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「なるほど。困ったことじゃなくて、助かってることとか嬉しいことを聞いたほうがいい……?」
「かもしれません。この長雨の件って、雨で損をしたり、問題を抱える人達がいる一方で、雨で得をしたり、それまであった問題が解決する人達もいるわけですよね。
もし人為的に雨が長引いているのだとしたら、その策士は『雨を降らせることで問題を解決したい人』じゃないですか?」
「……っ! ふっ……あはははは!」
私の意見を聞いたリフジーさんは、急に笑い始める。
「お……おかしいですか?」
「あ、いや。言われてみればそうだよなって思っただけだよ。なんだか、とても当たり前のことを見逃していた気がするな。笑 ありがとう、エスト」
「いえ。当たり前だからこそ、見逃していたんですよきっと」
見逃していたのは、見えない焦燥感のせいもあったんだと思う。
私達はそれから聞き方を変えてみることにした。
すると、この長雨のもう一つの姿がだんだんと浮き彫りになってきたのだった。
◇
「雨で助かると言えば、やっぱり『ガーダリオン』じゃないかな?」
「ガーダリオン……?」
そう告げたのは、調合局を切り盛りする身長二メートルの黒魔導士、サリサさんだった。
街での聞き込みを続ける私達もいよいよ頭打ちになった末、ギルド所や調合局にまでその手を広げていたところで。
「なんだ、リフジーは勇者のくせに隣国のマデオンも知らないのか?」
「いや、『灼熱の国マデオン』のことは知ってるが……。その中の都市、ガーダリオンのことは名前くらいしか……」
「ふふっ」
調合素材の転がる長机に頬杖をついて、なんだなんだぁ~? と言いたげに笑みをこぼすサリサさん。
ゆれる銀髪。
相変わらずめっためたに美人じゃん。
「地理に疎い勇者というのも興味深いけど、それじゃ身を滅ぼすよ? 笑 エストさんは知ってるよね、ガーダリオン」
「ご、ごめんなさい。……私も名前くらいしか聞いたことありません」
「そ、そっか。ごめんね、なんか」
「いえ、大丈夫ですよ」
ごめんなさいサリサさん。空気ぶっこわしちゃって。
でも知らないことは知らないので。
灼熱の国マデオンは、ザラ山脈もといザラ連峰を超えた先にある小規模国家。
その中心都市のガーダリオンは、火山帯付近に沿う形で形成された都市……って情報だけはかろうじて私も聞きかじったことがある。
「ガーダリオンは年中深刻な水不足なのさ。私は仕事で何度か行ってるけど、マデオン、というかガーダリオンは特にひどいから」
「ひどいって……。そんなに水が無いのか」
「無いよ、ほんとに。何しろ汚れた服を砂で洗うような文化の都市だ。雨雲がない代わりに灰の雲が空を覆っているし、空気は乾き果てている」
サリサさんは自分の書棚から厚めの本を引っ張り出してきて、私達の前に開いてみせる。
そこには大きな地図が載せられていた。
「ここ。先日君達が行ったザラ山脈が、こういう感じで南北を縦断してるだろ? 西側がルードン街のあるアルカナン。東側がガーダリオンのあるマデオンだ」
サリサさんはその長い指をページの上で滑らせて、私達に地理を教えてくれた。
「私もこの地図なら見たことがあります。ガーダリオンはこの辺ですよね」
「そう。この、山地からちょっと離れた、高低差のあまりない地域にガーダリオンは位置してる」
「ガーダリオンはどうして水が不足しているんですか?」
「ザラ連峰の山地に雨雲が滞留することで、峰の向こうには乾いた風しか送られないからさ。雨陰と呼ばれる地形上の現象でね。まぁ要するに、雨雲が山に引っかかってるんだよ」
「なるほどな。……じゃあ、ガーダリオンの人なら、みんな雨が嬉しいのか。知らなかったな……」
腕組みしながらサリサさんの話に耳を傾けるリフジーさん。
お隣の国マデオンにそんな内情の都市があったなんて……
私もリフジーさんも、まるで知らない世界のことだった。
「でもリフジーさん、どうします? アルカナン全域で起きてるこの長雨の原因が、必ずしもそのガーダリオンのどこかにあるとは断定できないわけですけど……」
行っても全然意味がないかもしれない……。
むしろ無駄に終わる可能性の方が高い気がするけど。
「そうだな……。ところでサリサさん、この街で降った雨水をガーダリオンに売りに行ってるような、行商人みたいな人はいないんだろうか?」
「いないね。というか、そもそもガーダリオンの人達はよその水を買いたがらないから」
「え……? どうしてですか? 水不足なんですよね⁉」
うまく事情を飲み込めなかった私は、反射的にそう質問していた。
「確かに水不足なんだけど……なんて言えばいいんだろう……。
えっと、そうだね、例えばエストさん。あなたがいつも掛けてるその丸眼鏡、あるよね? その眼鏡がある日突然紛失したとして、一時的に用意した別の眼鏡を掛けなくちゃいけなくなったとするでしょ。
エストさんは、その新しい方の眼鏡に馴染める自信ある? もちろん今みたいにフレームは丸くないし、色も黒じゃないし、耳掛け部分も鼻当て部分も具合が違うとしてさ」
「……いや、それは馴染めないと思います」
そんなの馴染めるわけがない。
この眼鏡は、もう何年も使い続けてる私の身体の一部みたいなやつで。
これを新調しちゃったら私が私でなくなる。(……というのは言い過ぎだけど)
「……。サリサさんの言いたいこと、俺はなんとなくわかったよ」
「え、本当ですか? リフジーさん」
「ああ。今のエストの眼鏡実験で」
眼鏡実験ってなに。私いつの間に被験者になってたん?
