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「どこから話すべきかわからないけど、まず、俺達がここへやってきた目的から話すべきだと思う」
「……っ!」
私は思わず、リフジーさんの横顔を見た。
でも、その顔は真剣そのもので。一ミリだって冗談を挟む様子もなかった。
「リフジーさん、そこから話すんですか……?」
「ああ。……落ち着いて聞いてほしい、ナメリア」
「……」
ナメリアさんは向かいの席に腰を掛けたまま、ゆっくりと頷く。
「俺達の住んでいるルードンという街には、先日まで記録的な長雨が続いていたんだ。そのせいで、街の住民達はいろんな問題にぶち当たってしまってる。ギルド所に寄せられる依頼も、この長雨が遠因になって起きた問題を解決してほしいという内容が増えてきているんだ」
「そう……なのね」
「その依頼の中に、今回の長雨の原因を探ってほしいという依頼があって。俺達はその依頼を受けて、調べ続けていた。そして、このガーダリオンの水不足に辿り着いたんだ」
「……大変なことになっていたのね。……あなた達も、直接何か被害を受けたの?」
「私達は……」
何も被害を受けていません、と。
一瞬、私の頭の中を真っ赤な嘘が通り過ぎたような気がした。
でも、それはきっと正解じゃないですよね。リフジーさん。
「私達も被害は受けました。身近な所で言うと、ここへ来る途中、道がぬかるんでいて……。上手く馬車が進めない事態に陥ったり」
「そうだったのね……」
ナメリアさんは心持ち、顔を俯かせていた。
「で、ここからが本題なんだ。……ナメリア。君が雨を降らせようとして魔法を使ったのが、一体何日ごろの話なのかを訊きたいんだ」
「……」
リフジーさんはついにその質問を彼女に投げた。
横に座る私は、……うん。はっきり言って息が詰まりそう。
喉が締まる。
この質問は、副次的にもう一つの意見を彼女にぶつけている。
つまり先立って話していた通り『この長雨の原因に、ナメリアさんが関わっているんじゃないか?』と、私達が疑い出していること。
リビングの空気に、張り詰めたものを感じる……。
目の前に出されたお茶が冷めないうちに、ナメリアさんは口を開いた。
「私が雨を降らせようとしたのは、五月末から六月の中頃までね。連日試していたのはその期間だけよ。あとは一日空けたり、まばらだったと思う……」
「っ!」
「五月末……」
伏し目がちだったナメリアさんは、ふっと顔をあげて続ける。
「それで、この答え……。ううん、違うわね。……その疑いは、今の答えで濃くなったのかしら……?」
「……そう、だな」
「……濃くなってしまいました」
言葉にしづらくて、心が苦しい。
ナメリアさんが、親切な日用品店の店員さんだっただけに。
疑いが晴れてほしい気持ちが、私達の胸に渦を巻いている。
けれど、真実はもっともっと残酷だったんだ。
「そう……」
「でも、まだ俺達にもわからない事が多いから、ナメリアがルードン街の長雨に関わりがあるかどうか、その決定的な因果は示すことはできない」
「リフジーさんの言う通りです。私達は、まだ決め手に欠ける情報しかありません」
「そうね。……確かに、因果関係は、私にもわからないわね……」
「今回の件を依頼してきたアルカナンの農政局は『長雨の原因に関連しそうな情報』も求めている。だから、ナメリアのことはあくまで『情報の一つ』として、アルカナンに持ち帰るつもりだ」
「賢明だと思うわ」
ナメリアさんは大人だった。
……いや、もちろん年齢的に見れば私やリフジーさんよりも年下の、可愛らしい女の子なんだけれど。
私達の事情も、感情的にならずに受け止めてくれた。
話の要所要所で、たぶんショックを受けていたり、悲しみや怒りの念を抱いていてもおかしくない。疑われるのは、誰でも気持ちいいものじゃないから。
「でも、そっか…………そうなのね……。私の魔法が……」
ナメリアさんは少しだけうなだれた様子を見せ、続けざまに告白する。
