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◇
そこから夜が明けて、気持ちいいくらい晴天の青空が見える頃。
私達は朝からギルド所へと向かっていた。
「リフジーさん、本当にいいんですか?」
「なにが?」
「いや何って、その……背中の……」
「♪~~」
リフジーさんは現在、非常にわかりやすくしらばっくれている。と思う。
私が気になっていたのは、彼の背中にあるモノだ。
所々色の抜けたその上着でも、細かい傷の目立つ靴でもなくて。
「なんだか私、頭が痛くなってきました」
おでこを抑えて、うむむと唸る私。
対して、横で軽々と口笛なんか吹いちゃってるこの勇者様。
「ん? 大丈夫かエスト? 頭痛薬ならあっちの店に売ってるが」
「頭痛薬。いいですね。でも私より先にリフジーさんが飲みましょう」
「何言ってるんだ? 俺の頭は健康的だぞ」
「……」
なんだろうね。
『頭は健康的』というと、その主張に反して一層そうじゃない感が増して聞こえるから妙なんだよね。
きっと、正常とか普通とか、そういう表現のチョイスが一般的だと思うのよ。
私は前髪の後れ毛を指で触りながら、そんなもやつきに苦い顔を示す。
そうしてさてギルド所へやってきて、中に入ると。
「はっ⁉ なんで背中にホウライ担いでんだ⁉」
第一声。
出入口のそばで談笑していたとある冒険者パーティの男性が声をあげる。
「うわ⁉ え? アイツってリフジーだよな……? 変人勇者の」
「いよいよアイツも本気出してきたってことか?」
方々からそんな陰口とも野次とも言えない、なんとも形容しがたいざわめきが聞こえてくる。
そうなんです。
この勇者、今日は剣の代わりにホウライの入った籠を担いでやってきたんです。
ていうか本気出してきたって何。たぶんずっと本気ですよこの人は。
「ん? ……なんだか周りが一段と騒がしいな、エスト」
「ええ。何かあったのかもしれませんね」(※知ってる)
みんな、リフジーさんを中心に置いてざわついてるわけだけれど、彼自身は気が付いていない様子だった。
…………微妙。
あまりに微妙な温度でリフジーさんは困惑している。
彼は自分がホウライを担いでいることを知っていて、その格好が他の勇者とは明らかにかけ離れていることも十分理解している。……と思う。
「一体何があったんだ……」
でもこの様子だと、本当にホウライを担ぐことの珍妙さに気付いていないのかもしれない。
リフジーさんはたまにズレているし、天然か聞いたら養殖だって答えるような人だし。
いや? 気付いてるけど、すっとぼけてるパターンもあるのか……?
わかんないわかんない。
リフジーさんがどっちなのか私にはわからなかった。
「なんだかいつも以上に見られてる気がするが、それはそれで好都合だな。何割かはホウライにも視線が向くはずだ」
「そうですね」
何割といわず、十割くらいホウライだと思います。
「……でもちょっと、これは不本意な視線ですけどね」
「そうか? 珍しい野菜だからみんな気になるんだろ?」
うーん。珍しいのはお野菜じゃなくて、リフジーさんの方じゃないかな。
「これで本当に売れるんですかね……」
「まぁそう心配するなよエスト。俺にはまだ策があるんだ」
「へぇ……」
リフジーさんは、ざわつくギルド所の中を進み、受付カウンターへと到着する。
カウンター内に居たいつもの受付さんは、リフジーさんの肩に掛けられている縄を見るや口を開いた。
「こんにちはリフジーさん。あれ? 今日はいつもの剣じゃないんですか?」
「え、えっと。……ちょっと事情がありまして」
「事情……? その縄は……」
受付さんは少し顔を傾け、正面からでは見えなかった彼の背中のホウライに気が付く。
縄で括りつけられたホウライ入りの籠を目にした後、遠慮がちにまた話し始める。
「こっ、込み入った事情のようですね。……で、今日も何かご依頼を……?」
「は、はい。……その……貴重な野菜を欲しがってる人の依頼ってありますか?」
「そういったご依頼は今の所ありませんね」
受付さんは平然と答えている。
この人もすごいな。ていうかプロだよプロ。
勇者が剣じゃなくてホウライ担いでやってきたら、そのままホウライでモンスターに切り掛かるつもりなのかとか色々想像しちゃいそうなもんだけど。
それはそうと……
「横からすみません」
「あら、エストさん。どうされました?」
「そもそも、ホウライとか、こういう野菜を要求している依頼ってあるものなんですか?」
私はギルド所が扱う依頼の内容自体に目を向けていた。
「無くはありませんが、希少な野菜に限られていますね。ただそれも、一か月に一、二度ほどのご依頼だと思います。料理屋のご主人が変わり種として使いたいとかそういう……」
「なるほど……」
だよね。月に一、二度という受付さんの所感は、現実そのものだと思う。
「はぁ……。なんだ。そんなに少ないのか……」
「……」
甘かった自分の見通しに、肩を落とすリフジーさん。
なるほど。リフジーさんの「策」というのは、この依頼のことだったらしい。
しゅんとする彼を隣で見ながら、私は「さすがにそう都合良くいかないですよ。笑」と、嫌味にも取れてしまいそうな言葉を吐きそうになっていた。
……いや、たぶん吐いてもいい。
実際、大量の売れ残ったホウライを安請け合いして、困ったことになってるのは自業自得で。
他に頼る手立てもないのなら、いっそ私も周囲の人達に混じってこのリフジー・メイワードという勇者を嘲笑してしまっても、それはおかしくない心の動き方なんじゃない?
