21
まだ二十代になってないくらいの、若い子だった。
栗色のショートヘアに整った顔立ち。
肌は小麦色に焼けていて、あぁ、結構な美少女さんだと思う。
「あなた達、珍しいわね」
唐突だった。
落ち着いてるというよりは、ちょっと元気がない口調でそんなことを言われる。
「珍しい? 何がそんなに珍しいんだ……?」
「いや何がってそんなの……。あ、もしかして、ガーダリオンの人じゃないの?」
「ええ。私達はお隣のアルカナンから来た者です」
「アルカナン。……そっか、どうりでね」
何を持ってして「どうりでね」なんだろう……?
不可解な反応がそこここに散りばめられていくけれど、そのままリフジーさんが話を続ける。
「俺達、新しいゴーグルを探してるんだ。少し商品を見ていっていいか?」
「構わないわ。ゴーグルだったら、そっちの棚よ」
「……」
彼女に促されるまま、所定の棚に近寄る。
そこにはいろんな種類のゴーグルが並べられていて。
「いっぱいあるな。……というか、ゴーグルってこんなに種類があるものだったのか」
「そうね。でも目的別で言えば、大きく分けて二つしかないわよ? 坑道作業用のゴーグル。それとこっちの防塵用のゴーグルね。アルカナンの人にとっては珍しいかもしれないけど」
「どこがどう違うのか、私にはさっぱりなんですが……」
私が首を傾げそうになっていると、彼女はずいずいっと迫ってきて説明しだす。
「よく見てよ。いい? ほら、坑道作業用はレンズが薄くて、簡単なバンドで留められてるだけでしょ? 一方で防塵用はレンズも分厚いし、物によっては耳までガッツリ覆っちゃうのもあるの。用途ごとに使い分けるのはこの辺の人なら皆やってることで――――」
へぇ、面白い……!
ルードン街、というかアルカナンにいたらずっと知ることのなかった日用品だ。
今後の使い道はともかくとして、他の商品も試してみたいかも。
「――――長時間使用しても大丈夫なように当て布がふわふわでね。これは羊毛素材を使ってあって女の子にも人気な…………あ、ごめんなさい! 私……ちょっとしゃべり過ぎちゃったかも」
白熱したセールストークから戻ってこれたのか、彼女はその場で頭を下げる。
よかった。このまま日が暮れるまでしゃべり倒すのかと思ったよね。
「そんな謝る必要ないよ。……というか俺達、自己紹介がまだだったな」
そう言って、リフジーさんと私は改めて彼女に名前を告げた。
「俺はリフジー・メイワード。隣の国で勇者をしてる。依頼の都合で、今日ガーダリオンへやってきたんだ」
「エスト・ザラックです。彼の勇者補佐官をしています。暑いのは苦手ですが頑張ってます」
「私も暑いのは苦手よ。笑 ……それじゃあ、リフジーに、エストね。私はナメリア。この日用品のお店は、元々お父さんが経営してたものなの。今はちょっと臨時で私が働いてるけど。商品についての事なら答えられることは答えるわ」
彼女は優しく微笑んで「暑いのは苦手」と言った。
……いや絶対嘘じゃない⁉
それか「暑い」の基準が私やリフジーさんとは明らかに違うと思うんだよね。
今この店内ですら私は若干暑くて汗ばんでるのに、向こうは平然としてるもん。
「ナメリアか。よろしくな」
「それほど長く滞在しないかもしれませんが、今後もよろしくお願いします。ナメリアさん」
「ええ。…………それで? エストのゴーグルを見た所、防塵用の物みたいだけど、今日はそれを交換したいってことで合ってる?」
「そうですね。用途はそのままです」
「さっきも言ったけど、防塵用はレンズが分厚くて、あまりガーダリオンの暑さに対応出来てない商品なの。目や肌を守るのが主目的だから、通気性や軽量感は考慮してないってわけ」
「ナメリアはどんな奴を使ってるんだ?」
「私? 私はねー……これね。蛇革の防塵用ゴーグル。レンズの枠は鉄鋼で出来てるからちょっとやそっとじゃ痛まないし、錆びつかないから長く使えるのよね」
彼女の腰に付けられたそのゴーグルは、確かに目立った傷も少なく、錆びついていない。
「とても良さそうですね、それ」
「エストもそう思うか? 俺もそれが欲しいと思ったところなんだ……。この店には置いてないのか?」
やや身を乗り出すリフジーさん。
彼がナメリアさんの製品説明に購買欲を掻き立てられていることは一目瞭然。(私もだけど)
