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01

「はぁ……」


 私は小さくため息をついて、机の書類に目を向ける。



『勇者――――リフジー・メイワード』


 間違いない。

 何度瞬きしてみても、確かにそう書かれている。


 私の視線はそのまま書類から逃げるように窓の方へと流れる。


 この、古めかしいルードン中央公務所。

 その二階の職務室の窓から見える大きな広場。

 謎のモニュメントが中心に置かれたその広場は、今日も即席市場が開かれ、多くの人々で賑わっている。


 ガヤガヤ。ガヤガヤ。

 いいなぁ。生憎とあちらは今日もつつがなく平和らしい。


「エスト。……エスト・ザラック!」


「ふぁ……っは、はい⁉」


 唐突に呼ばれた自分の名前に、私は遅れて反応した。

 びっくりした拍子に眼鏡も傾くし、最悪だ。


「しゃんとしなさい、エスト・ザラック! ん? なんだ? お腹でも空いてるのか?」


「え」


「イバスチンの店を見てたじゃないか。あそこのチキンロールはいつでも美味しいからな~」


「……いや、そういうわけでは」


 私の上司であるアンバー氏(※中年男性)は、ほっそりした腕を組んで妙に納得したご様子。窓の外に視線をチラッと投げると、わかるわかる。と理解を示す。

 ていうか、私は断じて空腹だったわけじゃない。ほんとに。


「ま、とにかく。今回請け負うことになった勇者のプロフィールはしっかり頭に入れておくことだ。それでなけりゃ、今すぐその席を他の子に譲るか、一階にある喫茶店のマスターとでも代わるか?」


「やっ……ごめんなさい。今すぐ頭に叩き込みます……」


 私はアンバー氏にそれはそれは丁寧な謝罪を試みた。

 でも実際、良い匂い(※チキンロールとか)はしていたし、仕方なくない?


「ぷふっ。また注意されてるわよ」

「やっぱり今回の人事は適任だったね。だってあの子にお似合いだもん」 


「……」


 ああ、嫌な声。ほんっとに嫌な声だ。

 私のことを陰で笑う者達がいる。


 この公務所に務めている噂好きの同僚、ジルとミーク。


 彼女達も私と同じ勇者補佐官なのだけれど、どこか上から目線で鼻につく。

 彼女達は普段からそう。


 ただもちろん、今回の人事の結果も相まってのことだろうとも思った。



 勇者補佐官は、それぞれに割り振られた勇者の補佐を行なう。

 基本、上長の割り振ったその采配は絶対的で「いや、この勇者はNGなんです私!」なんて拒否権はないに等しいし、拒否ってしまえばしばらくは公務所の窓際で日がな一日狂うくらい事務仕事をこなす未来が待っている。


「……」


 そうは言っても私はこの勇者、リフジー・メイワードについて、これまで良い噂を聞いたことがなかったのだ。


 ……そりゃあ上の空にもなるってものでしょ。



 ◇


「えー、うそでしょ?」


「ほんとなんだって! ぜんっぜん魔物の討伐に出向かないの! 当時の補佐官もそれに嫌気が差して仕事やめちゃったんだってー」


「なにそれ、どんだけなの。笑」




 数週間前、ジルとミークがそんな会話をしていたのも今となっては懐かしい。

 件の変人勇者様は実在していたのだ。


 そして後任の勇者補佐官に選ばれたのは、エスト・ザラック。

 私だった。

 なんという厄日。


「えー、今配った担当表と個別プロフィールについて、不明な点があれば適宜私まで報告に来るように。それでは今日の午前ミーティングはこれにて終了だ。各自、仕事に戻るように――――」


 アンバー氏のその言葉を最後に、職務室の空気は緩みを取り戻していった。


 ……不明な点ですか。


 理解できない点という意味でなら、私はこの紙切れからいくらでも不平不満不可解を挙げまくることができそうだ。


1.なんで初めての担当配属からこんなハードモードっぽい勇者が与えられてるんですか?


2.勇者の名前の横に『※要注意』とか書かれてるんだけど、これみんなの資料にも入ってる注釈ですか?


3.普段キャンキャン言ってるジル達も、同じ目に遭ってほしいんだけどそれは無理ですか?


