05
◇
翌朝、午前六時。
私はリフジーさんの家のベッドで目を覚ました。
身体を起こし、ベッドから抜け、すぐそこの窓辺へ歩み寄る。
窓に映る外の景色は、青を水に溶かし続けたみたいにすっとしていて涼しげ。
遠くに雀の声が聞こえるのも、この薄い青に染まった街の見え方にも、私はまだ慣れていない。
「…………」
今日はギルド所へ報告に行かなきゃ。
昨日、リフジーさんの受けた依頼の完了報告と、報酬の受け取り。
潮干狩りの手伝いだから、報酬はまさしく雀の涙みたいなものだろうけど。
でもその依頼の中で、リフジーさんは依頼者の命まで助けている。
人命救助までして、その対価が潮干狩りの報酬それだけなんて……。
「割りに合わないよ……」
ボソッと呟くようにして、私は口を開いた。その直後。
「エスト、起きてるのか?」
「……っ!」
扉の向こうから、リフジーさんの籠った声が聞こえてきた。
あまりに不意だったんで、一瞬呼吸を止めてしまった。
「あの、起きてます」
「開けていい?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
私は慌ててベッドの枕元に置いていた眼鏡をかけ、椅子の背に掛けていた軽い上着を羽織る。
「どうぞ」
「お、おはよう」
「おはようございます。リフジーさん」
扉を開けて朝の簡単な挨拶を交わす。
リフジーさんは着慣れた洋服に着替えていて、もう彼だけは目を覚ましてから結構な時間が経っているようだった。
「エスト、こんな朝早くから悪いんだが、ちょっと聞きたいことがあって」
「聞きたいこと? なんですか?」
「エストは……。エストはさ……」
ゴクリ。
『こんな朝早くから悪いんだが』なんて言うくらいだし、一見ためらいがちだったからか、私は次に続く言葉がよっぽど深刻なものだと思い込んでいた。
「朝食ならパン派? ご飯派?」
「……」
私はコケそうになった。
「え。えっと……答えてほしいですか?」
「ああ。どっちか答えてくれないか? あ、おすすめはパンだけどな。パン」
なんだこの勇者。
パンが好きなのね。
「じゃあパン派です」
「え! よかった! ……実は買ったばかりのオレンジジャムを試したかったんだよな。うん」
「そうですか。それはよかったですね」
腕を組んでフンフン頷くリフジーさん。
ていうか、それなら初めからパン確定でよかったんじゃないの。
「それと数日前にパン屋の知り合いからもらったバゲットがまだ残ってる。エスト、ほんと良いタイミングでの配属だったよな」
どの目線からくる賛辞なの、それは。
それに勇者のメシ目的で補佐官やってる人なんてほぼゼロだと思うんだけども……。
そんな気持ちが湧いてきて、私はつい笑みをこぼしてしまう。
「ふふっ」
「ん? どうしたんだ?」
「あ、いえ。……なんでもありませんよ。ただ、リフジーさんは、いろんな人からよく食べ物をもらうんだなぁって思っただけです」
「そうか?」
「そうですよ。でも、悪いことじゃないと思います。みんな、足りないと思っているのかもしれませんし」
「足りないって、何が?」
「なんでもありません」
「……?」
リフジーさんは眉をひそめて不可解そうだった。
彼はたぶん、あのピチャス村のシーアさん以外にも、たくさんの人を助けているんだと思う。
そうじゃなかったら、こんな風に色々と物をもらわないから。
みんな、気持ちや言葉だけじゃ足りないって、そう思ったんじゃないか。
「あっ! まさか、うちが家計に苦しんでいて食料難だと思われて……⁉」
「安心してください。絶対そういう意味じゃないんで」
どうしてそうなるんですかね。
◇
午前九時過ぎ。
朝の支度を終えた私とリフジーさんは、予定通りギルド所へと向かった。
リフジーさんはお気に入りの長剣を背中に。私は規定の革鞄を肩から提げて。
足を進めるにつれ、人通りも喧噪も増えていく。
ギルド所のあるルードン街の中心地は、今日も賑やかだった。
その中で。
「エスト、ギルド所に行ったら、また次の新しい依頼を探すぞ」
横並びで歩くリフジーさんが、ナチュラルにそう切り出す。
