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そんなこんなで二十分もしないうちに、リフジーさんの家が見えてくる。
暴走列車と化したホウライの荷馬車は、リフジーさんが家の前にホウライを投げたことでなんとか急停車してくれた。
暴れ馬であっても食べたい本能には逆らえないみたいで。
「っはぁ……。エスト、なんとか無事に着いたな……?」
「そうですね……。というかリフジーさん、あの混乱の中でよくホウライを家に向かって投げられましたね」
「こ、これでも勇者だからな」
「勇者成分はあまり感じませんでしたが、頑張ってるのは伝わりました。お疲れ様でした」
汗だくになって、肩で息をするリフジーさん。
そんな彼を前にして、私は静かにお辞儀をする。
「……まぁとにかく、荷物を降ろすとしよう」
時刻は十五時になる手前。
途中で馬が大暴れする事件もあったけど、なんのかんのと早めに着くことができたのは事実。
腫れ上がった繭みたいなその荷台を解いて、ホウライをどんどん降ろしていく。
ホウライは一般的に細長い形状だけれど、たまに痩せすぎていたり、変形してたりと、個性さまざまだ。大量収穫される前はそこそこ珍重されてたっぽいけど、こうして見ると大して他の野菜と変わらないみたい。
両腕いっぱいに抱きしめて運んでるせいか、そこら辺にありふれてる作物なのかと錯覚しちゃいそうである。
そんな風に、私が荷台からホウライを降ろしていると。
「なぁなぁ。エスト。ちょっと見てくれないか?」
「なんですか?」
「ほらこれ」
そう言って、リフジーさんは変形してるホウライを一つ、私にグイっと差し出して見せた。
「なっ……なんて形してるんですか⁉ ……そんな」
そのホウライは先端が二股に別れていて、ちょうど人間の太ももみたいにクロスされていた。見ようによっては股をぎゅっと閉じている女性の下半……
「三つ編みみたいだよな。すごいぞこれ」
「……」
は?? みつ……あみ……?
あ、三つ編みね。
一瞬、何か卑猥な意味の隠語でも口走ったのかと思った。
「こんな三つ編みみたいな形したホウライもあるんだなぁ」
固まってる私をよそに、リフジーさんは少年みたいな無邪気さで話し出す。
なんか私だけ恥ずかしい勘違いをしていたらしい。死にたい。
好奇心でワクワクしてるのか、彼はその変わったホウライをじっくり上から下からと、思いのままに観察していた。
「これも、ちゃんと同じように食べられるんだよな……?」
「……たぶん問題ありませんよ。私は食べませんけど」
「まあ食べる時に他のホウライと混ぜれば見分けつかないか」
私のセリフを聞かなかったことにしているらしい。食当たりが起きたらこの人をギルドに訴えることにしよう。
そうして降ろし始めて三十分。
私達の腕が痛くなってきた頃合いに。
「はぁ……しっかし、こんなに大量だとキリがないように感じるな」
「荷台に積むときはダンさんも手伝ってくれましたからね……。運ぶ手際も、私達とは段違いでしたし」
「ああ。ダンさんだけに、な」
「……リフジーさん、あとでホウライのスープでも作りましょうか? だいぶ疲れてますよ、脳が」
「エスト、優しいのは嬉しいけど、このタイミングだと切ないぞ俺は」
「……。そろそろ全部降ろし終えそうですね」
「……。ホウライのスープ楽しみだなぁ!」
何とは言わない。ノータッチでいこう。
そんな私の気を察したのか、リフジーさんもノータッチ戦法にノってきたし。
笑えるくらい軋んでいた荷台も今は過去。私達で運び出したホウライ千五百本はそこから綺麗さっぱり姿を消して、元々の広い荷台をそこに見せていた。
「ふぅ。すっきりしたな」
「ええ。でもリフジーさん、今度は家の中が……ひどいですよ」
「ん……?」
振り返って家の中を見るリフジーさん。
「これは……ホウライの海だ」
居心地の良さそうな広さのリビングに、所狭しとホウライが転がっている。
仕方ないけどね? だってこんな大量のお野菜、どこかに仕舞っておけるわけもないもの。
収納庫から引っ張り出してきた木箱に入れたり、ソファや椅子の上に置いたり……
極めつけに泣く泣く床に直置きするまでになって、足の踏み場もないんだから。
「しょうがないよな。早めにダンさんに荷馬車を返したかったし。降ろすだけ降ろしておかないと、いつまで経っても荷降ろしが終わらないだろう」
「そうですね。というか、わざわざ全部家に入れる必要なかったんじゃないですか? せめて半分くらい外に出しておいても……」
「いやいや、エスト。外に置いたら野良猫だのネズミだのが食べてしまうかもしれないだろ? せっかくダンさんがこんなに育ててくれたのに」
「そう言われたらそうなんですけど」
