三日目・昼
「聞き込み、というものでございますね」
昼食の後、ロクィアはアンシラをともなって、客室の並ぶ廊下に立っていた。
アンシラは、荷物として持参したメイド服に着替えていた。いざという時に動きやすいように、改良されているらしいが、ロクィアにはその違いはわからなかった。
さらに、茶器の載った盆を手にしているが、アンシラ曰く、相手の心を開くには、丁寧なもてなしが必要、とのことだ。
「形式的な聴取だけどね。手段の上では、誰にも犯行は不可能。それでも、あの夜のことは、本人たちの口から聞いておかないと」
ノックに応じて扉を開けたセクンダは、ロクィアとその後ろに控えるアンシラとを見比べて、太い眉を寄せた。
「なんだ、この俺に、尋問というわけか」
「お話を伺うだけです、セクンダさん。事件の夜のことを、皆さんに順番に聞いて回っています」
セクンダは鼻を鳴らしたが、扉を大きく開いて二人を招き入れた。
部屋の主が長椅子に腰を沈めるのを待って、ロクィアは切り出した。
「さっそくですが、あの夜、宴の後はどうされていましたか」
「かなり酒を飲んでいたからな。この部屋に戻ってすぐに寝た」
「セクンダさんは、フォルティスさんとはかなり親しかったのですか?」
ロクィアのその質問をきっかけに、セクンダは、フォルティスとの旧交を自慢げに語った。
時折相槌を打ちながら、真剣に聞いている振りをしていたが、結局ロクィアが手帳に書き留めたのは、最初のひと言だけだった。
アンシラの淹れた茶を、セクンダはひと口で飲み干して、うまい、とだけ言った。
* * *
次の部屋の扉は、ノックの二度目が終わる前に開いた。
ケレリクトルは「入れ」とだけ言うと、ロクィアたちに椅子を勧めたが、自らは立ったまま話し始めた。
「宴の後は自室にいたが、物音は聞いていない」
ケレリクトルは、アンシラが差し出した茶を立ったまま受け取ると、逆にロクィアへ問うてきた。
「それで、その後ロクィア殿は、何か掴んだのか」
「残念ながら。昨日皆さんにお伝えした以上のことは、まだ何も」
「——不可能な犯罪、か。自分にできることがあれば、何なりと申し出てくれ」
ケレリクトルは短い礼の言葉とともに、カップを返したが、アンシラを見たままその手が止まった。
「貴殿、名は?」
「アンシラでございます。ロクィア様のお世話を仰せつかっております」
「ケレリクトルさん、アンシラが何か?」
ケレリクトルの左手がかすかに動いたが、ロクィアの声で、ハッとしたように視線を外した。
「……いや、すまない。アンシラ殿、失礼した」
「何事もございません。ぜひお嬢様にお力添えを」
* * *
「よく来てくれた。俺も話したいことがあったんだ」
勧められた椅子に腰を下ろす間もなく、テンプスは自分の主張をまくし立てはじめた。
「やはり、あの魔女が怪しい……。そもそも、あれほどの恨みを公然と口にするやつを野放しにしておいていいのか!」
「テンプスさん、インヴィラさんの関与は、昨日否定されたはずです」
「だが、あいつは危険だ!」
アンシラが温かな茶を手渡すと、テンプスは拍子抜けしたように椅子に腰掛け、ぶつぶつとつぶやきながらも、茶をひと口すすった。
「今日はあなた自身のことを。事件の夜は、どこで何を?」
テンプスは不服そうに口をつぐんでから、部屋にいた、と短く答えた。
それを証明できる者はいないが、それは誰しもが同じことだった。
* * *
「……すみません。誰か、わからなくて」
扉の隙間から外の様子を窺ったオラクラは、そこにいるのがロクィアだと知って、ほっとした様子を見せた。
「さあ、お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
アンシラが茶を差し出すと、ようやく緊張が解けてきたのか、両手でカップを持ち、嬉しそうに微笑んだ。
「オラクラさん、あなたは宴のあと、どうされていましたか?」
「えっと、広間に誰もいなくなったので、部屋に戻って……。そのまま早めに、休みました」
「何か、物音を聞いたりは」
「いいえ。……ごめんなさい」
「謝ることじゃありません」
ロクィアがそう返すと、少年は少しだけ肩の力を抜き、茶請けに添えられた焼き菓子に、おずおずと手を伸ばした。
「僕は、いつ帰れるのでしょうか」
「事件が解決したら、皆さんはすぐに解放されます」
帰り際、ロクィアは戸口で足を止めて振り返った。
「オラクラさん。何か思い出したり、困ったことがあったら、いつでも私のところに来てください」
「……はい」
少年は、初めてまっすぐに顔を上げて頷いた。
* * *
インヴィラは、話すことなど何もない、と扉越しに答えただけで、顔を見せることすらしなかった。
「あとは、魔法使いではないけれど、もうひとり。宴の席に招かれた吟遊詩人がいる——彼も宴にいたからね」
それに、と、ロクィアはアンシラを振り返った。
「フォルティスさんを最後に見たのは、彼だ」
スカーラは、扉が開くなり、大仰に両手を広げてみせた。
「おやおや、これはロクィア様。ご足労痛み入ります」
スカーラは二人を招き入れると、リュートを椅子の背に立てかけ、芝居がかった仕草で席を勧めた。
「さっそくですが、スカーラさん、あなたは宴のあとに、フォルティスさんの居室を訪れたのですよね?」
「ご賢察のとおりでございます。それはもう、夜の更けるのも忘れる面白さでございました。頃合いを見て、私はお暇を申し上げ、お部屋を辞したのです。——それが、まさか今生の別れになろうとは」
スカーラは澱みなく答えると、最後には目頭を押さえてみせた。
「そのとき、何か変わったことに気づきませんでしたか?」
はて、と、首を傾げ、しばらく考え込んだスカーラは、大きく手をあげて首を振った。
「大変申し訳ございませんが、このスカーラの節穴の目には、フォルティス様は終始ご機嫌であったようにしか……」
話の細部を突いても、答えは間を置かずに返ってくる。ロクィアは収穫なしと判断して、この場を切り上げようとしたが、飲み終わったカップを受け取ったアンシラが、スカーラに問いかけた。
「ところで、スカーラ様の魔法はどのようなものなのですか?」
「魔法、とおっしゃいますと?」
スカーラの反応を見て、アンシラは、口に手を当てて頭を下げた。
「これは失礼いたしました。わたくし、てっきり皆様魔法使いでいらっしゃるのかと」
「私はしがない吟遊詩人。できることといえば、歌と与太話で、皆様のお耳を楽しませることだけでして」
一曲いかがですか、と、リュートを手に取り、掻き鳴らすスカーラに、ロクィアは退出の意を伝えた。
「ご協力、感謝します」
「事件が解決した暁には、ロクィア様のご活躍も、ぜひ歌にさせていただきましょう」
* * *
「収穫なし。わかってはいたけど」
「そうでございますか? わたくしは、良い機会だったと思いますよ」
アンシラは茶器を片付ける手を止めずに言った。
「皆さまのお人柄が、ようくわかりましたから」




