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◇
私達は、ボボットの日用品店で買い物をしたあと、彼女と共に店先に出ていた。
「ありがとな、ナメリア」
「この街のこと、色々と教えてくださって、ありがとうございました」
「ううん。私こそ……。二人がこの街に来てくれたおかげで、なんだか胸のつかえがスッと消えたような気がするわ」
しみじみと交わす、最後の挨拶。
もうしばらくこの街には来ないかもしれないし、彼女、ナメリア・ボボットにも会わないかもしれない。
乾いた風の吹きすさぶこの街は、今も閑散としていて私にはちょっぴり物寂しい。
でも……
「私も、こちらを訪ねる前に比べて、身体が軽くなったような気がしています。それも、ナメリアさんに会えたからですよ。今はちょっと、清々しい気持ちです。……ですよね? リフジーさん?」
私は隣に立っているリフジーさんに話を振った。
この人はこの人で、ナメリアさんに言うことがある。そんな気がしていたんだけど。
「ん? ……どうしたエスト?」
え?
なんであなたは、お店で買った物をここでチェックしてるんですか?
「いや、ですから。私達も身体が軽くなったって……」
「何言ってるんだエスト。俺達はむしろ買ったもので荷物が増えて重たくなってるんだぞ?」
……え、そういう話?
今回の依頼の任で張ってた肩ひじが緩んだとか、もう気負わなくていいって話の流れじゃなくて……?
「ふふっ。リフジーって面白い勇者よね。エストはこの人の補佐官なんでしょ?」
「はい。……そうなんですよ、これが」
「それは……なんていうか、エストじゃないと務まらなさそうね。笑 適任? ていうのかしら」
どうしたんだろう。ナメリアさんまで。
こんな冗談言う人だったっけ。(白い目)
「……でも、リフジー。これからアルカナンに戻ったら、農政局に私の件を報告をするのよね? 私は私で、もう覚悟は決まっているから。事実をありのままに伝えても大丈夫よ」
「……ああ。そうだな」
ナメリアさんの真剣な言葉に、和やかな空気が少しだけ引き締まる。
リフジーさんは、ナメリアさんのその顔や、口調や、毅然とした態度を見てから、どこか納得した様子で。
「じゃあ、またいつかな」
「ガーダリオンのこと、たくさん聞かせてもらえて勉強になりました。ナメリアさん、お元気で!」
「ええ。またこの街に来ることがあったら、お店にも顔を出してね。いつでも歓迎するわ。……じゃあ、さよなら。二人とも」
私達は大きく手を振って、ボボットの日用品店前をあとにした。
優しく手を振ってくれているナメリアさんの、その姿が徐々に小さくなっていく。
そんな光景を目にしていると、少しだけ私の胸はきゅっとなって。
ほんの数日しかいなかったはずなのに……ね。
なんだろう。この感じ。
心は穏やかなのに、切ない。
例えようがないくらい相反してるこの気持ちを抱きながら、私達はガーダリオンを旅立つ事になったのだった。
◇
『今回の調査は終わりました。ルードンへ帰還したいと思います。そちらはどうですか?』
サリサさんと別れた時の場所へ向かう途中。
私は写筆紙にそう書き記したのだけれど。
『オッケー。私も問題無し。最初に別れた地点にまた集合しよう』
「……わっ」
お返事はっや。
サリサさん、ひょっとして写筆紙を眺めながら今まで過ごしてたの? ってくらい早い。
「ん? どうしたエスト。サリサさんからもう返事が来たのか?」
「あ。はい。サリサさん、もうお仕事のほうは問題無いそうです。最初に別れた所で落ち合おうということになりました」
「いやに早いな……。さては暇だったのか? 笑」
「もしかしたら、昨日でもうお仕事は終わっちゃってたのかもしれませんね」
「なら暇だな」
「ですね。笑」
送った数時間後に、『あ。ごめんっ、思いっきり寝てた!』なんて返ってこなかっただけ、運が良いのかもしれない。
「寝過ごしてスルーされないだけ幸運だ」
「え? あ、そうですね……」
ううむ。
リフジーさんと考えてることまったく一緒だったみたい。
なんかちょっと恥ずかしいんですけど……
でもそれが、私達のサリサさんに対する共通認識ってことでもあるのか。
彼女は基本、寝不足気味なダウナー系で、下手したら寝坊助ダウナー系魔導士ってことだ。
色物キャラもここまで来ると唯一無二だと思う。
「っふー。にしても、やっぱりまだ暑く感じるな。ここの気温」
「そうですね」
シャツ一枚のリフジーさんも、脱いだ上着を腰巻きみたいにして過ごしてる私も、同じように額から汗が噴き出てしまってる。
「ナメリアもそうだったけど、ラーの宿のご主人も、汗一つかいてなかったから不思議だよなぁ……」
「ええ……」
