇者をやってる者だけど」
「……エスト・ザラックです。こちらの勇者の補佐官をしてます」
リフジーさんの自己紹介にハッとして、私も続く。
私達は、このアホほど背の高い女性を見上げたまま、(※首がつりそう)彼女の言葉を待つ。
「なんだ、勇者か。……ほー。……それで、どうしてこんな所へ?」
「ギルド所に、案内図をもらって……」
リフジーさんが用紙を見せると、彼女はその長身を屈めて覗き込んでくる。
その用紙を見て一発で理解したのか、目をわずかに見開くなり、
「了承した。……とりあえず、中に入りなよ」
「「…………」」
私達は促されるまま、その調合局の中へと入るのだった。
◇
中は案外広々としていて、いくつかのテーブルと、壁を埋めるように並ぶ大きな本棚とがまず視界に飛び込んでくる。
テーブルの上には、魔物の骨だの、植物の根だの、調合素材みたいなものや調合途中の瓶がわらわらと置かれてあった。
その中で彼女は、比較的物が置かれていないテーブルに私達を案内してくれた。
大きな椅子に腰をかけ、そのまま一対二で、対面する。
「自己紹介が遅れたね。私はサリサだ。サリサ・ミースター。職業は……まぁ名目上、黒魔導士ってことになってるけど、最近はもっぱらここで様々な調合を行なっている。いっそもう薬剤師みたいなものかな。笑」
サリサさんは口に手を当て、ふわああっと小さく欠伸をしていた。
寝不足なのか、欠伸したまま目を数秒閉じたりもしている。
ていうか、寝てない……?
「あの……俺達、ギルド所からメタンターゼ補充の件でここへ案内されたんだけど……」
「ああ。それなら、さっき案内図を見てピーンときたよ。そろそろ勇者のひとりでもここへやってくるだろうと思ってたから」
サリサさんは目をつぶりながら、受け答えしている。
よかった、寝てなかった。
「誰か来るってわかってたんですか?」と私。
「まぁね。メタンターゼが切れるなんてもう何年も無かったことだし、ギルド所も対応できずに直接私の調合局に誰か向かわせるだろうって。そのくらいの予測は容易に立つとも」
「なるほど。そ、それで、本題なんだけど……」
リフジーさんが話の核心に触れようとする。
「どうして在庫切れのままなのか、だろ?」
そう言いながら、サリサさんの瞳がパチッと開く。鋭くて、長いまつ毛にふさわしい美しい瞳。
彼女のセリフに私達は首肯してみせた。
「うーん。……二人とも、ザラ山脈は知ってるね?」
「ああ」
「知ってます。ルードン街の東部に位置する低山帯ですよね?」
「ふふ。そうそう。……で、そのザラ山脈には『ザラヤマドリ』って希少な鳥が生息してるんだけど。メタンターゼを作るには、彼らの羽根がどうしても必要なんだよ」
「ザラヤマドリ……聞いたことないな」
「私も初めて聞きました」
……ザラヤマドリ。
勇者専用の万能薬が、そんな謎の珍鳥に依存していたとは。
「知らなくても無理はないと思う。何しろ、ザラの山頂から山腹にかけてしか生息していない上に、初夏の繁殖期以外はずっと山頂に引きこもってるような動物だから。見掛けることもまず無いし、鳥類学者や一部のマニアしか知らないマイナーな鳥なんだよね」
山頂って引きこもる場所なの?
エリアチョイスが独特すぎるぜまったく。
「まだまだ情報も少ないし、私も生態系を把握しきれていないんだ」
「なるほど……」
リフジーさんは顎の辺りを片手でこすっている。
考え事をする時の彼の癖なのかもしれない。
「……で、でもどうして、そのザラヤマドリの羽根が獲れなくなったんですか? 以前まではメタンターゼを切らすことなく、入手できていたわけでしょう?」
「…………」
どうしたんだろう。
サリサさんは、リフジーさんの問いに応えあぐねているみたいだった。
「……まぁね。以前までは、ザラの山村の人と交流を持つ勇者がいたんだ。その勇者が定期的にザラヤマドリの羽根を確保してくれていた。……ただ、その勇者が行方知れずになってね」
「そ、そうだったのか……」
「それに、ザラヤマドリは…………特殊な鳥なんだよね」
「特殊な鳥……?」
「繁殖期になると彼らはザラの山腹まで降りてくるんだけど、そこで心を許した相手にしか羽根を落とさないのさ」
「え、それって……」と、何か嫌な予感がした私。
「その落とした羽根でしか薬効が得られないんだよね。普通に捕獲して羽根を獲っても、それはただの鳥の羽根。無駄骨に終わる。だから要は、繁殖期のザラヤマドリをキュンキュンさせないとダメってこと」
なにそれ……?
