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◇
革製の大きい水袋を買ったリフジーさんは「明日もまた寄ると思う」と、そう一言だけナメリアさんに言い残して、店をあとにした。
私達はラーの宿へと歩みを進め、そこできちんと宿泊の手続きを済ませた。
道順は、あの男性二人組が教えてくれたとおり。
ラーの宿は、確かに良心的な宿泊料だったし、ご主人の男性もとても優しい方で。
「――――エストはどう思った? ナメリアのこと」
泊まることになった宿の一室。
そこの備え付けソファに座って、リフジーさんが話し出す。
「とても肩身が狭いだろうなと思いましたよ」
「だよな。……街全体が水不足で喘ぐ中、『雨を降らせる』って重要な使命が果たせていないんだから」
「あの……。そういえばリフジーさん。このガーダリオンでの聞き込み調査って、元々はルードンの長雨の原因究明でしたよね? それって、その……ひょっとして……」
「ああ。エストも気が付いたのか」
そうだよ。
私達は長雨の原因を探すために、今ガーダリオンの地にまで足を踏み入れてる。
ナメリアさんとルードン街に起きた長雨の因果関係は、まだ何もわからないけど……でも……。
「……。俺は、もしかしたらその件は、ナメリアが引き起こしてる物なんじゃないかって疑ってる」
「……っ!」
それは、私も同じように勘付いてることだった。
リフジーさんは、窓から見える外の景色に顔を向け、ゆっくりと話の続きを言葉にする。
「これは疑いでしかない。俺達は二人とも魔法に詳しくないからな。けど、おそらくあの魔法痕からして、ナメリアが何度も何度もあそこで魔法を使おうとしていたんだと思う」
「そうですね……。その魔法っていうのも、たぶん……」
「雨や水に関する魔法だろうな」
……そう思ってしまうのは、私達が農政局から依頼を受けてる途中だから?
いや、きっとそれだけじゃない。
自分の力が及ばないこと。大事な祭事の演目に穴を開けてしまってる現状。
街の期待や、お父さんの期待を大きく裏切ってしまったこと。
そういう、もどかしい、悔しい感情が積み重なって、あの時のナメリアさんの表情を歪めていたんじゃないだろうか。
……そんな気がした。
もちろん、これは私の主観でしかないんだけど。
「エスト、確認したいことがあるんだが……」
「はい……?」
不意に、リフジーさんから質問される。
「ルードン街で起きた超長雨が、いつ頃発生したのか覚えてるか?」
「えっと……最後に見た気象情報だと、長雨の発生自体は一か月以上前ですね。そこから三週間続いていたはずです。日付で言うと、五月の末から始まって六月中旬過ぎまでです。その後も、アルカナン全域は著しい大雨の日がチラホラありましたけど……」
「大きく連続していたのはその期間。ってことか」
「ですね」
「じゃあ、とりあえずナメリアに、最後に魔法を使ったのがいつなのか訊いてみたほうがいいな」
「そうですね……」
……でも、いいんですか。リフジーさん。
それを訊いてしまったら、ナメリアさんはまず間違いなく、どうしてそんなことを訊くのか不思議に思うはずで。
それは結果的に、ルードン街の長雨事件を彼女に教えなきゃいけない展開になりませんか?