なめしの効いた薄茶色の蛇革は、一見しなやかだけれど、使い込まれた跡からして相当な耐久性を感じる。
「それは難しいわね。私のゴーグルは、お父さんが特注で作ってくれた物だから。同じものはどこにも売ってないの」
「なるほど……残念だな……」
わかりやすくしょげ込むリフジーさん。
そんなに落胆しないでください。なんかこっちまで暗くなるじゃないですか。
「ナメリアさんは、お父さんと仲が良いんですね」
「そ、そう? ……うちはお母さんが居ないから。だから必然的にお父さんとの距離が他の家庭に比べて近いんだと思うわ」
「そうなんですね」
「……」
ここで会話が一旦途切れた。
なんで居ないんですか? なんて聞くのは少し踏み込み過ぎに感じるし、わざわざ失礼に当たりそうな話題にまで切り込む必要はないと思った。
「……ふぅ、それにしてもやっぱり暑いな。後々のことを考えて水袋も買っていこうか、エスト」
「そうしますか」
リフジーさんも私と同感なのだろう。
だから、若干不自然にでも話題を変えたかったみたいで。
「水袋はどこだったか……えーっと……」
「あっ、水袋はこっちの棚で――――」
――――ドンッ。
「きゃっ!」
「っ⁉」
リフジーさんとナメリアさんが他の棚の前へ移ろうとした瞬間、たまたま二人の身体がぶつかってしまう。
それ自体は、お互いによろけただけで済んだのだけれど、その直後。
――――ゴンッ! ゴロゴロゴロ……
「あっ、俺の水筒……」
「大変! お水がこぼれて……!」
リフジーさんの持ってきていた水筒が、床の上に落ちて転がりだす。
蓋が緩んだのか、中の水がこぼれだして床に水の跡が続く。
「ごめんなさい! 本当に、その……あの……」
ナメリアさんはひどく慌てた様子で、あわわと口を半開きにしている。
取り乱し方が可愛いので、ちょっとこのまま眺めていたい気もしますが。
「大丈夫ですよ、ナメリアさん。ですよね、リフジーさん?」
「ああ。別にこれくらいどうってことない」
リフジーさんは転がる水筒を拾い上げ、ささっと蓋を締め直した。
私は私で、床にこぼれた水を手頃な布で拭く。
「それよりナメリア、床を濡らしてごめん。エストも、拭いてくれてありがとう」
「お店の床は別にいいの。……あ、そうだ。今の謝罪の意味を兼ねて、何かお店の奥でご馳走するわ。上がっていかない?」
「え、ご馳走?」
「??」
ナメリアさんの謝り方に、何か並々ならぬものを感じる私とリフジーさん。
だって、水筒のお水をこぼしちゃっただけだよ?
何もそこまでしなくてもいいんじゃ……
「ナメリア、ご馳走だなんてそんな……。なぁ? エスト」
「そ、そうですよナメリアさん! それはさすがに……」
と、そこまで言い掛けて私達二人は口を噤んだ。
それは、目の前に佇んでいるこの少女の顔が、あまりに大真面目で、そこに決して他意や悪ふざけみたいな感情が含まれてないことを本能的に悟ってしまったからだった。
「……」
「ん、まぁ……せっかくのお誘いだし、ご馳走になろうか。エスト」
◇
ナメリアさんの日用品店。その奥へと通される。
八畳くらいのリビングに、石造りのテーブルと椅子が置かれていて、私達はそこに腰を掛けた。
日の光が入らないだけでこんなに涼しく感じるんだ。
出入口とは反対側の壁に、小窓がいくつも並んでいるけれど、それは本当にただ明かり取りのための窓って感じで。
「ご馳走なんて大見得を切っちゃったけど、あまり期待しないでね……?」
「だ、大丈夫です!」
それから、ナメリアさんはリビングと一体になっていた台所に移って、料理を始めた。
「遠慮してたけど、エスト。料理楽しみだな」
「え? あ、はい」
隣に座るリフジーさんが、小声で話しかけてくる。
「俺、実はお腹が空きすぎてもう自分の指でも食べるかって所だったんだよな」
「それは知りませんが、言われてみればここまで食事取ってませんでしたからね」
空腹には同意します。空腹には。
私達が比較的くだらない会話を繰り広げてる最中も、ナメリアさんは料理を作ってくれていた。
包丁で何かを細かく切る音。
切った食材はフライパンで焼かれ、そこから立ち上ってくる香ばしい匂い。
ああ、これ、お肉かな。
とっても良い香り。乾いた口の中に唾液が出てくる。
私は両目を静かに瞑った。
うん。うん。……「そそる」ってこういうことだよね……。
