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 荷馬車の心地よい振動に揺られながら旅は進む。


 広大な草原地帯と、突き抜ける青空。

 風に浮かべたまだらな雲が、時々日傘みたいに私達を太陽から守っていて。


「それにしても……私はアルカナンを初めて出るんですけど。リフジーさんはどうですか?」


「ん? もちろん俺も初めてだよ」


「『もちろん』……。そうでしたか……」


 もはや驚くことじゃなかった。


 私のイメージじゃ勇者はバンバン国外へ行ってバッタバッタと魔物を狩るものだと思ってたけど。


 リフジーさんだもんね。


「他の勇者は割と国外へ行ってるみたいだけどなぁ」


「……自覚はあるんですね。他の勇者と俺は違うんだな、みたいな」


「ちょっとね」


 ちょっと……。


 へぇ……ちょっとあるんだ……。


 私は小脇に置いた革鞄からお水を取り出し、一口だけ飲んだ。


「サリサさんは遠方によく出掛けるのか?」


 リフジーさんは馬の方を向いてるサリサさんに声を掛けた。


「んー? まぁねー。私は業務の都合で、定期的に新素材や新薬の発表会があるし、その関係で知り合った同業者と交流することもあるから」


「国外の魔導士と交流があるんですか?」


「うん。でも、同業者間で言えば私は交流が少ないほうかな。もっと外交的で顔の広い魔導士もいっぱいいるよ」


 彼女は私達に背を向けたまま、応えてくれる。


「そうなんですね。……というか、ガーダリオンにも魔導士っているんですよね?」


「いるけど、あそこは人口自体私達の街に比べて少ないから、それに比例して魔導士も少数かな。……あ、勇者とか冒険者はいっぱいいるけど」



 と、ガーダリオンの内情をサリサさんがしゃべっていると、


「ヒヒーンッ! ブブル!」


 それまで引いてくれていた馬の脚が止まってしまった。


「え? どうしたんですか⁉」


「ん? あ~……沼ったらしい……」


 サリサさんが荷台の下に目線を落とす。

 続くようにして、私とリフジーさんも目を向けた。


「車輪が泥濘(ぬかるみ)にハマっちゃったんですね……」


「この辺の道も長雨を食らってたのか……。降りて押そうか、エスト」


 リフジーさんが私に声をかけたその直後。


「待って。二人はそのままでいいから」


 そう言って、サリサさんはローブの懐から杖を取り出し、その先端を車輪に向けた。


 杖の先端は白い輝きを纏って、車輪までその光を延ばしていく。



「お、おお……!」


「魔法で……!」


 私とリフジーさんが驚いてるうちに、車輪は泥濘からほんの少しだけ浮きあがる。


 サリサさんが魔法を使うところを初めて見た。


 ……そうだった。そういえばこの人、ただの薬剤師じゃないんだよね。(ごめんなさいすっかり忘れてました)


 そして車輪を浮かせたまま、泥濘のゾーンを通過。

 そのままなら人力でなんとか押し出さないといけなかった所を、難なく進めてしまった。


「すごいですね! サリサさん」


「あっさり抜け出せたな」


 荷台に座る私達が、劇場の観客のように「おぉ~っ」と拍手喝采していると、


「二人とも驚きすぎじゃない? 笑 そんなおだてたって何もあげないよ」


「あまり魔法を見る機会がなかったので、つい……。そもそも、魔導士が稀少な存在じゃないですか」


「エストの言う通りだな。ルードン街ですら全然見掛けない」


「適性の問題があるからねぇー。後天的に適性を見出す人もかなり少ないし、魔法学校も小規模だから。それでいうと、とても小さなコミュニティなんだよね、魔導士って」


 そう言いながら、サリサさんは黒帽子をクイッと軽く持ち上げる。

 つばの広いそのとんがり帽子や、黒一色に染まった彼女の格好は、いかにもサリサさんを魔導士たらしめていたと思うし、流れる銀髪も掛け値なしに美しかった。


「エストさんは魔法、使ってみたいって思ったことあるのかな?」


「それはもちろんありますよ?」


 当然でしょう。


 魔法が使えたら、まずはリフジーさんを強制的に中級依頼へ駆り出して、同行できる依頼の中で思いっきり私の攻撃魔法を展開。ぽかーんと口を開けてるリフジーさんを尻目に、私がスマートかつ圧倒的に敵を掃討するのだ。


 依頼完了後は、リフジーさんやギルド所の受付さんから「やるじゃんエスト」「エストさん、すごいですね!」とアホほど賞賛を浴びて、夜寝る前にベッドの中でニヤニヤしちゃうような補佐官生活を送る。


