02
◇
午前十時。
リフジーさん家のリビングで向き合う彼と私。
大きなガラス窓には、ここへ来る途中に見えていた雑木林が映っている。
本当に街外れなんだ。
「これから、公務所の方から通達があるまで、私は基本リフジーさんと生活を伴って……って、ん? スンスンッ……なんですかこの匂い?」
話してる途中で気が付いた。なんだか焦げ臭い。
「え? あ、いけねっ。魚焼いてたんだ!」
……は?
「焦げる焦げる!」
リフジーさんはすぐにソファから立ち上がり、キッチンへと駆けこむ。
「ふぅ~……。いやー、ギリギリセーフだったな。ありがとう! エスト!」
「い、いえ。なんのことはありませんが」
「~~♪」
焦がしてなかった事が嬉しいのか、リフジーさんは上機嫌。
鼻歌を口ずさみながら戸棚から皿を出している。
「……あの、念のため聞きたいんですけど、なぜお魚を?」
「え? ああ、昨日依頼者の漁夫からもらったんだよ。立派なヤマメをさ」
なるほど。ヤマメか。
いや、今日私来るって知ってたよね?
「リフジーさん。人と会うかもしれないタイミングで焼き魚はちょっと……。もしかして天然ですか?」
「もちろんだ。養殖はこの辺じゃやってないぞ」
そういう意味の天然じゃないんですけど。
まぁいっか。
リフジーさんは焼き立てで煙の立つそれを、丁寧に皿へと移す。
「えっと。それでさ…………せっかく焦がさず焼けたことだし、エストも一緒に食べないか……?」
「それは……いただきます」
ご丁寧に二尾焼いていただいたようで、私の方にも焼き魚が配膳された。
就任初日、というか、出会い頭から一緒に焼き魚を食べることになった。
とても美味しいヤマメだった。
「ご飯もあるけど……いる?」
「あ、ほしいです。……というか、私が盛り付けるので、そこをどいてください」
「おっ。そ、そうか。はい、シャモジ」
「どうも」
私はシャモジを受け取って、釜からご飯を二人分よそった。
それから、リビングのテーブルにご飯を置いて、話を続ける。
「少々脱線しましたが、こうした家事全般の他、勇者として受けた依頼にも私は同伴します。国から補助金が出てますので、入り用の際は言ってください」
「モグモグ」
「それと、補佐官が同行できる依頼と、そうじゃない依頼についてですが……」
私の言葉はそこで一度止まった。
喉元に引っかかるみたいに、その先の言葉がなぜか上手く出てこなかった。
「モグモグ……。ん? どうした?」
私の話が途切れたことに、リフジーさんは不思議そうだった。
「いえ……。その……。リフジーさん、実は私、今回が初めての補佐業務なんです」
「そ、そうなのか?」
「はい。補佐官になったのもつい先月のことで……」
「……」
私はどこか緊張しつつ、リフジーさんに今の心境を伝える。
「公務所では基本、事務仕事ばかりしていたので、はっきり言ってしまうとその……現場の方ではまだほとんどお役に立てないかもしれません」
「……」
リフジーさんは黙ったまま顎の辺りを擦っている。
彼にチラリと向けた視線を、私は再び下げて話し続ける。
「なのでこれから、リフジーさんとあちこち出掛ける中で、様々なノウハウを学んで、補佐官としての力を培っていければなと……」
「そうだね」
「…………」
勇者と勇者補佐官の関係は、単純な上下関係とも言い切れない。
公務所にいた補佐官達は、自分達に割り振られた勇者を品定めしていた。
無論、それは私だって例外じゃない。
でも、こうした品定めは、もちろん逆もありえるわけで――――
事前に送られる『勇者補佐官に関する資料』を読むことで、勇者側も自分に従事する補佐官を知ることができる。
もっとも、リフジーさんは「こんな若い人だと思ってなくて」と言っていたから、ひょっとしたら資料に目を通していないかもしれないけれど。
「生活の支えをしてもらえるだけでも、俺は嬉しいよ」
沈黙が、リフジーさんの声でかき消される。
「モグモグ。……俺は、エストに戦闘力とか高度な魔法技術とか求めてないから」
「え?」
「補佐官の人って、なぜかみんなそこに固執してるみたいだけど」
「それはそうですよ! だって勇者の補佐ですよ? 倒すべき魔物を前に、勇者の手助けさえできないなんて……歯がゆいに決まってます」
「まぁ……そうらしいな。前の補佐官にも言われた」
「どう、言われたんですか?」
「それは…………もっと……」
「もっと……?」
数秒、間があって。
「……あははっ。あ、そういえば昨日もらったヤマメ、まだ残ってるんだ。もう少し焼いてくる」
リフジーさんはなぜかそこで話をごまかした。
キッチンへと立つ彼の表情は、笑いながらにして寂しそうだった。
◇
その日、私はリフジーさんからこの家に関するあらゆる勝手を教えてもらった。
「――そっちが収納庫。トイレ。隣が浴室。キッチンを挟んで、東側のあそこが俺の部屋。その隣は空いている。そこがエストの部屋だ」
リビングから行ける部屋を次々と指差すリフジーさん。
「空き部屋があるんですか?」
「あ、ああ。その部屋は自由に使ってもらって構わない」
「そうですか。私はもっと覚悟してきていたんですが」
「覚悟……?」
一瞬、彼の動きが停止する。(凍り付けにでもされた?)