「私、自分の魔法で精一杯で、誰かに迷惑をかけているなんて、思いもしなかった……」
「い、いや……それはだな……。さっきも言ったけど、これはまだ、あくまで可能性の話なんだ」
「そうですよ、ナメリアさん。はっきり確定したわけじゃありません」
「だとしても、よね。疑いが濃くなったってことは、ルードンの長雨も私の魔法を使っていた時期と被っているってことよね?」
「……そういうことだな」
「……」
閉口するナメリアさんに、私達も黙り込むしかないみたいだった。
そう思っていたのだけれど。
「ナメリア、ちょっとこのお茶、もらうぞ」
「……」
リフジーさんの声掛けに応じるでもなく、彼女はどこか遠い目をしている。
リフジーさんはじっくりと時間をかけて、そのお茶を何口か飲むと。
「良いな。うん。美味しいお茶だよ。……これだけ美味しいのは、たぶんナメリアがこの街で、一生懸命毎日を過ごしているからだろうな」
「……え?」
その言葉に、どこか意外な空気を感じたのか、一瞬固まるナメリアさん。
無論、彼の隣に座っていた私も、ちょっとだけ固まる。
「ガーダリオンに来て、ずっと感じていたことなんだが。……ここでの生活は、俺にはとても大変そうなものに感じる。気温も、食べ物も。……そんなのは、ナメリア達にとって、小さなことかもしれないけど」
「私も大変そうに思いますよ、リフジーさん」
私が個人的に暑いの苦手だとか、そういう事だけじゃなくてね。生活全般が大変そうに映ってしまうのは、きっと私達がアルカナン出身だからだけじゃないと思う。
「そう? 本当にそう思う?」
「ああ。俺にはボボット家が背負っている使命感とか、ナメリアがどんな気持ちで魔法の鍛錬を続けているのかは想像できないけど。でもたぶん、その気持ちの根底にあるのは、誰かを救いたいとかそういう種類のものなんだろ?」
リフジーさんの話に耳を傾けていた彼女が、答えるように口を開く。
「ええ。……私がこの街に雨を降らせることができれば、たくさんの人が喜んでくれるの。お父さんも、私に期待してくれている。私自身、ボボット家の役目を果たせる一人前になりたい。そういう気持ちだったの。……でも、それが同時に、他の誰かを困らせているのなら……。……もうこんな事やめたほうが――――」
ナメリアさんがそう言い掛けた瞬間。
「俺は、期待に応えないことが、そんなに悪いことだとは思わないよ」
「……っ!」
「…………リフジーさん」
リフジーさんの言葉には説得力があった。
これは、私だから、強く感じる説得力だ。
彼がどれだけ『勇者』という役目の期待を背負わされてきたのか。
隣にいる私でさえ嫌というほど感じている。
ギルド所で、いつもいつも、その背中に浴びせられる陰口。
悔しいくらい正論じみていて、ぞっとするくらい棘ついていて。
だからかはわからないけれど、私はいつの間にか口を開いていた。
「本当に……そうですよね」
一度声を出し始めると、もうほとんど反射的と言っていいくらい、するすると次のセリフが吐き出されてしまって。
「私、最初はリフジーさんのこと、ちょっと変わったところのある勇者だなくらいにしか思っていませんでした。勇者なのに魔物の討伐に行かないし、農作業を手伝ったり、潮干狩りを手伝ったり……。絶対そんなの、勇者のやることじゃないって思ってました」
「……」
「……でも、そうじゃないんですよね。リフジーさんは、勇者らしくないわけじゃなくて、勇者としてやるべきことを、自分で決めてるんだって。今ならそう思います。
だから、どんなに勇者らしくないなんて笑われることがあっても、リフジーさんの行動には意志を感じます。この人の中には、強く信じてるものがあるんだなって」
「……。周りは、好きなことを言うもんだからな。それが正しいこともあれば、間違ってることもあるだろう。街の人達がナメリアに寄せてる期待は、正しいものなのかもしれないが、それがナメリアにとって、幸せなことなのかは誰にもわからないから。……たった一人を除いてだけどな」