「リフジーさん……」
なのに。
それなのにこの人が「せっかくダンさんが作ってくれたんだ」とか、
「試すくらいいいんじゃないか?」とか、
私が見過ごしてしまいそうな事をさりげなく伝えてくるから。
「大丈夫ですよリフジーさん。珍しい野菜ですから、他にも方法はありますよきっと」
「そうだといいけどな……」
どこに隠していたのか、私の口から彼を励ます言葉が出てくる。
結局その日、私達は何も依頼を受けなかったし、ホウライについて良い解決策を見出すこともなかった。
ギルド所内で「買いません?」と声掛けしても、「いや、いらねぇよ」と足蹴にされてしまうだけだった。
それどころか周りの反応は――――
「それにしても、さすがにわざとやってんじゃね? あの変人勇者」
「変人ていうか、もはや『ホウライ勇者』だけどな」
「アハハ! ホウライ勇者はずるいって。前代未聞すぎ。笑」
「でもマジで、ひょっとしたら何か意図があって担いでるんじゃ……?」
こうした会話を片耳の向こうに残したまま、私とリフジーさんはギルド所を出ていったのだった。
◇
帰宅後。私は自分とリフジーさんの分の昼食を作る。
キッチンで私が料理をしている間、彼はリビングのホウライを片付けていた。
「そういえばリフジーさんて、どんな料理が好きなんですか? 良ければ参考にさせてください」
「え? あ、ああ……」
ギルド所でのことが尾を引いてしまっているのか、リフジーさんはまだ暗い。
ここで私が美味しい料理や好物を振る舞えば、ちょっとは気持ちが癒えるんだろうか。
「俺は……いや。エストが食べたいものを食べよう。それで十分だ」
「そうですか」
おそらくリフジーさんは、あの去り際のせせら笑いに傷付いてるわけじゃないと思う。
そうじゃなくて、最後の頼みの綱だった「策」。
希少な野菜を要求している依頼が、ただの一つもなかったことに落胆しているんだ。
「じゃあ、キノコとホウライの塩スープにしますね。リフジーさんも、きっと気に入ると思います」
「うまそうだな、それは」
「ええ。私が母から教えてもらった、好きな料理の一つなんです。まぁ教えてもらった時はホウライじゃなくてニンジンを使ってましたけど」
「エストの家庭の味ってことか」
「そうです。私がよく食べていた、慣れ親しんだ味です」
私はそう言って、湯の沸いた鍋の中に具材を入れていった。
「……」
鍋に沈んだ具材達をじっくりかき混ぜていると、リフジーさんが話しかけてくる。
「なぁ。俺はあんまり補佐官について明るくないんだが、ちょっと聞いてもいいか?」
「なんですか?」
「補佐官になる人は、補佐官学校という所に通うんだろ?」
「ええ」
「補佐官学校は、どんなことを教えてくれるんだ?」
「……」
リフジーさんはホウライを紐で縛りながら、興味本位で訊いているみたいで。
「どんな、と言われると……。授業内容は、この仕事について知っておくべき事全般ですよ。この国の補佐官制度やギルド所の依頼受注制度。
ギルド、依頼者、受注者の三者損益についても学びましたし、魔物の生態系についてもザックリと。
……あ。あと面白かったのが、『魔力を使わない魔法』についてですね」
「ん? なんだそれは?」
リフジーさんは、『魔力を使わない魔法』という単語に興味を惹かれたらしかった。
「例えばですけど、もし私がここで『リフジーさん、実は私って魔物なんです』って言ったら、どう思います? 笑」
私はリフジーさんを試すように、笑って問い掛けた。
「え? それはさすがに嘘だよな⁉ …………う、嘘じゃないのか?」
「ふふっ。どうでしょうね~……」
「お、おい。怖いこと言うなよ……」
私の発言に、急に不安がりはじめるリフジーさん。
やっぱり素直すぎるって。
普通、もうちょっと平静を装ったりしない? 笑
「コレが、補佐官学校では『魔力を使わない魔法』として説明されていました」
「コレって、今の嘘がか?」
「はい。つまり、『嘘であることを証明することができない嘘』のことです……あ、そろそろスープができますよ」
「……あ、ああ」
リフジーさんの努力で、なんとかテーブルにスープが置けるくらいのスペースは確保できていた。
そこに二つ置いて、並んで食す私達。
「証明できない嘘のことを、魔法だなんてな。……確かに面白い話だな。それは」
「そうですよね。私も、面白かったのでよく覚えてます」
ずずーっと、私の作った塩スープを飲むリフジーさん。
瞬間、その眉をぐっとひそめて。
「おおっ。これは……うまいな⁉」
「なんですか、その驚き方。……もしかして疑ってました?」
「え? あ、いや。そういうわけじゃないんだが……ほら、初めて食べるものって、ちょっと身構えるだろ? それだそれ」
「……」
身構えなくない? お相手はスープですよリフジーさん。
「ん~……しかしこの塩加減。クセになりそうだ」
「この塩梅が肝ですからね。絶妙なんです」
「いくらでも飲めそうだ。エストのお母さんは偉大だな!」
「偉大は言い過ぎですけど、はっきり言って神ですよね」
「神のほうが言い過ぎじゃないか⁉」
「ふっ。……あはははは!」
この暖かいスープが身体をほぐしてくれたからなのか。
私とリフジーさんは、ホウライに囲まれたおかしなリビングの中で二人して笑っていた。
塩スープをチョイスしたのは正解だったと思う。
うん。お母さんに感謝しないとかな。




