15
◇
リフジーさんはそれから、翌日の昼頃になるまで丸一日考え込んでいた。
どうしたらホウライを売ることができるんだろう。
売れないのなら、何か他に使い道はないのか。
ウンウン唸ってはハッと何かを思いつき、いやそれもダメかとまた唸る。
そんな苦悩の七変化を一日見せられる私の身にもなってほしいものだけれど、それだけ必死ということなのだ。
そしてリフジーさんの唸り方にも若干バリエーションが乏しくなってきた頃。
「すみません。すみませぇーーーん」
家の玄関をノックする音と共に、誰かの声が聞こえてくる。
「……?」
「今日、お客さん呼んでるんですか?」
「いや? そんな予定はなかったはずだけど」
二人してきょとん顔のまま、玄関の方へと歩き出す。
リフジーさんは頬をぽりぽり掻きつつ、その扉をゆっくりと開けた。
「はい? どちら様ですか?」
「あっ、こんにちは! 僕、東通りの三丁目三番地に住むオンスと言います!」
玄関前に立っていたのは、まだ十代そこそこといった男の子一人だけだった。
ツンツンした黒髪頭に清潔な身なり。一般的な教育もちゃんと受けていそうな、ザ・中流家庭のどこにでもいる子という印象。
「オンス……君? エストの知り合いか?」
「いえ。知りません」
「……。どうかしたのか? こんな街外れの家に突然やってきて」
リフジーさんは、前屈みになって両手を自分の膝の上に置く。
さり気なくオンス君の視線に高さを合わせて、その理由を尋ねていた。
「リフジーさん、ホウライを僕に分けてください! お願いします!」
「え、ホウライ? どうして急にそんな……」
「どうしてって……。リフジーさんのホウライって、持ってるだけで病気にならないんでしょう?」
「びょ、病気に……?」
「なら、ない……?」
何を言ってるんだオンス君。
私は彼の言ってる意味を上手に理解できなかったけれど、それ以上にリフジーさんも理解できていなかったらしい。いや誰でもそう思うよね。
「そのホウライを担いでいれば健康でいられるって! ギルド所にいたお父さんの知り合いが言ってました!」
なにぃーーーっ⁉
なにそのでたらめな情報⁉
ダンさんが異常収穫しちゃったこのホウライ達に、そんなご利益あるわけがない。
「ま、待ってくれオンス君。君は何か、勘違いしている」
「勘違いって……?」
「だから、その……えっと……。つまりだな……」
リフジーさんは言い淀んでいた。
オンス君の純粋な瞳を悲しみに染めてしまうのは気が引ける。
ちょっとそんな気持ちが横入りしてきて、言葉に蓋をしてしまうのかもしれない。
それなら私が口を切りますリフジーさん。
「オンス君。この人のホウライにはね、そういう神秘めいたものは何もないんだよ。ただの野菜なんだから」
「えぇー⁉ そんなぁ……」
「エスト……」
ここはちゃんと事実を伝えたほうがいいですよ。と言わんばかりに、私はリフジーさんと目を合わせた。
アイコンタクトが通じたのか、リフジーさんも小さくコクンと頷く。
「ごめんね、オンス君。……あ、でも、せっかくこんな街外れまで来たんだし、手ぶらで帰るのも嫌だろ。うちのホウライを何本か譲るから、家に帰ったら親御さんに渡すといい」
「え? いいんですか?」
「うん。遠慮なく持っていっていい。今ならどれでも選び放題だ」
「わぁ……やった!」
家の中で手に負えなくなっていたホウライの山を、オンス君に見せるリフジーさん。
オンス君はその両目をきらきらと輝かせている。
「ちょ、ちょっとリフジーさん! タダであげるつもりですか……? いくらなんでもそれは……」
私はリフジーさんの裾を掴み、小声で話しかける。
「すごい真っ直ぐな目で見てくるから、つい……な。でも、ちょっとくらい譲ってもいいだろ?」
「はぁ……」
またですか。
リフジーさんの世話焼き体質には困ったものである。でも、そこがこの人の長所だったりもするから。
だから私はいつまでたってもビシッと注意できないのかもしれない。
「でもそっかぁ……。神のお加護、みたいなものじゃないんだこれ……。せっかくお母さんの病気も治ると思ったのに……」
「「え??」」
ホウライを選びながらつぶやくオンス君に、私達は数秒フリーズする。
なんだって?
お母さんの病気……?
