12
◇
「リフジーさん! 待ってましたよ、ほんと!」
「ダンさん、お久しぶりです。一か月ぶりくらい?」
「そんな感じっすね!」
農場の隅に建てられた古い倉庫の前で、私達はダンさんと顔を合わせる。
三十代そこそこ。筋骨隆々なガタイとハキハキした口調。
「ん? そっちの人は……?」
そんな農夫が、リフジーさんの脇に控えていた私にも目を向ける。
「エストといいます。リフジーさんの勇者補佐官をしています」
「へぇ~。俺はダンって言うんです! リフジーさん、なかなか変わってて面白い勇者でしょう? 退屈しないんでエストさんは運が良いっすよ。あっはっはっは!」
「……」
一言二言交わして、胸の内に太陽でも飼い慣らしてそうな気の良い農夫さんだとすぐにわかった。
リフジーさんを「退屈しない」と評価できるのは、あなたとサリサさんくらいのものだと思う。
「そいじゃ、早速見てもらいましょっか!」
ダンさんは明るい口調そのままに、若干錆び掛けたその倉庫の扉を引いた。
「ほんとね、びっくりしますよ~~?」なんて言いながら、私達に中をお披露目する。
重たそうな扉がゴリゴリと開けられた瞬間、私達は言葉を失いかけた。
「……こ、これが、今回お困りのホウライですか……」
「これは相当な量だな……」
「いやぁ~、俺も困ってましてねぇ……。どんなに頭ひねってもいい使い道が思い浮かばないんですわぁ……ははっ」
薄暗い倉庫内。
私達の目の前に、圧倒的な存在感を放つホウライの山が現れる。
窓から差し込む外の光が、その細長い形、薄いピンク色の野菜をややノスタルジックに照らし出す。
やるせなくて残念なオーラもいっぱい。
積み上げられたホウライは、その頂きまでざっと二メートルはあるかといううず高さだ。
いや、量多すぎんでしょ。
「珍しい野菜だし、栄養価も高い。本来なら配って回りたいくらいなんだけどねぇ~」
手に負えなくてねぇ、といった様子で、ダンさんは山から一本のホウライを掴み上げる。
それまでのにこやかさも薄れ、全体困り果てたご様子だった。
「獲れすぎって言っても、これはそもそも作りすぎなんじゃ……」
ボソッと声を漏らす私。
「エストさん、ホウライは雨期にだけ獲れる貴重な野菜なんですよ。だから、それこそ多め多めに播種しておくんす」
「他の野菜より多めにってことですか?」
「ええ。条件が揃ったとしても発芽しなかったりするので、最初っからそれを見越して撒いておかないと……」
「それで、今回の超長雨で上振れ過ぎたってことか。……なんという悲劇」
私とダンさんの会話に、リフジーさんが重たく一言付ける。
「あはははー……。まぁ、うちは魔法を使わない自然農法でやってますから。その上振れも状況次第で良し悪しって感じですけどね」
条件が揃ってても発芽しないって……。
ホウライの栽培難易度エグくない? 育ったら育ったで供給過多になってるし、これまでよく挫けなかったなダンさん。
「でもリフジーさん……さすがにこれ、どうするんですか?」
出掛ける前は引き取るって言ってたけど。
それにしたってこのホウライ、何百本、いや何千本あるの?
私はこの倉庫内で幅を利かせているホウライに、リフジーさんの決断が一瞬でも揺らいでないか気になっていた。(なんなら揺らいでくれ)
「どうするも何も、依頼を受けたらそれを果たすのが俺達の役目じゃないか?」
「そ、それはそうなんですが……」
何に動じるでもなく、リフジーさんは毅然とした態度を示している。
うん。ちょっとは動じてほしいんだ。頼む。
「勇者に二言はないな。ちゃんと全部、俺達が引き取ろう」
「全部⁉ 本気ですか⁉」
「もちろん本気だ。困った時はお互い様だろ?」
「お互い様の範疇超えてますよ絶対」
「あっはっは! リフジーさんなら、そう言ってくれると思ってましたよ!」
ダンさんは、私達の横でひと笑いすると、
「よし、決めたッ! このホウライ、価格は売値の三割で結構です! あとは好きにしてください!」
「えっ? そんな……。大丈夫なんですか?」
恰幅良く笑うダンさんに、リフジーさんは心配そうな面持ちである。
「なーに、気にしないでください。元々は俺があんたの人柄に賭けて依頼した事だし、断られることだって十分あり得たんです。それなのに文句一つなく、引き受けてくれたじゃないですか。こんな懐の深い勇者から、さらにお金までせしめたらバチが当たりますよ」
「ダンさん……」
リフジーさんとダンさんの会話を聞きながら、私はホウライの山に目を向けていた。
農夫のダンさん。絶対悪い人じゃないんだよね……。
それにしても、この無残に売れなくなったホウライを引き取ったとして、リフジーさんはどうするつもりなの? どう考えても持て余す未来しか見えないよ。
◇
そんなわけで引き取ったホウライだけど、改めて数えてみれば全部で千五百本ほどにのぼった。
ええ、とんでもねぇですよ……。
大漁大漁。といえば聞こえはいいんだけど、もはや貴重食材でもなんでもないし。
これはキャパオーバーと言いますか。
ザラ地方までのお出掛けに馬を使わないと言ってきかなかったリフジーさんが、いよいよコイツは荷馬車の出番だって言うくらいだから。
「エスト、しっかり積めてる?」
「……はい」
