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「さて、じゃあまずは定宿探しといくか」
「そうですね。誰かに訊いたほうが早いんでしょうけど……居ませんね、誰も」
暑さのせいかはわからないけど、この辺りを出歩く人は少ないらしい。
「ちょっと歩こう」
「はい。調査開始ですね」
ようやく勇者の冒険っぽくなってきた。結構嬉しい。
私は視界を見渡して、その異国情緒感に胸を躍らせる。
家をはじめ街路や街灯に至るまで、あらゆるものが石で出来ている。
アルカナンには無かった景色。
もあっとしていて野暮ったい高気温。
それに、この街にはほとんど緑がない。
たまに鼻先に香る鉄みたいなニオイは、きっと近くに坑道でもある証拠なんだろうね。
「それにしても、暑いな。シャツ一枚でもこれか」
リフジーさんは顎まで垂れてきた汗を手の甲で拭う。
それから持ち込んでいた水筒の水を飲み、干上がる喉を潤していた。
「近くに火山もあるみたいですし。地形的に小高い山に囲まれているせいで、暑い空気が逃げないんじゃないですか?」
「これじゃあ水が枯渇するのもわかるな。……あの国境じゃ、行商も頻繁には往来できないだろうし」
「そうですね。……あ、そういえばサリサさんから、あの時使ったゴーグルをもらいましたけど、リフジーさんのゴーグルは大丈夫でしたか?」
「大丈夫って……?」
私は鞄に仕舞っていたそのゴーグルを取り出し、彼に見せる。
石塵の中で何度も使われたんだと思うけど、私が今日付けていたものは相当な年季物だった。
「私のゴーグル、運が悪かったのかわかりませんけど、レンズが割れてしまって……。見てください、これ」
「うわ。……レンズの一部が欠けてるな」
「はい。装着してる時は大丈夫でしたけど、鞄に仕舞って歩いてるうちに、欠けてしまったみたいで」
私のセリフを自身に当てはめたのか、リフジーさんもその場で自分のゴーグルをチェックする。
「ん? うわ! 俺の方もダメだ……。エストほど大きく割れてないが、もうレンズがぐらついてるな……。これは早めに新しいものを用意した方が良さそうだ」
「ですね……」
私が自分のゴーグルを手にし、細かい傷にも注視していると、
「なぁ。ところで、サリサさんから受け取ったこの写筆紙なんだが、よかったらエストが持っていてくれないか?」
「え、私でいいんですか?」
「ああ。エストの方が、何かと使いたい場面は多いと思うんだ。もちろん、サリサさんは俺達二人で使うようにって意味で渡してくれたと思うんだけど。どう思う?」
「……」
そうですね。
こういう魔道具の管理や情報の伝達って観点で見ると、これは補佐業のうちだとも思えてくるし。
「わかりました。写筆紙は私が預かっておきます」
「助かるよ。俺じゃ汚しちゃいそうだしな」
彼から写筆紙を受け取り、鞄の中に仕舞う。
「じゃあ定宿を探すついでに、ゴーグルが買えるような日用品店でも探して……ん? なんだ?」
街の中を歩きながら私達が話していると、誰か他の人の話し声が聞こえてくる。
「――――今年も不参加だったし、やっぱりあそこのお嬢さんは……」
「ああ。厳しいんだろうな……」
向こうまでずらーっと並ぶ家々の一角。
そこで、若い男の二人組が立ち話をしていた。
二人とも、誰かを憐れむような雰囲気である。
「あのー……ちょっといいですか」
「お話してるところ、ごめんなさい」
そこに、リフジーさんと私が横から口を出す。
「ん? ……僕達に何か?」
男性二人のうち一人が私達に応じ始める。
「この辺で、定宿に出来そうな店を探してるんです。どこか知りません?」
「定宿? ……。そうだなー。本当に素泊まりだけで良いっていうなら、『ラーの宿』がいいんじゃないかな。お前もそう思わないか?」
「ああ、そうだな。この辺で一番信用できるのはあそこかな」