今やリビングにすっかり立ち込めちゃってる料理の香りに、私が陶酔していると、
「ところでナメリア。さっきこぼした水なんだけど……」
リフジーさんが、料理中のナメリアさんに話しかける。
「水が、どうかしたの?」
「いや、その…………。エストも感じたと思うんだけど、ちょっと大袈裟過ぎないか? って思ったんだ」
「大袈裟? どういう意味?」
あ、リフジーさん。その違和感をここで訊くんだ。
確かに私も気になってたし、ナメリアさんに訊くタイミングはいつでもいいと思ってたんだけど。
「俺の感覚だと、水をこぼしたくらいじゃ、相手にお詫びの料理なんてご馳走しないから。少し大袈裟に感じるっていうか……」
「……」
ナメリアさんはフライパンに掛けていた火を止め、皿に盛りつけたその肉料理をこちらへと運んだ。
運びながら、会話の続きをする。
「それはたぶん、二人がアルカナン出身だからよ」
「どういう意味ですか……?」
「……そうね。私も、マデオンにある他の街については詳しくないから、一概には言えないけど。少なくともこのガーダリオンの街では、これくらいが普通よ?」
「普通……ですか」
普通と言われても、やっぱり違和感しかない。
そういえば調合局でリフジーさんの言ってた「替えの効かないもの」という捉え方に、サリサさんは「鋭いね」なんて返してたけど。
私はその捉え方についても、もういっそここで訊いてしまおうと思った。
「水が貴重なのはわかるんですけど、それはこの土地柄のお話ですよね。他の土地から水を買って、それを使ったりはしないんですか?」
「お、おい。エスト。それは……」
珍しくリフジーさんが不安そうな顔をしている。
そんな顔をさせてしまう事には心が痛んだけれど。
でも、リフジーさん。ここで切り込んでいかないと、いつまでも私達の調査は何も進まないと思うんです。
ひょっとしたら何かナメリアさんの癇に障って、追い出されてしまうかもしれない。
そのリスクを承知の上で、私は彼女に質問していた。
「そういうことはしないわね。……もちろん、今の時代なら、できなくはない話だと思うわ。よその水を買って、それに頼りながら生活を送ることも」
「わかった上でしないって……。どうしてですか?」
「ガーダリオンにとって、水はとても重要な位置にあるものなの。特に、自分たちの住む土地で生まれた水についてはね。……ここへ来るまでの間、二人は何度も水を飲みたくなったんじゃない?」
「そうだな」
「はい。何回も飲みました」
「枯れ果てるこの街で私達ガーダリオンの人達が生きてこられたのは、この土地で生まれた水にしっかりと敬意を払ってきたからなの。二人は、水を飲みたくなった時に、一度立ち止まって考えたことはある?」
「……ありませんね」
「……水を他に使うかもしれないってことか」
「そうね。だから、私達にとって水は貴重だし、みんな慎重なのよ。今こうして私達が生きていられるのは、昔のガーダリオンの人達が、この土地に与えられた水を丁寧に扱ってきたからだし、この土地の水のおかげで、私達は子孫を繋げていくことができたって。そういう教えがこの街にはあるのよね」
ナメリアさんの言ってくれたお話には、とても説得力があった。
かつて水の無い街が、今もこうして滅ばずに生きながらえているのは、そこに先人達の工夫や心遣いがあったからなんだろう。
そこに水は欠かせないものだったと。
紡がれてきた歴史の中で、自然に培われた価値観。
だから……
「ここまで話すと、もう想像付くでしょ? だから私達は、他の土地のお水をいただく事に抵抗感があるし、それが、褒められた行為じゃないって風潮があるから。……ちょっと厄介でしょ? ふふっ」
「いや、厄介じゃない。……むしろ立派というか、すごいと思うよ俺は」
「私も、そう思います」
ナメリアさんもだけど、この街の人達は、水に対して私達と異なる考えを持っているんだ。
すごい……。
こういう違いが、山を一つ二つ隔てただけで生まれている。
私はそこに感動みたいな、名付けがたい気持ちを覚えてしまって。
「また、ちょっと話し過ぎちゃったみたい。……私の料理、冷めないうちに食べてね? ふふっ」
「ああ。いただくよ」
「いただきますね」
ナメリアさんの料理がテーブルの上に置かれ、私達三人は和やかな空気で食事を楽しんだのだった。




