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◇
前段のダン氏の依頼報酬は、指名依頼というだけあってそこそこ高額だった。
大量のホウライを買い取った分の金額と差し引きしても、かなりのお金が浮く。
このことから、ダンさんの身を切るような思いが今回の依頼には込められていたってことなのかな……。
そうして、リフジーさんと私が『ホウライ勇者』なんて不名誉な肩書きによる周囲からの精神攻撃にもいっそ慣れ始めてきた頃。
リフジーさんが、またしてもギルド所で変な(というか珍しい)依頼を発見する。
「エスト、これを見てくれ」
「なんですか?」
私はリフジーさんの手元を覗き込む。
『今週より掲載分』と書かれた並紙の薄い週刊冊子を広げ、彼はその中の一文に指を差している。
「長雨の原因究明……ですか?」
「ああ。農政局から直々の依頼だし、報酬も悪くない。それに、中級依頼なのに補佐官同行可だそうだ」
「中級なのに同行できるんですか⁉ 珍しい……」
ふむ。身を乗り出して全文を読むと、なるほどと納得した。
『長雨の原因を探るための、聞き込み調査。および関係各所への出張調査』
特に魔物をやっつけたりとか、海底の金塊盗んでこいとか、そういう危険な内容じゃないみたい。これなら同行できそうっちゃできそうですね。
「そういえばエスト、ダンさんの話聞いたか?」
「ダンさんがどうしたんですか?」
リフジーさんは冊子を広げながら話し続ける。
「ホウライの異常収穫の件で、農政局の『魔術監査』が入ったって」
「魔術監査ですか⁉ ダンさん、一般市民ですよ……⁉」
「ああ。でも、結果としてあの収穫量だったからなぁ……」
魔術監査というのは、国の規定範囲を超えて魔法や魔道具を使い、その結果不当にお金を稼ぎ過ぎていないか、という検査の総称だ。
ダンさんの場合だと、例えば雨を異常発生させて間接的に農作物をじゃんじゃん作ってたんじゃないの? ってことだろう。
「ダンさん自身が魔法を一つも使えないのに……行政は相変わらず敏感ですね」
「ああ。それに、ダンさんはホウライを獲ったあとも、さらに続く長雨の影響で、今度は作付けが出来なくなってるって聞いたよ」
「そっちのお話は完全スルーで監査。ですか……」
本人が得してる場面だけを切り取って監査に入るなんて。
内情を知らない上の人達って、こういうものなのかな……。
「でも、依頼は依頼だ。エスト、この原因究明依頼、俺は受けようと思う」
「……。もしかして、まだダンさんが困ってるからですか?」
「いや、ダンさんだけじゃない。今回の超長雨は、他にもたくさん影響が出ているんだ」
リフジーさんはそう言って、冊子に並ぶ依頼の数々を私に見せる。
『雨続きで作付けができません』
ダンさん以外の農家も困っているらしい。
『雨の影響で道がぬかるんで、商品が運べません。人手求む』
行商人の中にも困っている人がいる。
『雨風がひどくて建築が進みません。人手が欲しいです』
などなど――――
これは想像以上に被害が甚大だった。
たかが雨。されど雨。
降り過ぎれば、こうして私達の生活基盤が根底から揺らいでしまうんだってこと。その依頼の数々には、悲痛な叫び声がたくさん込められているみたいで苦しくなる。
「この件を調べても、雨は止んでくれないかもしれない。でも、このまま放っておいたら、どんどんひどいことになるぞ」
「そう、ですね……。けどリフジーさん、私達が受けたとして、本当にこの依頼を遂行できるんでしょうか?」
「……だから、それはわからない。幸い、受注のダブルブッキングは可能なようだし、俺達以外にも調べ始めてる勇者はいると思うけど……」
「……」
だからって他人任せにはできないだろって。
……そう言いたそうですね。
最近、私はリフジーさんの考え方というか、思考の道順みたいなものが見えてきていると思う。
昨日よりも。先週よりも。着任した頃よりも。
この人にとって、不安は二の次でしかない。
「わかりました。……というか、私は勇者補佐官です。リフジーさんの最終決定を止める力なんて、最初からありませんよ」
「ありがとう、エスト」
◇
「こんにちは、リフジーさん。エストさん。今日はどうされました?」
「こ、こんにちは。農政局が出してるこの依頼……受けたいんですが」
「かしこまりました。……では、こちらの案内状をお受け取りください」
ギルド所の受付さんに『今週より掲載分』の冊子の募集欄を見せたのち、案内状をもらう。
受付カウンターを離れて、私達は案内状に目を通す。
この度の依頼に関する詳細は、概ねその紙一枚の情報で把握できるらしい。
「うーん……。うんうん……」
リフジーさんはこんこんと頷きながらギルド所を出る。
目線はばっちり案内状の紙に釘付け。書かれた情報を一通り読み終えたかと思うと、すぐに話し出す。
「なぁエスト。この書類、取っ掛かりも何も書いてないんだが」
「え?」
「『この度、我がアルカナン王国国内の異常気象――――長雨の長期化に伴い、多数の被害が確認されております。現在農政局と気象局の方では、この被害の対応に追われ、詳しい原因の追究が行えておりません。
つきましては、長雨の原因またはそれに類する情報の提示を、ここに強く求める次第であります。提示先は農政局災害対策本部○○――――』と書いてあるが。……それ以外は、先に読んでいた掲載冊子の文言そのままだ」
「……」
説明少なっ。
いや、本当に被害の対応で手一杯です。ってこと?
