22
◇
「すごいご馳走だったな、エスト」
「そうですね。お肉もよかったですけど、最後のナスの油漬けがとても美味しかったです」
「俺はナスの前に出された煮物もよかったと思うよ」
「二人とも、満足してくれたみたいでよかったわ。私も普段、お父さん以外と食事することがないから、新鮮で楽しい時間だったわよ」
食事が済み、使った食器類を台所へと運ぶ。するとナメリアさんが、
「ありがとう、エスト。食器はそこに置いておいてくれる? 洗い物は私がするから」
「わかりました」
ナメリアさんは、足元にあった箱を取り出し、それを流し台の上に置いた。
「なんですか? それ」
「これ? これは砂洗い用の白砂よ。見たことなかった?」
「初めて見ます」
「そうなのね。じゃあ、もしなら洗う所も見てみる? そんな大した作業じゃないけど。笑」
「見てみたいです!」
私は知的好奇心をくすぐられ、ほとんど即答していたと思う。
ちなみにリフジーさんは、テーブルの椅子に掛けたまま眠りこけている。
お腹が膨れてね……気持ちはすっごいわかります。
「――――まず、汚れた食器を布で拭けるだけ拭いて、その後にこの白砂を当てて、指で優しくこすってあげるのよ」
ナメリアさんは慣れた手つきで砂を扱う。
一旦汚れにまぶされた砂粒が、ナメリアさんの綺麗な指先の動きに合わせてこそげ落とされていく。
その一部始終は、私にとってはすごく斬新で、衝撃的なものだった。
「ここまでやったら、仕上げにちょっと水を流して終わり。……ね? 大した作業じゃないでしょ?」
「い、いや、十分すごいですよ! 魔法みたい!」
私はほとんど無意識に拍手していた。
あっぱれというか本当にすごい!
なんだか新しい手品でも見せてもらった気分。
確かにこの洗い方なら、水を相当節約することができるはずだ。
「あ、ありがとう……。そんなに良い反応されると照れちゃうから……。やめてね? 笑」
「え? ……ふっ、あははは!」
なにこの人。めっちゃ可愛いんですけど?
私が男の人だったらここで告白してそう。
若くて純粋で、品のある感じもずるいずるい。
「な、なんでそんな笑うの⁉」
「あ、ごめんなさい。笑 いえ、なんだか可愛い人だなって思っただけです。私の周りにも女性はいますけど、ナメリアさんみたいにこう、ピュアな人って珍しくて」
「ピュア……。初めて言われた……」
年齢の割に落ち着いてる子だなとか思ってたけど、ちゃんと女の子してますねこの子。
こうして私とナメリアさんのきゃっきゃ的うふふ談話が落ち着きを見せた所で、
「ナメリア、ちょっと水袋のことで訊きたいことがあるんだが……大丈夫か?」
「え? あっ、何?」
いつの間にか、目を覚ましたリフジーさんがそばに立っていた。
話に割って入ってごめん、と言いたそうな申し訳ない表情をしている。
「お店に並んでる物以外にも、商品はあるのか? よければ見てみたいんだが……」
「ええ。あるわよ? そっちの勝手口から裏に回れるから。並べきれてない物もあったと思う」
「私もそれ、興味ありますね」
「案内するわ。二人ともついてきて」
ナメリアさんの後に続いて、私達は店の裏手に出る形になった。
日用品店の裏手は、さっきまで私達が歩いていた街路と違う薄暗い路地裏に繋がっていた。
庇付きの簡易的な物置きに、雑然と商品が入れられている。
「ありがとう、少し見させてもらう」
「ううん。そんなに数は無いけど、水袋も色々あるから迷うわよね」
リフジーさんは物置きの中に手を伸ばし、気になる商品を次々取り出していく。
「この瓶はどういう商品なんだ? 中は空っぽみたいだけど……」
「それは結露瓶ね。空気が冷え込むと、瓶の内側に水滴が集まるの。一晩で大体コップ一杯くらいのお水が溜まるわ」
「なるほどなぁ」
リフジーさんは身を屈め、終始そこにある商品を物色していた。
そんな彼の姿を横で見つめていると、ふと脳裏にある想いが浮かんでくる。
……そういえば、私達、本来の目的忘れてない?