それにしても、私が眼鏡っ子のアイデンティティ論を語らう間もなく、リフジーさんはサリサさんの言いたいことを理解できたらしい。
「ふっ。案外、鋭いんだね、リフジーは」
「まぁ。……つまり、ガーダリオンの人達にとって、水は貴重で、しかも替わりの効かないものだと思ってるってことじゃないか?」
「水が、替わりの効かないもの……? どういう意味ですか?」
いまいち私だけは、まだうまく噛み砕けない。
水が無いなら他の土地の水を使えばいい、と思うのだけれど。
「うーんと……そうだねぇ……。これ以上は説明するより、実際にガーダリオンの人に会ってもらうほうがわかると思うんだけど。二人とも、明日からしばらくの間ウチを空けられる?」
そう言いつつ、サリサさんは壁に掛けてあるカレンダーを眺める。
「ひょっとして何日かお出掛けするんですか? この三人で」
「ああ。二人さえよければね。私と一緒にガーダリオンへ行かないかなと思って」
「わ、私はリフジーさんの補佐官ですから、リフジーさん次第ですが……」
私はチラッとリフジーさんの顔を見た。
「そっか。……で? 補佐官さんがこう言ってるわけだけど、リフジー自身は?」
「無論、行くよ。サリサさんが一緒なら、何かと安心だろうし」
「それじゃあ決まりだね」
銀色の髪をかき上げ、むふんっ。と可愛らしく鼻を膨らすサリサさん。
それまで大人びた艶っぽさを醸していたかと思えば、時にはこんな仕草もできるらしい。
ねぇリフジーさん。
このお姉さん罪作り過ぎませんか?
私がひっそり恋しておいてもいいですか?
◇
こうして翌日から、リフジーさんと私、サリサさんの三人は、隣国マデオンの都市『ガーダリオン』へ向かうことになった。
天候、曇り時々晴れ。風もそこそこに吹いている。
ルードン街の東門に九時集合ね。という約束をサリサさんと交わしていたので、いつもと変わり映えのしないルードン街の街並みを抜け、私はリフジーさんと一緒に東門へ向かう。
以前、ザラ山脈へ出掛けた時と同じ門だ。
しかも旅支度した私達の見た目まで、それこそあの時と同じで。
なんだかデジャブを見てるみたい……
「おっ。……目立つ人がいるな」
「そうですね。目立つ人がいます」
東門付近までやってきた私達の視界の向こうに、つばの広いとんがり帽子とローブに身を包む女性がいる。全身真っ黒で、さらには身長も高くて。
まぁ知ってたけど、あの人は屋外でも屋内でも存在感バチバチにあるよね。
「ちゃんと寝坊しないで来たね。偉いよー二人とも」
出会い頭に口を開くサリサさん。
東門で待っていた彼女のそばには、荷馬車も待機させてあった。準備いいなぁ。
「寝坊しないでって……。それは俺達のセリフだと思ってたけど」
「サリサさん、いつも眠そうですからね」
「ん? なぁーんか言った?」
サリサさんは片目をこすりながらつぶやく。
うーん、やっぱ眠そう。声色とかも込みで。
「いや。遠くからでも身長たっかいからわかりやすかったって言ったんだ。なぁエスト」
「え? ちょっとリフジーさん。それじゃ目印みたいでひどいですよ!」
「エストもなかなかひどくないか⁉」
「ふふっ。あっはっは! 目印か。そんな風に強調して立ってたつもりないんだけどな~」
「……」
いえ、思いっきり目立ってましたけどね……。
強調してようがしてまいが、その高身長は目を惹くんです。事実として。
「さて。それじゃあ二人とも荷台に乗って乗って。私が馬を引こう」
「ああ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
私とリフジーさんは、荷台の後ろからぞろぞろと乗り込む。
サリサさんの方は、荷台前の御者台に腰を下ろし、先頭の馬に繋げられた手綱を握る。
「それじゃ、出発しようか」
「ブルルーッ!」
馬に引かれて動き出す。
ルードン街の喧噪を背にして、私達の旅は静かに幕を開けたのだった。




