04
◇
「……」
目を覚ますと、私は夕暮れ色に染まる海辺にいた。
波打ち際からやや控えた林のそば。
乾いた砂の上、胎児のようなポーズで眠ってしまっていたらしい。
「……? なんで私こんなところに……?」
記憶が定かじゃない。
えっと……。何があったんだっけ……?
確かリフジーさんとピチャス村の依頼でここへやってきて……
――――ごめん、エスト。君まで制度を欺くことはない。
「リフジーさん‼」
彼の言葉が、もやもやした頭の中で鮮明に蘇る。
そうだ、シーアさんを助けるために私の持っていたメタンターゼを……。
私は慌てて、横に転がっていた自分の革鞄を開いた。
「なっ、ない……⁉」
勇者専用の万能薬・メタンターゼは、鞄の中のどこにも見当たらなかった。
えっ、待って。まさか本当に使っちゃったってこと……?
「エストさん、やっと起きましたか~」
「えっ。……シ、シーアさん⁉」
砂浜で鞄を漁る私に、さも生きていることが当たり前のように声をかけてくるシーアさん。
お昼に見た時と同様、明るい笑顔をそこに浮かばせている。
私が眠ってしまう前に見た、あの絶望的なほど青白い顔は影も形もなかった。
「あの……シーアさん、大丈夫ですか?」
「え? 大丈夫って?」
「お加減というか……。体調の方は……」
「ああ。それなら大丈夫ですよ! リフジーさんの解毒薬がバッチリ効いたみたいで!」
「そうですか……はぁ」
どうやら見た目通り、シーアさんは元気らしい。
色々パニックになってしまいそうな場面だったけれど、これで一件落着なのかな。
……と、私が内心、胸を撫でおろしていると。
「でも本当、奇跡ってあるんですね」
「……奇跡ですか?」
「ええ。リフジーさんから聞きました。実はこの村へ来る途中、ちょうど切らしていた解毒薬を買い揃えたばかりだったって」
「……⁉」
「ウミヘビに噛まれたことは災難でしたけど、偶然にも、依頼を請け負ってくれたお二人が解毒薬を買っていただなんて……。これってもう奇跡のタイミングだったと思いません? あははは!」
「……は、あははは……」
私は空々しい笑みをこぼすことしか出来なかった。
シーアさんのセリフを聞いて、瞬時に理解した。
これはリフジーさんが、彼に嘘をついたんだと。
……本当は制度上使用しちゃいけない薬で助けたことを、たまたま買っていた解毒薬で治せたんだと。
「そろそろウチに帰りましょうか。ご飯をご馳走する約束でしたし」
「そうですね……」
一瞬だけ、私はリフジーさんの嘘をシーアさんに暴露してしまおうかと迷った。
本当は、解毒薬じゃないんです。勇者にしか使っちゃいけない万能薬を、リフジーさんが責任を負う覚悟で、使ったんです。
そう伝えてあげたら、シーアさんはもっともっとリフジーさんに感謝するに違いない。
間違っても「そんな、規則に反するような真似をするだなんて! とんでもない勇者だ!」なんて非難はしないはずだから。
私とシーアさんの歩く先に、人影が映る。
次第に大きくなるその人影は、私を眠らせた勇者、リフジー・メイワードで。
「あ、エスト。目が覚めたのか。おはよう」
「……リフジーさん。……おはようございます」
彼は何食わぬ顔で「よっ」と右手をあげていた。
……なんだか、軽いなぁ。
きっと、私がこの場ですべての真実をシーアさんに伝えないのは、リフジーさんのあの時の言葉のせいなんだと思う。
『君まで制度を欺くことはない。エストは何も知らないし、見ていない。……これで全部、丸く収まるはずだから』
私は馬鹿だ。
今まで勉強してきた制度や規則が、勇者を始めその他の人達を守ってくれているものだとばかり思っていた。
事実、それらは私達を守ってくれる時もある。
でも現実は、あのまま規則を守っていたら、シーアさんの命は助からなかったかもしれない。
いや、助からなかったと思う。
…………なんて甘くないんだろう。
いくら歯噛みしても、自分の甘さに胸が苦しくなってしまう。
制度や規則じゃ庇いきれない実態が、現実にはあること。
