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◇
ザラ地方からルードン街へ帰還した私達は、調合局でサリサさんにメタンターゼの調合を申請した。
ザラヤマドリの羽根をちゃっかり調達できたことに彼女は、
「やっぱり。私の審美眼も捨てたもんじゃないな」
と終始鼻を高くしていた。継いで、
「エストさんは、良い勇者に当たったね~」
という謎の太鼓判も押されたのだけれど、そいつは早計だぜと思った。
リフジーさんは良い人だと思う。
ただし、『良い勇者』かどうかはわからない。
だからサリサさんの言葉に愛想笑いしか出てこなかった私の反応は、ある意味で本心そのものだったのかもしれない。
ザアァァァァァァ――――――
メタンターゼを無事に補充できてからの数週間。
私達の暮らすルードン街は、記録的な長雨に見舞われていた。
「…………」
そんな悪天候の中、私はリフジーさんの家で料理を作っていた。
際限ない雨音を屋根裏越しに浴びつつ、ふと物思いにふける。
振り返れば、ザラの山村までのお出掛けは、私にとって初めて『勇者の補佐官』らしい仕事だった気がする。
とにかくひたすら歩きまくってたからね。
旅とか、人里離れた集落とか、アクシデントとか……。ほら、勇者の生き様っぽいでしょ?
こんなのわくわくするじゃん。
だから帰還してからも、そのステレオタイプな勇者補佐官ライフが新たな幕を開けるのかなって期待があったんだけどね、まぁこの雨だもの。
「まだ降り続けてますね、雨」
「ああ」
窓にはたくさんの雨粒。大きくなった粒から順番にたらたら下へ流れている。
はぁ。今日で何日目の雨……?
私がキッチンの窓から外の様子を眺めていると。
「雨の日は気が滅入るよな」とリフジーさん。
「そうですね。空もどんより曇ってますし、たまに雷も鳴ったりして」
年に一度か二度、こうした長雨と呼ばれる時期があるけれど、それにしたって今年は長い気がする。
「それで、どうだったんですか? ギルド所のほうは」
「ん? ああ、それな……」
リフジーさんは午前中からギルド所へ赴き、依頼のチェックを行なっていた。
非常に感心感心。
こんな時でも足繁くギルド所へ通うのだから、その点で彼は勇者の鑑なのである。無論、鑑の角度は正すべきかもしれないけど。
「指名依頼を一件、受付さんから言い渡されたよ」
「え⁉ 指名依頼って……つまり、依頼者の誰かからリフジーさんへのご指名があったってことですか⁉」
驚いた。私は包丁を持ったまま固まる。ネギを切ろうとしていた所です。
「ああ。……って、なんだよその驚きようは?」
「いえ。まさかと思って。…………だってリフジーさんですよ?」
「どういう意味だよ⁉」
指名依頼というのは、言ってみれば依頼者が「どうしてもこの人にお願いしたい!」と、懇願する姿を形にしたような依頼である。
それは、百戦錬磨の勇者だとか、高名な魔法使いであるとか、そういう実績のある人にお願いされる、いわば「信頼」の証みたいなもの。
間違っても周りから後ろ指を差されるタイプの勇者に回ってくる依頼じゃない……はずなんだけど。
「そういえば……指名依頼ってことは、報酬も良いんですか?」
「ああ。俺が今まで受けてきた依頼の中で一番高いと思う」
「よかったじゃないですか!」
「まぁ……そうなんだけどな……」
リフジーさんはポケットから一枚の紙を取り出して、その場でピラッと開く。
あの紙が指名依頼の依頼書なんだろう。
「それで、どんな依頼内容だったんですか?」
「問題はそれだ。一風、変わっててさ」
「……?」
彼は、私に依頼の内容をかいつまんで説明してくれた。
「ルードン街近郊に住む農夫さんからの指名依頼だったんだが。……この、連日続く長雨の影響で『ホウライ』が獲れすぎてしまって、すごく困ってるらしい」
「ホウライって、あの野菜のホウライですか……?」
「そうだ」
「それを、勇者に指名依頼ですか?」
「そうだ」
そうだ……って。
「リフジーさん……野鳥の次は、お野菜ですか」
「そういうことだ」
まるで請け負うことが当たり前のようである。
いやね、どこの世界に、お野菜の収穫量を勇者に相談する農夫がいるんだ。
ひょっとしてこの勇者、農業組合にリストが出回ってたりしない?