心の奥にそんな問いを抱きながら、私は自分の足もとの床板に目線を落とすしかなかったのだった。
◇
翌日の午前中。
「ナメリア・ボボットさんのお店について、何かご存じですか?」
私はラーの宿のご主人に、知ってることはないか伺っていた。
「うーん……。最近では私もめっきり利用しなくなりましたからね。知ってると言っても、ずいぶん昔のことになりますけど……」
ラーの宿のご主人は、小さなカウンターの中でゆるやかに受け答えしてくれる。
物腰の柔らかい、紳士を絵に描いたような男性だった。小綺麗な見た目も相まってダンディなフェロモンが爆発している。(……ように見える)
「あのお店は、以前までよく魔導士や魔法使いが出入りしていましたよ。日用品店ですけど、あそこには魔道具も色々と置かれていましたから」
「魔道具が……?」
「ええ。でも、旦那さんが体調を崩されてからは、徐々に取り扱いをやめていったみたいですね。魔法が使える家系ですけど、娘のナメリアさんだけはどうもその辺りが芳しくなかったようで……」
「そうですか……教えてくださってありがとうございます」
「いえいえ」
ナメリアさんへの評価は、自他共に相違ないものらしい。
それから私達は宿屋の外に出て、ガーダリオンの住民達に方々聞いて回った。
ナメリアさんについてのお話もそうだけど、最初から抱えていた目的、「アルカナンでは雨が異常に降っていること」について、何か情報はないか調査していったのだけれど。
「やっぱり難しいみたいですね……」
「そうだなぁ……。ルードン街で嫌ってほど雨が降っていても、ガーダリオンの人達からしたら関係ない出来事だからな……」
聞き込み調査は難航した。
いくら手掛かりになりそうな話がないか尋ねたところで、「なんだその羨ましい話は?」とか、場合によっては「雨が降らないこの街への嫌味か?」なんて怒られる始末だし……
どれだけ聞き込みを進めてみても、ナメリアさんの魔法痕よりも怪しい情報は現れない。
やっぱり彼女が…………何か関係してるのかな……
「エスト。そろそろ俺達、観念しようか……」
「そ、そうしますか」
観念しようか……ね。
その通りだと思います、リフジーさん。
リフジーさんのその言い方が、私にはかなりしっくり来てしまった。
私達には、逃げている節があったのかもしれない。
聞き込みの途中から、まるで「ナメリアさんが長雨とは無関係であってほしい」ことを証明しようとして動いてるような。そんな不純な動機から聞き込み調査を続けていた気がするから……。
◇
「あ、いらっしゃい。二人とも」
「こんにちは、ナメリアさん」
「宣言通り、また来た」
「ふふっ。律儀ね。あなた達」
『ボボットの日用品店』を営むナメリアさんは、この日も穏やかな美少女だった。
私達に平然と笑顔を向ける彼女。
そんな彼女にリフジーさんは、
「ナメリア、これから少し話をしたいんだ。また、奥のリビングを使えないか?」
「ええ。大丈夫よ。……たぶん今日も、誰も来ないからね。笑」
ナメリアさんの含み笑いに、ちょっと哀愁を感じる。
ちょうど、笑っていいラインと憐れんでしまうラインを跨いでるみたいで、私は反応に困った。
でも私の隣に立つリフジーさんはというと。
「はっはっは。言い切る辺り、ナメリアは潔いよな。笑」
「ふふっ。お茶を用意するわね。さあ入って」
「あっ、お構いなく……」と私。
リビングに通され、真ん中に置かれたテーブルの席に着く私達。
ナメリアさんは、お茶を用意しながらこの街の「お茶」について話しだす。
「ガーダリオンではね、深く、自分の心をつまびらかに明かす時にだけ『お茶』でもてなす風習があるのよ」
「そうなんですか?」
「そうよ。もう十分知ってると思うけど、この街では水が貴重。だから「あなたになら、私の水を差しだすことも厭わない」という意図があって」
「俺達の住んでる街だと、当たり前みたいにお茶くらいは出すけどなぁ……。本当に不思議だ」
ガーダリオンは水文化。というか、水という大きな一つの柱から派生したいろんな文化や風習が、住んでる人達の生活環境に溶け込んでいるってことなのかな。
……ていうか、『自分の心をつまびらかに明かす時にだけ』って。
ナメリアさん、もう私達がどんな話をしにきたのか気付いてるってこと……?
「ふふっ。エストは勘付いたみたいね。私が、こんなことを言いながらお茶を出したってことは……」
「はい。ひょっとして、私達がこれからどういう話をするのか、気付いてるのかなと」
「そうなのか? ナメリア」
「……直感だけどね。でも、あなた達二人が何を知りたいのか、はっきりとはわからないから。だからちゃんと質問して? 私も、答えられることには答えるわ」
その後、ナメリアさんは私達にお茶を出してくれた。
お茶だけを、一人一つずつ。
小さな陶器の湯呑みに入れられたそれから、ほかほかと湯気が立っている。
リフジーさんはその目の前に置かれた湯呑みを少し見つめたかと思うと、意を決したように顔を上げ、口を開いた。