「その点、家の中なら安心していい。誰からの被害も受けないからな」
「安心なのはホウライだけです。私達の生活空間が危険です」
「勇者はいつだって危険と隣り合わせなんだ。よく覚えておいてくれ、エスト」
「……。隣り合わせっていうか、もう家の中まで迫ってきてますけどね」
そんな勇者の意味を履き違えてるリフジーさんは、にこやかにホウライの山を眺めている。
満足そうな顔してるから、彼の中では計画通りなのだろう。
「はぁ……。もうホウライハウスですよこれじゃ。笑」
「あはははは! 確かにホウライハウスだ。農家顔負けだな。笑」
リフジーさんは顔を上に向け、底抜けに明るく笑ってみせた。
ふむふむ。どうやらリフジーさん、疲労で脳の回路が焼き切れたのかもしれない。
それくらいバカに高笑いだった。
「じゃあエスト、俺はダンさんにこの荷馬車を返してくるから」
「わかりました。じゃあ私は、家の中に山積したホウライをなんとかしてますね。笑」
「ああ、頼んだよ。笑 うまい具合に整理しておいてもらえると助かる」
彼だけじゃなくて、私も脳の回路が焼き切れたのかもしれない。
リフジーさんの軽くて小気味の良い笑い声に、つられて頬が緩んでしまって。
本当なら身体中痛いのに。体力もがっつり使ってるのに。
その後、小さく手を振って彼を送り出す。
家に一人残された私は、目の前のホウライにため息を漏らした。
リビングいっぱい。薄いピンク色の根菜プール。
「はぁ……。しょうがない。……がんばりますかっ!」
ブラウスの裾を改めて一段まくる。
成り行き任せなまま、私とホウライとの格闘が始まったのだった。
◇
ホウライを片付けること一時間。
案の定、まったく片付きません。
第一片付けるって言っても、すでに用意されてた木箱にはギュウギュウに詰めてあるし、置ける場所には全部置いてある。
かくなる上は、収納庫にあった荷造り用の紐(?)でホウライを束ねて縛り、壁の外套掛けに吊るすくらいだけど。
だらーんと提げられる様は、差し当たり農村で暮らす凡夫の家かと見紛うほど。
……うん。少しだけ床が見えてきたね。偉いよ私。褒めてよリフジーさん。
そんな風にホウライの束の七つ目を壁に掛けた所で、玄関から声が聞こえてくる。
「ただいま」
「あ、おかえりなさいリフジーさん」
「うおっ。まだまだやってるな。笑」
「まだまだやってるんですよ、うちは。笑」
深夜営業の露店よろしく私はそう言いのけて額の汗を拭う。
リフジーさんは着ていた上着を一枚、リビングの質素な椅子に掛けてから、
「ダンさんの家からの帰りがけに、色々考えてたんだ」
「? ……何を考えてたんですか?」
「このホウライの行く末をな」
リフジーさんは椅子の上に寝せてあるホウライを一本掴んで、真剣な面持ちで見つめている。
「この山を、どう売り捌くかってことですか?」
「ああ」
私は私で、ホウライ四本をぎゅっぎゅっと紐で縛りつつ、会話を進める。
もう農家みたいなやり取りしてんな私ら。
「とりあえず一念発起で、明日ギルド所に何本か持参していこうと思う」
「……」
それはなんともまた酔狂な。
自分の眼鏡を指先でゆっくりと押し上げ、何度か瞬きをしたのちに私は。
「ギルド所で誰かに売るつもりですか? たぶん、それは誰も買わない気がします」
「やっぱり……そう思うか」
それはそう。だって、元々は売れなくて困ってるって話から、今回の引き取りの依頼が発生している。
ホウライを買いたい人はすでに買ってしまっている状況。
そこに今更リフジーさんがホウライを手に現れたところで、みんなお澄ましだんまりで通すに決まってるから。
こんな逆境で、その上捌きたい数は千五百本。やっぱりこれ詰んでるよね。
「でも、ダンさんはギルド所に持っていったわけじゃないだろ? このホウライ」
「まぁ、ギルド所は依頼を受け付けたりする場所ですからね……」
私は断言したい。
ギルド所にお野菜を持ち込む狂人はあなたくらいである。
「だったら試すくらいいいんじゃないか? ギルド所は色んな奴らが出入りするからな。ホウライを持っていけば、誰かが食いつくかもしれない。食いついたらそこが突破口だ」
馬じゃないんだから。そんなほいほい食いつかんでしょうよ……。
私は無駄に咳払いを挟んで、一応の賛同を示す。
「んんっ。そうですか……。リフジーさんが持っていくなら、私も持っていかざるを得ませんけども」
「よしっ。じゃあ決まりだな。明日は勇者にホウライを売ろう!」
謎にワクワクしているリフジーさん。
もう完全にキレてるよ。いやキマってるよ。
先日まで、この勇者の補佐官で良かったかもしれない。とか思っちゃってた私。今すぐに思い直してほしい。この勇者は危ない。