彼ら、というか、ガーダリオンの人達は、根本的に私達とは生態系が違うレベルで暑さに慣れているのかもしれない。
だって生まれた時からこの殺人的な日照りの続く街ってことだもんね……
ふと思ったんだけど、この街に春夏秋冬の季節感とか、時期ごとの風物詩みたいなものってあるんだろうか。
気になるなぁ。
今度、ここへまた伺うことがあったら、その時にナメリアさんから教えてもらいたいね。
そんな事を脳内で想い巡らせながら、私は風に靡いてしまう髪の毛を抑えたのだった。
◇ ◇ ◇
ガーダリオンからルードン街へ帰還して、気が付けばもう三日も経っていた。
私達はあの後、サリサさんと街の出入り口で合流し、灼熱都市のガーダリオンを後にした。
もちろん、また国境付近で石塵を受けるかもしれなかったから、ここぞとばかりに買いたて新品のゴーグルを手早く装着。
私とリフジーさんがそれを装着する段になって、サリサさんは。
「あ、もう新しいの買ってる! ……やっぱり私のゴーグル壊れたんだね。でも、そうだよね……かなり使い古してあったし……でもその分思い出もたくさん詰まってたんだけど……」
と、寂しげなモノローグを口にしていた。
ごめんなさい。
でもあのまま使ってたら私達の眼球が逝く可能性もあったからね……。
ルードン帰還後は、まず農政局に件の情報を報告した。
依頼内容に従えば情報だけでも良いということだったし、私もリフジーさんも、特に引け目を感じることはなく。
「――――そういえばエスト、あのナメリアの一件のことで、農政局から何か通達はあったか?」
「いえ。今のところは特にないですね」
私はリフジーさんのお家で、いつものように料理をしていた。
農政局の依頼も無事に終えたから、また何か新しい依頼を探すのかなと思っていたのだけれど。
どうもリフジーさんは、ちょっとだけ勇者業をお休みしたかったらしい。
「ガーダリオンに、こっちの農政局員が出向いたりしてるのかもしれないな……」
「それはあり得ると思いますね。私達の渡した情報が情報ですし」
「ああ。そうだよな」
「……」
後々、何か詳しく突っ込まれるケースも考えられる。
私達が現地で見てきたものとか、報告した以上の情報はないのかとか。
黙り込んでいると、私も、リフジーさんも、その沈黙の隙間に合わせるみたいに、余計な心配事を抱えてしまいそうになる。
だからってわけじゃないけど……
「……何か、ほっとする飲み物でも作りましょうか」
「……ああ。頼むよ」
私はキッチンでオレンジティーのティーバッグを選んで、二人分の用意を進める。
次第に、鼻の奥を爽やかに抜けるような、素敵な香りが私達の居た空間に漂い始めて。
「なんだ? この良い匂い」
「オレンジティーです。前から飲んでみたかったものを、今淹れてみました」
「へぇ。洒落てるな」
リフジーさんは、テーブルの上に置いたオレンジティーに口を付け、そのままカップをテーブルに戻した。
「お口に合いませんでした?」
「いや。……洒落過ぎてるから、ぐびっと行くのが惜しいんだ」
「そう、でしたか。笑」
そうですね。
飲み切ったら香りは楽しめませんからね。
リフジーさんの向かいの席に着いた私は、おもむろに自分の革鞄の整理を始めた。
「エスト。……急にどうした?」
「いえ。なんとなく中身を整理したくなって」
ルードン街へ戻ってきてから、ずっとバタバタしていたこともあって、補佐官用の鞄をそのままにしてしまっていた。
旅の中で何度も開けたりしていたから、余計な物が入ってるかもなぁ。いらない物は捨てておきたいなぁ。とか考えていたんだけど。
「ん? ……あ、これ……」
「エスト、それ。サリサさんに返し忘れたのか?」
「あ、えっと……。そうですね……。うっかりしてました」
リフジーさんに言われた「それ」について。
私は今の今まで、その存在すら完全に忘れてしまっていた。
「でもこれ、帰り道でサリサさんに「返してほしい」とか「あげるから好きに使っていいよ」とか、特に何も言われなかったんですよね」
「このまま持っておいてもいい物なのか……?」
私達は判断に迷っていた。
もうお役御免なんだろうけれど……
テーブルの上に置いたまま、私達は淹れたばかりのオレンジティーをまた一口飲む。
気持ちを落ち着けて、改めて「それ」に視線を向ける。
「いつかその時が来たら、また彼女に返しましょうか」
「そうだな」
いつか、なんて言ったけど、それは別にそう遠い話じゃないと思う。
魔導士御用達のその『写筆紙』は、ちょっとだけ端がひしゃげていて。
眺めていると、まるで三日前の旅がまだ続いてるような、そんな気持ちにさせてくる。
残せる思い出は残したい派の私なんだけど、この書いた文字くらいはちゃんと消しておこう。
そう思い立って、一文字ずつ綺麗に消していくことにしたのだった。
(了)