もう一人に意見を求める形で会話が進み、二人からその『ラーの宿』までの道順を教えてもらった。
この道をこう行って、あそこの角を曲がって――――
なんだ。もうちょっとこう、陰気というか、閉鎖的な感じで、何も教えてくれないパターンもありえる? とか身構えちゃってたけど、そこは全然杞憂だった。
「聞いたかエスト。『ラーの宿』ってところが良いらしい」
「そうですね。教えてくれてありがとうございます」
ラーの宿。ふむふむと。
情報ゼロの私達にとっては助かった。
ていうか、とりあえずガーダリオンに来て初めて住民に会えた。
その事も、ささやかだけどちょっぴり嬉しいよね。
「――――あと、もう一つ教えてほしいんですけど。こういったゴーグルを売ってる日用品店って、この辺りにありますか?」
そう言いながら、私は傷付いたゴーグルを彼らの前に差し出してみせる。
「ゴーグルかぁ。日用雑貨の店は色々あるけどな。……どうだったっけ?」
「あ、確か『ボボットの店』なら前に銅製の良いゴーグルが入ったって――――」
と、そこまで言い掛けてから、もう一人の男が、
「お、おい! そこの店は」
「あっ……ごめん。……その店は最近、評判が悪いんだ。他の店もあるから、ラーの宿の主人にでも訊いてみるといいよ」
「……わかりました。そうしてみます」
「じゃ、僕達はこれで」
二人組はそこで会話を切り上げ、そそくさと細い路地の方へ行ってしまったのだった。
なんか、超怪しい気がしたんだけど。今のって……?
「エスト。あの二人、途中で変な空気にならなかったか?」
「変な空気……」
リフジーさんも、何かを感じ取っていたらしい。
「いや。俺の勘違いかもしれない」
事情はよくわからないけど、リフジーさんの言う「変な空気」は、私も感じた。
なんなんだろう。隠し事的なこと?
「それで、……えっと、どうしましょうか? 『ラーの宿』が良いっておすすめもされてましたけど、行きます?」
「そう……しようか。素直に信用していいのかって問題はあるが、それにしても俺達は情報が限られてるからなぁ。店に行くまでにまた他の誰かに会えたら、そっちでもおすすめを聞いてみよう」
「そうですね」
リフジーさんの判断は賢明だ。
知らない土地の、知らないお店。慎重に動くことはとても大切である。
◇
あの二人に教えてもらったラーの宿。
そこまで行く街路の途中で、私達はとある日用品店と思しき店の前で足を止めた。
「あれ? ここ、看板出てませんけど、日用品店じゃないですか?」
「え? あ、本当だな。ちょっと覗いていこうか」
石造りの家屋が並ぶのと同じように並んでいながら、こじんまりとした庇を延ばし、その下に休憩用なのかベンチも設置してある。
看板こそ出ていないけれど、風体は商店のそれ。
半開きになった出入口の扉から、中を覗けば少なくない商品と店の内装が伺えた。
ギィィー……
扉を引いて中に入ると、そこには誰もいなかった。
お客さんどころか、店員さんすら居ないっぽい。
え、もしかして今日お休みの日だったとか、そういうこと……?
「……」
ひとまず私とリフジーさんは、無言で店内を見渡す。
本当にいろんな商品が置かれてるなぁ。
まず私の目に飛び込んできたのは、厚手の布地で出来た大きいマスク。
耳まで隠せるサイズ感。これはたぶん石塵の防護用っぽいね。
それとは別の棚に、水筒や水袋、皿や鍋なんかの調理器具も雑然と並べられている。
材質の種類も、ルードン街の商店なんかよりずっと多いみたい。
「おお。革手袋とか、革靴も色々あるんだな」
「面白いですね、ルードンとまた違う品揃えというか」
「そうだな。ゴーグルついでに、他の物もいくつか備えておいてもいいかもしれない」
陳列された商品をじっくり眺めつつ、そんな会話をしていると、
「あれ? あ……こんにちは」
「あ、どうも……」
無人だと思っていた店の奥の方から、いきなり一人の女の子が現れたのだった。