「オンス君、もしかして、そのお母さんのためにホウライを貰いに来たのか?」
「うん、そうだけど……」
ちょっと事情が変わってきた。
私もリフジーさんも、胸の奥でおかしなスイッチが入る。
「オンス君、ごめん。そのホウライな。実は持ってるだけで病人の心を軽くしてあげる効果があるんだ」
「そ、そうそう! 私の友達も、このホウライを持ってたおかげで闘病生活から抜けることができたっていうし」
「え⁉ やっぱりそうだったの⁉」
オンス君は私達の言葉に一瞬驚くと、より一層瞳の奥を輝かせた。
うん。リフジーさんと示し合わせたわけじゃないよ。
そんな器用なこと、できるはずもないんだけど。流れとして、この子に嘘をついてでも希望を持たせてあげないといけないような、謎の使命感に私達は駆られてしまっていた。
ていうかさすがにかわいそうじゃん。
ここでお母さんの病気が云々とか言われて、黙ってる方が辛いってば。
「お母さんの病気、良くなるといいな」
「うん。ありがとう、リフジーさん!」
オンス君は満面の笑みで私達に頭を下げ、リフジーさんの家を後にした。
その手にはもちろん、リフジーさんが縛っておいたホウライ数本の束が握られている。
彼の背中を玄関先で見送りながら、リフジーさんがこぼすように言う。
「なんだよエスト。そんな闘病中の友達なんていたのか?」
「リフジーさんこそ。あんな怪しい商人みたいなこと言う人でしたっけ?」
「俺はいいんだよ」
「じゃあ私もいいですよね。補佐官ですし」
「補佐官っていうか……。もう共犯者だなここまでくると」
ふぅっとため息混じりに述べるリフジーさん。
共犯者……。
なんてしっくり来る言葉なんでしょう。
言い逃れできない穴に落ちた気がして、私は静かに家の中へと戻っていった。
◇
「そのホウライを担いでいれば健康でいられる」なんて出どころも疑わしい噂が、どこかでまことしやかに囁かれているらしい。
恐ろしいねまったく。
「リフジーさん、さっきオンス君が言ってた『おかしな噂』のことですけど……」
「ああ。どこかで話題になってるらしいなぁ……。俺がホウライを担いでたこと」
あ、やっぱりリフジーさんも感付いてる。
そりゃそうだよね。
私達がこの野菜の捌き方を考えている間、悪気があるのかもわからない奇妙な誤情報が、なんてことのない少年・オンス君の耳に入るまでになってるんだから。
「ふむ……。別に、ただ珍しいだけの野菜なんだけどなぁ」
リフジーさんが二の句を継ごうとした次の瞬間。
「ちょっとエストーーー? エストいるんでしょ~?」
強烈に聞き覚えのある声が、玄関の方から響いてきた。
「え……?」
「エスト、名前呼ばれてるが。……今度こそ知り合いか。知り合いだよな?」
「そうみたいですね……名前を知ってるってことは」
「……見当つかないのか?」
まったくもって予想できません。
ていうかごめんなさい。
私には、補佐官着任後でも訪問してくるような仲良しなんていないんです。
ひとりぼっちの勇者補佐官、エストですが何か。
「やっと出てきた。居るならもっと早く出てきてよ。笑」
「……ジル」
「やっぱりエストの知ってる子か」
玄関を開けてそこに立っていたのは、同期の勇者補佐官、ジル・スーティカだった。
ゆるい巻きの入った黒髪セミロング。
目元には薄くそばかすが散っている。
お世辞にも美人とは言えない容姿なのになぜかいつも自信ありげで、その癖すぐ意見を曲げちゃう日和見主義。前世はお嬢様とカメレオンを足して2で割ってたんじゃないかと思う。
もう説明不要だろうけど、私は苦手。
「こんにちは、リフジーさん。お噂は兼々伺ってます~」
「噂……?」
ジルは含みのあることを言って、リフジーさんの顔を覗き込む。
「ふふふっ。ご存じないんですか?」
「……。まぁ、噂とかゴシップにはあまり興味ないからな」
リフジーさんは後ろ頭を少し掻いて、ジルの話をいなしている。
私はなんとなく、リフジーさんとジルの間に割って入りたくなって。
「ジル。あなた何の用件で来たの? 補佐官の仕事で忙しいはずでしょ?」
「え? あ~。私の受け持ってる勇者さんなら今頃ダンジョンに潜ってる頃よ。いつもこの時間は手が空いて退屈してるのよねー」
「そう。……退屈、ね」
良いご身分である。
そっか。普通の勇者の補佐をしていれば、中級以上の同行できない依頼が挟まったりして、時間を持て余すこともちょこちょこあるんだろうなぁ……。私には無縁っぽいけど。
「で、何の用件なの?」
「あ、そうそう。あなた達の持ってるホウライ。私にちょっと譲ってくれないかなぁ~って思って」
「……え? どうして……?」
「だってお肌に良い美容効果が期待できるんでしょ? エストの独り占めとかズルくない?」
「美容効果……?」
はい? なんじゃそりゃ⁉
「エスト。そうなのか?」
「いやいやいや。なんでリフジーさんまで信じ始めてるんですか⁉ 根も葉もない噂ですよ!」
私とリフジーさんの反応に、ジルは視線を何往復かさせて。
「エスト、とぼけても無駄よ? 私の情報網を舐めないでもらえる?」
「いや、だから事実無根なんだって……」
「そ? じゃあ試しに何本かもらっていっていい? 独り占めする気がないならいいでしょ?」
「いいぞ。必要な分、持っていくといい」
~~ッ。
ああもう。横からリフジーさんがっ!