「わかりました。どういう依頼を探すんですか?」
「特に決めてないけど」
「……それなら、次は下級じゃなくて、中級辺りを受けてもいいんじゃないですか?」
「うーん。そういう可能性も、あるいはな」
やっぱり、彼は依頼を受ける際の推奨されている等級にずいぶん無頓着らしい。
『勇者は中級以上の依頼を受注することが推奨される』
これはもちろん推奨であって、義務じゃない。
だからペナルティみたいなものもないし、自由に選択することができる。
強いてペナルティがあるのだとしたら――――
「お、アイツは……」
「ねぇ、あの人ってさ……」
ギルド所の前まで来ると、リフジーさんの姿に、周囲がざわつき始める。
そう。
等級に見合わない依頼を受け続けていると、こうして他の勇者や冒険者達から、後ろ指を差されるようになる。
「よし、エスト。中に入るぞ」
「……はい」
リフジーさんは、そんな周囲の声なんてなんのその。といった様子で、気にも留めずギルド所の扉を開けた。
やっぱりこの人の鉄人メンタルはすごい。
「おはようございます。リフジーさん」
「お、おはようございます……」
すごいと思ったけど、受付さんの前ではこの調子。
「……」
ここで一つクエスチョン。
どうして話す機会が多いはずの受付さんの前で彼はおどおどするのか?
まぁ私なりに考えてみた。
一つ。単純にコミュ障説。
二つ。事務的な会話が苦手説。
三つ。可愛い女性と話すのは緊張する説。
うーん……。どれもそれらしいけど。
ていうか待って三つ目。ここにも「私」という女性がいるんだが?
もしこの三つ目が正解だったら、私はリフジー式可愛い子センサーに反応しないってこと?
……いや。うん。
本当にどうでもいいんだけど、なんかモヤっとする。
「エストさんも、おはようございます」
「あ、おはようございます」
落ち着け私。息を吸え。そして吐け。ゴホッ。
「リフジーさん、今日はどういったご用件でしたか?」
「きょ、今日は依頼の完了報告にきたんです。昨日受けた、潮干狩りの……」
受付さんの前でリフジーさんがそう言うと。
「ぷふっ。潮干狩り……⁉ 聞いたかお前ら?」
「ああ、聞いたぜ。勇者のくせに潮干狩りとか。笑」
「背負う武器、間違えてない? 笑」
私はリフジーさんの隣で、バッチリそんな嘲笑を耳にしてしまう。
ギルド所内にいた周囲の人達の声。
それは当然、彼の耳にも入ってるわけなんだけど……
「ご依頼、お疲れ様でした。それではここに記入を」
「わかりました。ってあれ? このペン、インクが無いな……」
「あ、ごめんなさい。少しお待ちくださいね」
「……」
受付さんがササっと席を立つ。
リフジーさんはその間も、周囲からクスクスと笑われていた。
「……リフジーさん」
たぶん私も少し前までなら、あの人達みたいに彼のことを笑っていたのだと思う。
簡単な依頼を受ける変人勇者。
無理もないよ。
傍目にはそうとしか見えないし、実際、途中まではガッツリ潮干狩りをしていた。
その中で人の命を助けていたなんて、部外者にはわかりっこない実情なんだから。
「どうしたんだ、エスト?」
「リフジーさん……私はちょっと腹が立っています」
「……。あははは。落ち着くんだ、エスト。今日は完了報告とメタンターゼの補充だろ? 目的を忘れるなよ」
リフジーさんは、諦めにも似たゆるい笑顔をそこに見せている。
「……」
どうして言い返さないの?
私ですら、こんなに腹が立っているのに。
「リフジーさんは腹が立たないんですか? 彼らに」
「気にしても仕方ないから、な」
「……それは」
そうかもしれないけど。
このもどかしさを、どこかにぶつけてしまいたい。
でも、後ろ指差されてる彼本人が状況を冷静に受け止めている。
感情を切り離して。優先することを見極めて。
だからだろうか。
私は、彼を差し置いて声をあげるのも違うような気がしていた。
そうこうしてるうちに受付さんが席に戻られて。
「はぁ……。お待たせしましたリフジーさん。こっちのペンを使ってください」
「ありがとうございます」