そんなことは、ちょっと考えればわかることなのに。
シーアさんだけじゃない。
リフジーさんに助けられたのは、私も同じだったんだ。
眠ってしまう間際に聞こえたリフジーさんのあの優しさが、嘘であってほしいような、本当であってほしいような――――
「…………っ」
そんな感情を抱いたまま、私はリフジーさんの後ろに隠れるみたいにして、歩いていた。
シーアさんに、この、泣いている理由を訊かれたくなかったからだ。
◇ ◇ ◇
その日、私とリフジーさんは、シーアさんのお宅で晩ご飯をいただき、ピチャス村を後にした。
日も沈んだ夜道。
ルードン街の石畳は、ぽつぽつと立つ街灯のおかげでやや明るい。
私の隣を歩くリフジーさんは、満腹ゆえに幸せそうな顔をしている。
「あの、リフジーさん」
「ん? どうした?」
「…………」
口を開いたけど、次に掛ける言葉が見つからない。
リフジーさんに言いたいこと、いっぱいあった気がするのに。
どうしてか、声を出した途端に頭の中が真っ白になってしまって。
「エスト」
そんな私の様子を見兼ねたのか、彼は何かを察したらしくて。
「君は、頭がいいな」
「どういう意味ですか……?」
「いや、そのままの意味だ」
「……?」
本当にどういう意味かわからなかった。
私が微妙に反応に困っていると、続けざまにリフジーさんが話し出す。
「今日はもう遅いし、帰ったらきっと、そのまま寝るんだろうな」
「そうですね」
「ギルド所に報告に行くのは明日だ。明日になったら、『無事に』依頼を終えたことを告げにいこうと思う」
「…………そうですね」
「……うん。やっぱり、エストは頭がいいな」
「……」
そういう意味か。
私はリフジーさんの横顔を見て、口を尖らせた。
……悔しい。
こんなやり取りだけで、もうリフジーさんの思惑を感じ取れるようになっている。
この人の仕事観は、私をたまらなく悔しい気持ちにさせるようだ。
「明日ギルド所に行ったら、メタンターゼ補充の申請も出さないといけません。申請理由の欄に、リフジーさんが薬をひっくり返したからって書きますね」
「なっ……!」
「次からは、ひっくり返さないでください」
「わ、わかった」
◇
それから私は、リフジーさんの家の前に届けられていた大きな旅行鞄を、彼の家へと運び入れる作業を行なった。
うんしょうんしょと私がやっていると。
「重そうだな」
「実際重いですからね」
「…………エスト。意外とパワーあるんだな。すごいじゃん」
「……。これくらいは平気です」
パワーを褒められた。
どうしてだろう。あんまり嬉しくない。
そんな取るに足らない会話をしつつ、なんとかこのドデカい鞄を運び終える。
私の着替えやら何やら、必要なものが雑多に詰め込まれたものだ。
重いのはたぶん、日中の潮干狩りの疲労感が想像以上に溜まっていたからだと思う。
その後、リビングにて。
「今夜は……もう寝る?」
「はい。そうさせてもらいます。おやすみなさい、リフジーさん」
「そうか。おやすみ」
そんな一言二言を交わして、私は日中、彼に案内された一室で眠ることになった。
扉を開けると、六帖ほどの手狭な部屋。
備え付けの机とベッドだけで、もう部屋はあっぷあっぷしてるみたい。
「ふふっ」
なんだか、かわいい部屋だな。と思った。
今日のことを思い返しながら、私はベッドに伏す。
質素だけど、手触りのいい掛布団。
眼鏡を外して、それに包まりながらリフジーさんと過ごした今日一日を思い返す。
まだ、彼の印象は、一口に語れそうにない。
抜けている。ズレている。
でもスイッチが入った時は、急に大人な顔を見せるし、不思議な頼りがいもあるし……。
……だけれど、どうしてリフジーさんは、あそこまで真っ直ぐに人を助けられるんだろう。
私なんて、いろんなことが怖かったのに……。
そんな疑問が、私の脳内をぐるぐる巡っていて。
天井板の小さなシミでも数えてるうちに、私はだんだんと夢の世界へ旅立っていったのだった。