「たった一人……?」
リフジーさんの顔をチラッと見て聞き返すナメリアさん。
「その一人はナメリア。君自身だよ。君が幸せに感じることは、君自身にしかわからない。この街に雨を降らせることで、本当に心の底から幸せを感じられるのなら、俺はそれも大切にしていい感情だと思う」
「リフジーさん……!」
「そ、それは……。でも、私が雨の魔法に苦戦している間、あなた達の街が苦しむことになるかもしれないんでしょ……? それでも、この気持ちを大切にしていいって、本当にそう思うの?」
「ああ。……この街にとって、雨や水が大切だってことは十分理解してる。でも俺達の住んでる街に悪影響が出ているかもしれない。この両者の望む答えが対立しているのは事実だ。
でも、その対立にナメリアが苦しむことはないと思う。ガーダリオンからの期待も。俺達からの期待も。一度自分で線を引いて、自分で決める。外聞は気にしなくていい。俺はそれが、ナメリアにとって一番良い結果を引き寄せるんじゃないかと思ってるから」
「そうね……」
ああ、リフジーさん……
そうですよね。
個人的な意見とは言え、私達にとってマイナスな結果になるかもしれなくても、リフジーさんならそう提案するような気がしていました。
私がずっと見てきたリフジー・メイワードは、こういう人だ。
保身も、打算も、一切なく、ばかげたくらい誰かを親身になって助けようとして……
そっか。
だんだんわかってきたよ。
……私は、この人の中に描かれている勇者像が、きっとたまらなく好きなんだ。
ナメリアさんがぽつりと「そうね」とこぼしてから数分。
彼女はその綺麗な目に涙を浮かべながら話し始めた。
「……今はまだ、わからないわ。……この気持ちに答えを出せていないの」
「ああ」
「でも……それでも私は、たぶんまた雨を降らせようとすると思う」
「そうか」
「ナメリアさん……」
こっちの事情を聞いた上で、尚も雨を降らせるかもしれない。
ここでそう打ち明けただけ、ナメリアさんはとても勇気のある人だと思った。
ナメリアさんの嘘偽りない気持ち。
私達がガーダリオンを離れたあとも、またこのお店の裏手で、彼女は魔法を試し続けるんだよね。
「よかった。今、その言葉を聞けただけで、俺は安心したよ」
「……え?」
リフジーさんの返したセリフに、ナメリアさんは一瞬固まっていた。
「もうナメリアは、自分で答えを出せる魔法使いになったってことだろ? 俺はそんな魔法使いのほうが、ずっと頼もしいよ。どんなにすごい魔法や魔道具を扱えたとしても、自分の中に答えを持っていないなら、俺には頼りなく映ってしまうから」
「っ! …………わ、私、頑張るわ」
ナメリアさんは、自分の頬を伝う涙をすぐに拭き取った。
そして、リフジーさんの言葉にまた勇気づけられたのか、明るく答えてみせる。
「もっと、このボボット家の魔法のことも調べて、練習もして、もっともっと上手になって。そして、このガーダリオンに絶対雨を降らせてみせるから! 今ここであなた達に約束するわ。私はいつか、あなた達の街でも噂されるくらい立派な魔法使いになってみせる」
「あははは! 急に元気になってきたな」
「リフジーさんが焚き付けたようなもんでしょう……」
笑うリフジーさん。隣でため息をつく私。
まだ二十歳にも満たないくらいの女の子の背中を、私達は黙って押してあげる形になっていた。
「もし私がガーダリオンに雨を降らせることができたら、それはあなた達二人のおかげね♪」
「それは短絡的すぎないか? 笑」
「ふふっ。いいのよ。だって、本当のことだから」
ナメリアさんの表情が、一段と明るく見えた。
さっきまでのやり取りの中で、おそらくナメリアさんの中にあった迷いの雲が綺麗に晴れたんだろう。
でも、依然として長雨の問題は解決していない。
リフジーさんは、農政局にこの件を『情報』として報告するって言ってたけど、本当に大丈夫かな……
今の二人を見ていると、リフジーさんはその情報提供すら先送りにしてしまうんじゃないかという気がしていた。