 悪評と言って差し支えないレベルで周りから敬遠されているこの勇者様を、果たして私みたいなひよっこ補佐官がサポートしていけるのか。ちょっとガチで視界が白んできそうなんだけど。


「……いや、もうよそう」


 先のことを考えても仕方ない。

 どんな噂が囁かれていようが、私にとっては初の勇者補佐業だ。

 割り切れ割り切れ。

 ちゃんとこの身を呈して、勇者の事務仕事や身のまわりのことに尽力しなきゃ。世の中に楽な仕事なんてないんだから。



 ◇

 

 数日後の晴れた日。気温十七度。気分そこそこ。


 賑やかなルードン街中央からしばらく歩いて三十分。

 街の外れとも切れ目とも言えるような寂しい場所に、それは建っていた。


「ここ……で、合ってるよね?」


 見当をつけて訪れていたのは、例の勇者、リフジー・メイワードさんの住むお家だ。


 年季の入った木造家屋。

 朽ちかけているトタン屋根。

 雨どいの留め具が一部腐ってしまってるのか、たまに風が吹くとキィっと鳴いて揺れている。


 ……うん。それらがここに住む人の経済状況を物語っているみたいで、ちょっと不憫な気持ちにもなってしまうのだけれど。


 いや、人のお家をあれこれ言うなんていけないことですよ。

 それは重々承知なんだけど、ここに住む人の職業が「勇者」だなんて、正直誰が想像できるんだろう? とか思っちゃうわけで……


 いや、やめやめ。

 先々の暗雲を振り払って、私はこの家の玄関扉をノックした。

 それから


「すみません。リフジーさん? リフジー・メイワードさんのお宅ですか?」


 声を掛けて、少し待つ。

 可能性として、中から「人違いですよ~」と気の良いおじいさんでも出てきてくれれば、それはそれでやったぜ(※本音)と、心の中で笑みをこぼしてしまうかもしれない。


 しかし現実は、そう甘くなく。


「……は、はい?」


「……」


 中から現れたのは、私より少し年上の男性だった。

 短い髪の毛と高い身長。骨張った身体に使い古された衣類。

 一人暮らしの男性といえばこんな感じ。みたいな、コアな標本にでも載せられそうなくらい普遍的な出で立ちだった。


「あなたがリフジー・メイワードさんですか?」


「えっ……あ。そう、だけど……」


「……?」


 なんか違和感が……うん。なんか……カタコト……?

 ひょっとして……異国出身?


 私が若干困惑していたからか、リフジーさんが続けて口を開く。


「君は……? なにか、用……?」


「あっ。ごめんなさい。私、勇者補佐官をしてます。エスト・ザラックといいます。本日、リフジーさんの補佐官としてこちらに着任しました。今後、よろしくお願いします」


「……。あ、ああ。そうか。そうか! ほさかんさん!」


「え?」


「……あ、よろしく。よろしくどうぞ!」


 さっきまでのおどおどしていた態度から一変。リフジーさんは私が勇者補佐官だとわかると、ぱああっと表情を明るくした。

 あんまり見たことないタイプ……というか、感情の切り替えはっや。


「補佐官さん。もう中に入りますか? そ、それとも外で軽くお茶でも……」


「できれば中がいいです。二人きりで話しておかなければいけないこともありますし」


「ああ。そうですか……そうですよねっ!」


 リフジーさんはそう言って、私を家の中へ招き入れる。

 彼の家の中は、思っていたよりずっと清潔そうだった。(失礼)


 外観がアレだっただけに、私はかなり安堵した。

 何しろ勇者補佐官は、文字通り勇者の生活そのものをサポートするわけで、寝食も共にするから。


 言うなれば、この家は私の仮宿としても使わせてもらうわけで。

 お邪魔する立場でありながら文句垂れるのも違うのだけれど、でもやっぱり少し綺麗にしておいてもらえると、一応安心というか……、まぁ、汚かったら私が全部掃除するだけなんだけど。



「今、お茶出します」


「あ、お構いなく」


 リビングのソファに腰をかけると、リフジーさんが冷たいお茶を出してくれた。

 そうして、私と向かい合わせになるように反対側のソファに彼も座る。


「いや~……。その、つ、通知は来ていたので、補佐官さんが来るのはわかってたんですが、……まさか()()()()が来るとは」


 こんな人……とは?


「あの……私では不服でしたか?」


「え? あ。ああ違いますよ⁉ 補佐官さんが、その、こ、こんな若い人だと思ってなくて……」


「ああ、そういう……。というか、リフジーさん。私に敬語はやめてください。それと、呼び方も普通に『エスト』で大丈夫です」


「……」


 リフジーさんは少し顔を染めている。なんだこの人。


「え、……え、エスト……」


「『エ』は一つです。エストです」


「…………エスト」


「はい」


 恥じらい混じりに名前を呼ばれた。

 私は返事をし、そのまま冷静に彼の顔をジッと見る。


 年上……なんだよね?


 リフジーさんの外面的な情報については、先日公務所からすでに受け取っている。


 彼が私の四つ年上であること。

 独り身で、両親はすでに他界してしまっていること。


 兄弟も親類も近くにいなくて、ほとんど孤独な生活を送っているということ。などなど。


「んんっ。では、今後のことについてお話しましょうか」


 私は軽く咳払いをし、自分の眼鏡を指先で押し上げたのだった。

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