「エスト! これも面白そうな商品だ!」
やっぱり忘れてるよね⁉ リフジーさん⁉
「…………」
「この結露瓶は、ガーダリオンだとどの家にも必ず一つはあるものね。でも二つは無いって感じ」
「なんで二つ以上は置かないんだ?」
「なんでっていうか、置く意味がないのよ」
「え、二つ置けば、コップ二杯分の水が溜まるんじゃないのか?」
「そうはならないわね。この結露瓶は、あくまで家中の空気から結露した水分を集めているの。だから同じ家に二つ置いたら、二等分した水しか溜まらないわよ」
「そういうことか。じゃあとんでもなく大きい家でもない限り、二杯分も溜まらないのか」
「ふふっ。そういうことね」
くっ……。楽しそうに会話しちゃってもう。
これを遮るのは、結構至難の業か…… ん? なんだろうあれ?
私は二人から少し離れた所の地面に視線が奪われていた。
石造りの路面に、円形の、何かの焦げ跡のようなものがついている。
「……これって?」
私はしゃがみ込んで、その焦げ跡をまじまじと観察した。
あまりにも綺麗な円形は、妙にその場で浮いていて、とても不自然に思えてしまう。
「あの、ナメリアさん。ちょっといいですか? この焦げ跡、何か知ってます?」
「え? あっ……。それ…………」
私の質問に口を閉ざす彼女。
リフジーさんと楽しく話していたままの表情が、一変して困り顔を示し始めて。
「それって、魔法を使用した痕跡じゃないか?」
「魔法……?」
彼女の後ろからそう言いながら現れるリフジーさん。
魔法の痕跡……?
「誰かが、ここで魔法を使ってたってことですか?」
「ああ。でも普通、魔法を使ってもこういった痕跡は残らないと思うんだが……」
リフジーさんと私で、じっくりとその魔法痕を見つめていると、それまで口を噤んでいたナメリアさんが、堰を切ったようにしゃべり始めた。
「それは……魔法を使ったのが、練度の足りない私だから……」
「⁉」
「ナメリアさんが……⁉」
え、この美少女さん。ただの日用品店の店員さんじゃなかったんですか⁉
◇
「ちゃんと魔法を扱う一人前の魔法使いなら、ああいう痕跡は残らないの。私は未熟で、半端にしか使えないから……」
私達は、リビングで向かい合わせになったナメリアさんからその事情を聞いていた。
「ナメリア。……君は魔法使いだったってことか」
「うん。……ううん、魔法使いだなんて、そんな風に呼ばれるのも恥ずかしいくらい、私はまだまだ扱えていないの」
「ナメリアさん……」
「この際だから言ってしまうとね、私の名前『ナメリア・ボボット』っていうんだけど。このボボット家は、昔からガーダリオンの街に雨を降らせることを使命としてきた家系なの。でも私はその……なんていうか、みんなの期待に応えられなくて……ずっと……その……」
ああ……ちょっとちょっと……。
そんな悲しい顔しないでください。
今にも泣き出しそうなナメリアさんに、私も喉の奥が詰まってしまいそうになる。
「雨を降らせることが……できないのか」
「……そうなの。……年に一度、この街にもお祭りがあるんだけど、その祭事演目の中に『ボボット家の雨送り』っていう演目があってね。それは水が貴重なこの街にとって、とっても大切な行事だったの。それなのに、私の力が及ばないばっかりに……。そのせいでお店の方の評判も悪くなっちゃって……」
ボボット家……。
そういえば、この街で最初に定宿を尋ねた時、二人組の若い男性がこんなやり取りをしていたっけ。
「あ、確か『ボボットの店』なら前に銅製の良いゴーグルが入ったって」
「お、おい! そこの店は」
「あっ……ごめん。その店は最近、評判が悪いんだ。他の店もあるから――――」
ナメリアさんの言ってる事は、たぶん事実なんだよね。
だから私達に話すだけでも勇気が必要で、その細い肩を震わせているんだと思った。
「……」
「……」
長い沈黙が、私達の間に漂い続ける。
それは、単に気まずいからそうなっていたわけじゃなくて、この場にいる三人が三人とも、それぞれ何かしらを考えていたから。
途切れない暑さの合間に、このお店の裏手だけは切り取られたように冷たい。
その空気の流れを断ち切って話し出したのは、私がこれまで付き添ってきた勇者、リフジーさんだった。
「ナメリア、この大きい水袋を二つ、買いたいんだが」
「え? ええ。それは……。大丈夫よ。持っていくわ」
リフジーさんはその手に商品を二つ持ち、彼女に差し出した。
急に話題を変えられたナメリアさんは、一瞬戸惑いこそしたけれど、すぐに日用品店の店員さんらしい対応に切り替わる。
でもその面持ちは、やるせない感情一色だった。