絶対そうだよね。何でも屋とかピンチヒッター的な。
「ホウライは雨期が収穫どきだからなぁ……。獲れる時はどっさり獲れるけど、その時期を逃すとあとは一本も獲れない、本来珍しい部類の野菜なんだが」
「市場で見掛けるのは年に一、二度の雨期だけってことですね」
私も野菜の旬くらいは把握している。
ホウライは別にメジャーな野菜ってわけじゃないけどね。
「ただ今年の雨期が長いせいで、余りまくってるらしい。だから売れなくなったホウライを、俺達に引き取ってもらえないかって話だそうだ」
「え? 引き取るんですか?」
「ああ。引き取るんだ」
聞き間違いかと思った。
だってリフジーさんの論調だと、お野菜を一本二本お裾分けでもらいます。そんな素敵なご近所付き合いもあるんです。みたいな即答ぶりだし。
「ちなみにどれくらいの量、いただくんですか?」
「いや、そこまではここに書いてないな……。まぁ、直接訊けばわかるよ」
あ、あくまでちゃんと依頼を受ける気だこの人。
在庫であぶれたお野菜を本当に引き取るんだ。すごいや。(絶望)
「エストって、ホウライを使った料理とか作れるのか?」
「えっと……ホウライってあれ、ただの根菜の一種ですよね? それなりに作れると思いますけど」
「よかった。それなら、引き取ってしばらくはホウライ料理で食費が浮くな」
「いや引き取る量次第じゃほとんど食べきれませんよ⁉」
ていうか食べきる前に病気になるよね。
私、ホウライの食べ過ぎでノイローゼとか嫌すぎますよ?
「でもせっかくこうして頼ってきてくれたんだ。食べきれなくても、なんとかしてあげたいだろ」
「……それはそうですが」
嗚呼。誰か、この勇者をなんとかしてあげて。
その後、リフジーさんは壁に掛けてあった自慢の長剣に手を伸ばす。
「よっ、と」なんて声に出し、どこか平気そうというか、ともすれば上機嫌そうにも見える表情を浮かべていたのだった。
◇
数日経って、それまでの長雨が嘘みたいにぴたりと止んだ。
この雨による自然災害が発生していなかったことは、唯一の救いと言っていいかもしれない。
午前十時。私とリフジーさんは、件のホウライの依頼を出した農夫、ダン氏の営む農場を訪れていた。
区画の整った畑のそばを、私達は歩く。
「この、ダンさんって方とは顔見知りなんですか?」
「ああ。何度も依頼を受けているからな」
なるほどね……。だから指名依頼なのかな。
「以前まではどんな内容の依頼を……?」
「基本、農作業のサポートが多かったよ」
ふぅーん……。
予想ついてたから驚かないけど、やっぱりそっちなのねリフジーさん。
じゃあこの辺のキャベツとかネギも……。
「そこに植わってる野菜も、俺がちょっと手伝ったりしたんだ」
「……。もはや手当たり次第ですね」
「ん? どういう意味だ?」
「なんでもありません」
リフジーさんは首を傾げている。
……規定路線というか、予定調和というか。
節操無しにほいほい手助けしちゃうスタンスは、どうやら昔からのリフジークオリティらしい。
それじゃあダンさんも「よし、今回の件もあの勇者なら」とか、妙な方向で期待が膨らんじゃって、リフジーさんに指名依頼出すことにしたんじゃない?
どうですか私の推理。
「リフジーさん、なんでもかんでも引き受けるのは、勇者の仕事のやり方とは違う気がします」
「……そう言われてもなぁ」
「困ってる人を放っておけないってお気持ちは最もですけど。勇者には勇者の、推奨された難易度の依頼があるじゃないですか」
私は説教臭くならないように、語気だけは気をつけて話す。
「……。エストの気持ちはわかったよ」
「……」
私の気持ち……?
私の少し前を歩くリフジーさんは、前を向いたままそう言った。
それから、しばらくは沈黙が続いて。
ジャコジャコという砂利道での素朴な足音だけが二人の間で鳴っている。
……私の気持ちはわかった。じゃあ、リフジーさんの気持ちは?
私は、まだ彼の気持ちがわからないまま。
困ってる人を見捨てられないことはわかっても、依頼の難易度を上げない理由は教えてくれない。
難易度に関わらず依頼者は基本困ってるのだから、どちらも助けることに変わりなんてないのに。
リフジーさんは私の気持ちを受け止めるだけで、自分の気持ちを吐き出したりはしなかった。