「ふふっ♪ ありがとうございます、リフジーさん♪」
ホウライ数本を彼から貰えて気をよくしたジルは、そのまま家に上がることもなく帰っていった。
すたこらさっさか、あの女。
「いいんですか? リフジーさん。またお代も取らずに……」
「持て余してるし、向こうが欲しがってるなら俺はいいよ」
その後、こんな調子でリフジーさんの家にはいろんな訪問者がやってきて――――
「ちょっとお腹が痛いんです……。下痢かな。ここのホウライがいいって知り合いから聞いたんですけど……」
「まずお医者さんに行ってくださいよ⁉」
とか、
「彼氏と別れちゃったの。……縁結びに良い野菜があるって聞いたわ」
「え。そんな野菜はどこにもありませんが」
とか、
「明日、勇者の認定試験なんだ。ゲン担ぎに頼む……ッ!」
「野菜に頼らないで。がんばって」
とか。
とにかく四方八方十人十色に噂が変質しまくって、このホウライを巡る一連の騒動は一週間近くも私達(※特に私)をパニックに陥れてくれた。
渦中の人であるはずのリフジーさんは、案外それらを柳に風と躱し続け、「面白いこともあるんだなエスト」なんて飄々としていて。
もうはいはいはいはいホウライを差し出しまくっていたせいか、気が付く頃には、
「あれ? ホウライどこですか? リフジーさん」
「何言ってるんだエスト。もうこのひと箱で最後だぞ」
「……!」
この動乱の一週間で、なんとホウライの山が残すところあとひと箱になっていた。
「なんかあっという間に無くなりましたね……」
「ああ。笑 嵐みたいな野菜だったな」
「はぁ。でもよかったんですか? リフジーさん」
「ん? 何が?」
「お金ですよ。代金、もらってませんよね?」
「うーん……。そうだよな。俺も途中、どうしようか考えてたんだけどな。でもみんな、不確かな噂話がきっかけだったわけだし、それに託けるのも後ろめたいだろ……」
「……。リフジーさんは商売のできない人ですね。笑」
「仕方ない性分だろ? 笑」
「ええ。まったく」
空っぽになって、ずいぶん住みやすさを取り戻したリビング。
私とリフジーさんはしみじみとその広さを噛みしめて、今回の一件になんとか終止符を打つことができた。と胸を撫でおろすのだった。
それからもちょくちょく、ホウライの変な噂話を否定し続ける日が続いた。
そしてとうとう在庫がゼロになる頃、事の発端であった農夫のダンさんが、家にやってきた。
「リフジーさん! あのホウライをもう売り切ったって聞いたんすけど、すごいじゃないですか!」
玄関の前に立つダンさんは、やっぱりガタイが良くて、「あははは!」と今日も元気に太陽を飼い慣らしている。
「ははは……。ていうか、俺も何が何だかわかりませんでしたけどね。気が付いたら手元に何も残ってなかったっていうか」
「笑いごとじゃないですよ……。ダンさんも知ってますよね。いろんな人が変な噂に踊らされてたの」
私の発言に、ダンさんはその筋肉質な腕を組んで。
「噂ですか……。あっ、そうだ! 今度またたくさん野菜作るので、その時は『ダンの作るネギは子孫繁栄に良い』とか流行りそうな噂も込みで売ってくださいよ!」
「子孫繁栄か。なるほど」
「じゃあ、まずはお二人に子だくさんの実績を作ってもらって」
「実績……?」
「ちょっ、勇者と補佐官に何させようとしてるんですか⁉」
「あっはっは! 冗談ですよ冗談!」
「実績ってなんだ、エスト?」
「…………」
私は口を閉ざしていた。
絶対この農夫は調子に乗っている。
商魂たくましいのは結構なんだけど、そういう実績は精々奥さんと励むだけにしておいてほしい。