私達は倉庫近くにダンさんの荷馬車を付け、せっせとこの手でホウライを積み込んだ。
倉庫内にあったホウライの山は、だんだんとその姿を荷台に移したけれど、ここで一つ問題が浮上した。
ギシギシ、ギシギシ――――
荷台の底板が、今もおもしろいくらい悲鳴をあげているのだ。
「この荷馬車、年代物だからお家に着いたら早めに下ろしてくださいね!」
荷台で作業する私達に一応の忠告をかますダンさん。
「大丈夫ですよダンさん。底が抜けたら俺が修理します」
「おお……。リフジーさん、頼りがいがありますね。ね、エストさん?」
「は、はぁ」
恐ろしいことを平気で話してるなぁ……。
私は荷台の先に繋がれている馬のお尻を、そっと撫でてあげる。
馬はなでなでされたことに気が付き、こちらへ振り向いたのだが、
「ブブル……ブルゥー……」
「……ごめんなさい。そんな悲しい瞳で見ないで」
まあまあ。心細そうに鼻なんか鳴らして……。
馬も馬で可哀そうなものである。
つぶらで優しいその瞳に、私は一体なんて声を掛けてあげるべきなのだろう。
道中、重すぎて荷台が潰れちゃうかもしれないけど、がんばって! とか、そんな血も涙もないようなこと言えないって。
「これで最後っと。……ん? どしたエスト。顔が青いぞ?」
「リフジーさん、ちょっと載せすぎじゃないかと……」
「まぁ、載せすぎてるけど、家までの辛抱だ。あと、お前もごめんな……」
そう言って、リフジーさんは馬の顔によしよしと触れてあげている。
馬もひとつ観念したようで、下を向いている。
「ほら、このホウライでも食べてさ。景気よく引っ張ってくれよな」
「ブブルー。ブルルンッ!」
「おお。一気にいくねぇ~」
ホウライを与えられ、ご機嫌そうに、というよりやけくそに鼻を鳴らしまくる馬。
なんか、自己暗示というか、気合注入するためにわざと鼻を鳴らしてるように見えるけど気のせい……?
「報酬金はギルドに預けておくから~~。お気をつけてぇーーーー!」
と、ダンさんから送別の言葉もいただき、なんとか出発。
ダンさんの農場からリフジーさんの家までは、徒歩でも行き来できるような距離だ。
ただそれにしても、これだけ荷台がパンパンの荷馬車も珍しいし、何よりちゃんと馬が牽引出来ていることに私は驚いた。
だって二メートル弱あったあのホウライの山ですよ?
途中で馬が「やっぱ無理だわこれ」ってなって、暴れ出してもおかしくないと思う。
重たい足取りでも大人しく自分の使命をやり遂げるこのお馬さんは、とても立派だ。
御者台に座る私達も、その素晴らしい社畜精神(家畜精神?)溢れる背中を見習ったほうがいいのかもしれない。
「というか久しぶりに馬車に乗ったけど、これは快適だな。エスト」
手綱を引きながら、私の隣で口を開くリフジーさん。
「そうですね。……まぁ、私があの馬だったらリフジーさんを呪い殺してそうですけどね」
「うっ。……そんな物騒なこと言わないでくれ」
「もしくは後ろ足で華麗に蹴ってしまいたいでしょうね、私ともども」
「エストも含めるのか。笑 ……よし、わかった! そこまで言うなら、あと五本くらいホウライを食べさせよう」
「そんなにですか⁉」
「ホウライって、滋養強壮にも良いって聞いたことがあるからな。精力的に引いてもらうためにもガンガン食べてもらわないと」
「今は無力感というか、諦めに近い足取りですもんね。気が付いたら期間限定メニューを食べ損ねていたあの秋。みたいな」
「どういう例えだよそれは。笑」
リフジーさんは半笑いで荷台に腕を突っ込み、ホウライを引っ張り出す。
「エスト、手綱握っててくれるか? ちょっと降りてくる」
「はい」
リフジーさんはゆっくり動いてる荷馬車の御者台から飛び降り、馬の前まで走って行くと、
「お前も大変だよな。さっきの一本と言わず、ほら、どんどん食べていいんだぞ?」
「ブルル、ブフーン……」
率いてくれていた馬に、リフジーさんがホウライを与える。
モシャモシャいって、彼が四本目のホウライを与えた、次の瞬間。
「ヒヒィーーン!」
「おわっ⁉」
「えっ――――⁉」
ホウライたっぷりで急にやる気が出たのか、馬は大きく前足を振り上げる。
その直後、鈍重だった荷馬車の進みが一気に速まる。
「あ、あぶな――――っ⁉」
グンッ! と動き出す馬の速さに、リフジーさんはたまらず轡の辺りに手を掛けしがみつく。
「リフジーさん⁉」
「エ、エストッ―――‼ 大丈夫か⁉」
「え? ……あ、私は大丈夫です」
ていうか、ここで私の心配? まずは自分の心配して⁉
「そうか‼ よかっ――――たなぁぁぁぁ」
「リフジーさんこそ、大丈夫ですか⁉ めちゃくちゃに揺られてますよ⁉」
「っっっんぐ!」
ぎゅんぎゅん進む馬の勢いに、リフジーさんは振り回されまくっている。
後ろの荷台ではホウライの山がドゴッ、ドゴゴッ、と、激しく音を立て荒れているようで。
「もうすぐで俺のいえっだ! ぐっ……!」
「油断しないでください。その手を放したらあの世に逝きますよ!」
「そんな死因は……避けっ、たいっ!」
「……っ」
うわ、舌とか噛みそう。こっちも気をつけなくちゃ。
リフジーさんが馬にしがみつく姿を見て、私は自分の歯を食いしばっておくことにしたのだった。