なにそれ、なにそれ?
そりゃあ山頂に引きこもるようなヘンテコな鳥だもの。キュンキュンしたら効能バチバチな羽根を落とすとか、さらなるヘンテコ体質があってもおかしくないんだろうけど……
「キュンキュン……か」
隣に座るリフジーさんは、「キュンキュン」を反芻しているようだ。
そんな咀嚼する意味もないようなオノマトペを復唱しなくても。
「それで、具体的にどうすればいいとか、あるんですか?」
私はサリサさんに解決策を尋ねる。
「それが、まだ方法としては確立されていないから困ってるんだよ。心を許すっていうのも、結局ザラヤマドリの個体ごとに依存してる部分もあるし。……まぁ、君達二人が今必要な分を獲りたいのなら、実際にザラ山脈へ行ってみるといい」
「けど繁殖期にしか下りてこないんですよね……。あ、初夏って……」
「そう。時期でいえば、もうザラヤマドリも下山してる時期だと思うから。ちなみに、ザラヤマドリはその生息数の少なさで、今は狩猟が制限されているからね。その点は重々注意しないといけない」
「うう……。初夏限定。キュンキュンさせる。捕獲や狩猟は制限。…………これは厳しい条件戦ですね」
私はゴチャゴチャに絡まる思考をなんとかひとまとめにする。
サリサさんは椅子に背を預けたまま、その長い脚を組み替え、眠たげに話し続ける。
「まぁ。だからこそ、メタンターゼが勇者専用として厳しく制限されているんだろうと思えば、私は納得がいく。調合素材の確保が困難だから、無尽蔵に使える代物じゃないのさ」
「……」
耳の痛い話だ、と私は感じた。
リフジーさんがピチャス村の海岸で行なったこと、それ自体間違っていないと私は思うけれど、こうした事情を知ってしまうとまた見え方が変わってきてしまう。
やっぱり他に手段があったんじゃないか? とか。
私がサリサさんの意見に口を噤んでいると、
「……。それでも俺は、使わなければ何の意味もないと思うけど」
「ん? あっはっは! それはそうだね」
サリサさんはその綺麗な瞳を細め、銀色の髪をさらっとなびかせる。
それから、私の隣に座るリフジーさんに、より強い興味を抱いたみたいで。
「ひょっとすると、リフジー。……君なら、ザラヤマドリも羽根を落とすかもしれない」
「……え?」
ポカンとするリフジーさん。
「どういうことですか?」
あとに続いて、その理由を追求したくなる私。
「これはあくまで、私の勘ね。でもリフジーは、何か、他の勇者とは違う空気を持っているようだし」
ふむ。サリサさんの見立ては当たらずとも遠からずなんだけど、「違う空気」の方向性が明後日の方角へ向いているような気がしなくもないわけで。
「かなり感覚的で曖昧ですね、それは」
私は大人しく自分の眼鏡を指で押し上げる。
「そもそも勘。だと言ったろう? それで、二人はこれからザラヤマドリの探索に出かけるのかな?」
「ああ。俺は行くつもりだ」
「私も同意見です。依頼じゃありませんけど、メタンターゼの補充は必要不可欠ですから」
「……そうか」
私たちの即答に、サリサさんはまた「くぁあ……」と軽い欠伸を挟んで、
「……ん。それなら、まずはザラの山村へ行きなよ。そこで、過去の勇者の話でも聞くといい」
「そうしようか、エスト。しかし、もうお昼前だし時間がな……」
「それなら明日、日を改めてから行きませんか?」
「そのほうが良さそうだな」
その後、私とリフジーさんは調合局を出て、彼の家へ戻ることにしたのだった。