次の瞬間。
「……なっ! そ、そういうのは制度違反じゃないか?」
リフジーさんは急に顔を赤らめる。
どうやらエッ〇な妄想に至ったらしい。
この人、案外そっちの想像たくましいぞ。
「あの……そういう意味じゃないです。私はてっきり、寝る場所がないから、物置小屋とか、トイレとか、もしくは今案内された収納庫辺りで寝ることになるかもしれないと思っていたんですが」
「……。覚悟って、そういう……ね」
「はい。そういうね。です」
当たり前だけど、私はいわば住み込みで働くようなものだ。
勇者とその補佐官が男女の関係になるなんてあってはいけないし、それは彼の言うように補佐官制度の禁則事項に抵触している。
でもこれで、ひとまず明日からはある程度スムーズな生活を送れそう。
「一通り、案内は済んだね。あと、わからないことは……まぁ聞いてくれたらその都度説明するよ」
「はい。ありがとうございます」
私はぐるっと周りを見渡す。
やっぱりあの外観からは想像しづらいくらい中は整えてあった。
「……な、まだなんかある?」
「……いえ」
リフジーさんのお家紹介も終わり、ほっと一息つくと、
「今日は何か依頼があるんですか?」
「ああ。もう受注を済ませてるのが一件ある」
「どういう依頼ですか?」
「ここから西に少し行ったところの漁村。ピチャス村はわかる?」
「知ってます」
「その村で潮干狩りを手伝う」
しお、ひがり……?
潮干狩りって、あの潮干狩り?
「本当ですか」
「うん。なんか不都合あった? あ……もしかして海、苦手?」
私は、驚くというか、なんというか。
勇者って、潮干狩りするんだと思った。
「海は苦手じゃありません。というか、どうして潮干狩りの手伝いを……?」
頭ごなしに否定するのもよくないなと思って、私はリフジーさんの意見を乞うことに。
「慢性的な人手不足だって聞いたよ。あの村で獲れる魚は、俺達ルードン街の住民もよく食べてるし、困った時はお互い様の精神だ」
「……」
良い人~~~っ。いやめっっっちゃ良い人なんだけど、なんか違くない……?
だって勇者ですよ?
悪しき魔物を退治する誉れ高き勇者が、安穏な浜辺で何を滅するつもりだ。
「ちなみに……いや、やっぱり訊くのはやめておきます」
「なんだ?」
「……。あの、依頼の等級は、下級ですよね?」
「ああ、そうだね」
「……かきゅぅ」
私は尻すぼみに言葉を失った。
ギルド所に掲載される依頼は全部で四種類。
下級、中級、上級、超上級。
本来なら、勇者は中級以上の依頼を受注するよう推奨されている。
下級は、冒険者や探検家、研究者、手に職を持たない者達が請け負うものとされているんだけど……この人、勇者なんですよね。
「収納庫に熊手とバケツがあるから、それを用意しよう」
「わかりました」
私はしぶしぶ、リフジーさんの予定に合わせるしかなかった。
就任初日から揉め事なんて起こしたくないし、禁則事項にも
『補佐官は自身の生死に直接及ばない限り、勇者の職務上の意向を阻んではいけない』『勇者への進言・助言は認められるが、依頼に関する最終的な決定権は勇者が持つ』とある。
つまり、私がこの熊手やバケツを持った瞬間に死んでしまう謎の奇病であれば、潮干狩りをキャンセルできるわけだ。(※そんな奇病に苛まれた覚えはないが)