「調査に必要な足掛かりひとつ無いみたいですね……」
「だよな。……これがお役所仕事ってやつか?」
「そうですね。書類上でしか仕事してな…………っ」
リフジーさんに言われて「あっ」と口を閉ざす。
お役所仕事。書類上でしか仕事してないって。
それ、補佐官着任前の私じゃん……。
現場のことも知らないで、公務所で書類とにらめっこを続ける毎日。
保守的な書き方だけは一人前。
その向こうに誰がいるとか。どんな様子で何を感じて過ごしているのかとか。そんなのもわからなくて。
私って、農政局のことをああだこうだ言える立場なの……?
「……エスト、どうした?」
「いえ。なんでもないです」
「……」
リフジーさんは私を一瞥してから、また案内状に視線を戻す。
「それにしても、参ったな。取っ掛かりも無いとなると……。ひとまず、地道に聞き込み調査から始めてみようか?」
「そうですね……」
……でも、過去はもう過去だよエスト・ザラック。
今はリフジーさんの隣に立つ勇者補佐官なんだから。シャキッとして。
「できれば今日中に、何か一つ手掛かりがほしいですね」
「手掛かりか。……見つかるといいな」
その後リフジーさんと私は、ルードン街の広い街並みをあっちこっちと歩きまわった。
問題の雨は、今でこそ穏やかな曇り空になりすましている。けれど、いつまた煙たつほどの大雨に豹変するかわからない。
曇りである限り、多くの人が外を出歩いている。
この機会を逃したら、聞き込みはずっとずっと難しくなるに違いない。
「すみません、ちょっとお聞きしたいことがありまして――――」
「あの、少しだけお時間いいですか――――」
見えない時間の制約を受けているような、そんな焦燥感が、私達の背中をひそかに押してるみたいだった。
◇
『長雨が始まったせいで、洗濯物が乾かない』
『今回の雨で趣味の天体観測が出来なくなった』
『気圧の影響でずっと頭が痛い』
効率重視で、私とリフジーさんは別々に聞き込みを始める。
この雨で出来なくなったことはないか。どんな問題が生まれてるのか。
私は街行く人に教えてもらった諸々の情報をメモに取り、そのたびに頭を下げた。
「――――この長雨で、困ったこと?」
「はい。例年とはここが違うとか。どんな些細な悲鳴でも構わないんです。気付いたことがあったらなんでも教えてください」
「んー……悲鳴。あ、そういえばよろず屋の主人が、嬉しい悲鳴だって言ってたな~」
呼び止めた若い男の一人が、ぽろっとそんな事を言う。
「嬉しい悲鳴?」
「ああ。この雨のおかげで傘が売れまくってるんだと。羨ましいよな、あんなホクホク顔でさ。笑 みんな雨で嫌な思いしてるってのに良い商売もあったもんだよ」
「なるほど」
…………。
ん? あれ?
そっか。
そう言われてみれば、私はうっかり見落としていたのかもしれない。
雨のせいで困る人もいれば、雨のおかげで助かったり、嬉しいことが起きる人もいるんだよね。
うん。当たり前といえば当たり前のことなんだけど。
「もうそろそろいいかな? また降り出さないうちに、買い物済ませておきたかったんだ」
「……あ、ありがとうございました!」
その男の人の去る姿を見送りながら、私は俯瞰してみる。
雨で助かる人。嬉しい人……。
視界の端、私から少し離れたところで、リフジーさんが聞き込みをしている。
「あの、すみません。今回の長雨で何か困ったこととか、生活に問題とか――――」
あっ。
もしかして私達って、『聞き方』が間違ってるんじゃない……?
「リフジーさん! リフジーさん‼ ちょっといいですか?」
私は街頭アンケート真っ最中の彼にすぐさま駆け寄る。
「どうしたエスト? 何か情報に進展があったのか?」
「いえ、進展と言えるかわかりませんけど……」
私は自分が気付いたことを、リフジーさんに伝えた。
何も特別なことじゃない。本当にただ、それだけだった。