 ああ、なんて素晴らしいビジョンなの。

 一部の隙もない補佐官逆転英雄譚の出来上がりだわこれ。


「お、おーい……エスト、聞こえてるか?」


「えっ? あ、ごめんなさい。なんでしたっけ……?」


 私はリフジーさんの一声で我に返る。

 ちょっと妄想しすぎてたみたいだ。……危ない危ない。


「だから、もし使えたらどんなことをしたいかって。サリサさんはそう質問したんだ」


「もし使えたら、ですか……」


 さすがに、今しがた脳内で繰り広げたビジョンをそのまま二人に提示することはできないですね……。


 妄想とは言え、グロいくらい欲望にまみれてるし。


「そうですね。答えになってるかわかりませんけど、私は便利な魔法が使えるようになりたいです。例えば、忘れたくない記憶を保存しておける魔法とか、必要な時に必要な道具を取り出せる魔法とか」


「へぇ~。エストさんは面白いね」


「面白いですか?」


「うん。こういう時って、例えば『魔物をやっつけられる攻撃系の魔法』とか、ちょっと派手な方向に目が向いちゃいそうなものなんだけどさ。風変わりだよ」


「風変わり……」


 すみませんサリサさん。包み隠さず言うと、その派手な方に目が向いちゃってました。

 でも、生活の質が上がりそうな魔法も十分魅力的じゃない?

 もしかして私だけだった……?


 私が目を閉じて「風変わり」なんて単語を反芻していると、


「じゃあ、リフジーはどう? どんな魔法がご所望で、それを使ってどんなことがしたいのかな?」


「俺か。俺は……そうだなぁ……」


 リフジーさんはそこで少しだけ間をあけてから、優しく口を開いた。

 この件なら一家言あるぞ、という空気を私は感じなくもなかった。


「未来を予知できる魔法がいいな。……ここでこうしたら少し先の未来はこうなる。とか。選んだ少し先の状況が見えるだけでいいんだけど、もしこの魔法が使えたら、俺はいつでも最善の選択ができるってことだよな?」


「本当に予知できるならきっとそうだろうね。笑 …………へぇ~、でも意外。リフジーは、もっとエストさんに効く魔法を望んでるのかと思ってたよ」


「「え?」」


 待って待って。

 この黒魔導士、急に何言ってるの?


 いきなり爆弾を投下されたみたいで、私は内心慌てていた。

 リフジーさんと反応が被っちゃったけど、もはやそんなことはどうでもいい。


「エストに効く魔法って……なんだよ?」


「そ、そうですよサリサさん。それ、どんな魔法ですか?」


「えっと……例えば、無言でもエストさんと完全に意思疎通できる魔法とか、エストさんの疲労度とか体調がわかる魔法……とか?」


「どんだけ限定的な魔法なんですか⁉」


 そんな魔法が欲しいとか意味不明過ぎます。

 ですよね、リフジーさん?


 私がそう思って彼の方を伺うと、


「…………」


「……?」



 リフジーさんはなぜか押し黙ったままだった。荷台の中で一言も発さない。


 え、なに。


 なんでリフジーさん、ちょっと考え込んでるの……?



「そういう魔法も……いい、かもな」


「……!」


 いいの……? なんで?


 やっぱり、リフジーさんの考えはわからない。


 未来予知の魔法が使えたら。っていう気持ちはとてもわかりやすい。

 そこは私も共感する部分がある。


 かなり万能型っていうか、汎用性高いと思うんだよねその魔法。


 でも、「こっち」の魔法は……


「あはは! そうでしょう? リフジーには必要な魔法かなぁって思ったから言ってみたけど、案外的を得ていたらしいね」


「依頼に同行してもらうことも多いし、エストは補佐官としてよくやってくれてるから。こういうカウンセリングみたいな魔法は俺に都合が良いよ。疲労度がわかれば、いつ休んでもらったほうがいいのかもわかるし」


「……」


 ええっと……三度(みたび)(いだ)くけど、なんで?


 私はまだまだ未熟だし、そんな、リフジーさんが思うような補佐官には程遠い。


 これは謙遜でもなんでもなくただの事実。


 初めてリフジーさんに会った時にも伝えたけど、私は現場で役に立てないことのほうが多い。


 足手まといだろうし、実態で言えばお荷物な存在なのに。


 …………。


 サリサさんが変な魔法思いつくから、リフジーさんが妙な気を遣ってしまったらしい。


「そういえばサリサさんは、魔導士になってどのくらいなんですか?」


 なにか話題を変えなきゃ、と思って、私は何の気なしに話を振る。


「どのくらいって言われると……どうかな。たぶんもう十五、六年くらい? 最初の五年は数えてたけど、そのあとは数えてないから――――」


 道中、こうして私達三人は話し続けていた。

 持て余した暇を埋めるみたいにして。


 その中でわかったのは、サリサさんが思いのほかお話し好きだってこと。


 奇抜な外見は黒魔導士のコミュニティ内でも浮いている。その自覚はあるけど、そこから自己プロデュースしてまで誰かと馴れ合ったり、コミュニティに迎合するつもりはないってこと。などなど。


 言ってしまうと、そんな取るに足らないお話だったと思う。

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