二日目・昼
アウルスとともに広間へ戻ると、待たされていた魔法使いたちの視線が、いっせいに二人へと集まった。
「随分と待たせてくれたな」
セクンダは椅子に深く沈んだまま、親指で末席のスカーラを示した。
「おかげで、こいつの歌にも飽きてきたところだ」
「これは手厳しい。それでは次の宴までに、耳新しい歌を仕込んでおきますとも」
スカーラは大仰に肩を落としてみせたが、その顔はいつもの愛想笑いのままだった。
アウルスは、セクンダの皮肉や、スカーラの軽口には付き合わず、広間の中央へと進み出た。
「待たせたな。まずは、分かったことをロクィアから伝えよう」
内容は全部知っているのだから、自分の口から伝えればいいのに——ロクィアが横目で睨みつけても、アウルスは黙って顎で魔法使いたちを示すだけだった。
小さく嘆息して、ロクィアは居並ぶ魔法使いたちを見渡した。
一時の混乱は収まっているようだが、検分の結果を伝えることで、彼らがどう動くかわからない。
「フォルティス氏の死因は、魔法による心停止です。椅子から倒れた時についたと思われる小さな傷以外、目立った外傷はありません。また、争った形跡も、抵抗した様子も確認できませんでした。それから——」
「心停止だと? では、病死だったということか?」
「落ち着かれよ、テンプス殿。説明はまだ終わっておらん」
テンプスがロクィアの言葉を遮って立ち上がったが、アウルスに窘められると、気まずそうに椅子に座り直した。
セクンダやケレリクトルは、落ち着いた表情のまま、ロクィアの言葉を待っている。
「心停止の結果をもたらした魔法は、ごく初歩的な魔法だと思われます。現場に残っていた魔力も、火灯し程度の微弱なものでした」
「詳しくは、これから時間をかけて調べる必要がある。しかし、フォルティスの死因に関しては、ほぼ間違いなかろう」
「つまり、お前たちはこう言いたいわけか。犯人は、初歩の魔法を使って、無敵の魔法障壁をものともせず、しかも、一切の抵抗を許さずに、フォルティスを殺したと」
「そいつは馬鹿げているな」
テンプスやセクンダは呆れたような反応を見せたが、ロクィアは、魔法使いたちの反応が思ったよりも大人しかったことに、ほっと肩を撫で下ろした。
ケレリクトルは腕を組み、目を閉じている。インヴィラは少し離れたところに立っているが、伸び切った髪に邪魔されて、その表情は見えない。
オラクラは、いまだに状況が飲み込めないのか、手でローブをいじりながら、周りをキョロキョロと見回している。
「これは観測した事実をお伝えしたまでです。その方法を論じるものではありません」
ロクィアやアウルスにしても、死因を特定しただけで、実際に何が起きたのかはわかっていなかった。
何かを推測するには、今はまだ材料が少なすぎる。
「……ならば、操られたのか」
ケレリクトルが組んでいた腕をほどいた。
「精神に干渉する術で、本人に障壁を解かせる。それならばロクィア殿の観測結果には矛盾しない」
「待て。そもそも、魔法障壁を前に、どうやって精神干渉魔法をかけるんだ。前後関係が矛盾している」
セクンダの反論はもっともで、実のところ、検分の場でロクィア自身が引っかかったのも、同じ点だった。それに、と、ロクィアはもう一つの事実を付け加えた。
「仮に障壁を突破してかけられたとしても、精神干渉系の術は、かけられた側に必ず痕跡が残ります。フォルティス氏に、その痕跡はありませんでした」
ケレリクトルは、自分の仮説をセクンダやロクィアに否定されても、納得したような顔で頷いた。元から確信があってのことではなかったのだろう。
「回りくどい話はもう必要ない! 俺には犯人がわかっている!」
テンプスが指差した先には、広間の暗がりに立つインヴィラの姿があった。
「あんたの魔法の噂を知っているぞ。見えない獣を従える、辺境の魔女インヴィラ。——不可視だというその魔法こそ、フォルティスさんを殺した正体じゃないのか! それに、あんたがフォルティスさんを恨んでいたのは、この場の全員が知っている」
インヴィラは、乱れた髪の奥からじろりとテンプスを睨みつけると、ゆらりと広間の隅から歩み寄ってきた。
「そのとおりさ……。あたしはあの男を恨んでいるとも。我が森を踏み躙った、あの所業を許すことはできん」
「自ら認めたか!」
テンプスが勢い込んで胸元に手を伸ばす。
しかし、その仕草を見て、インヴィラの落ち窪んだ目は、わずかに笑ったように見えた。
「だが、無念なことに、あたしの魔法もあの障壁を打ち破ることは叶わなかった」
「テンプス、先走るのも大概にしないか! 物理的な魔法で、フォルティスの障壁を打ち破ることはできんのだ。それはここにいる我々が一番よく知っているではないか」
「自分はインヴィラ殿の魔法を存じ上げないが、不可視だとしても、獣に襲われたのなら激しい外傷が残るだろう」
セクンダやケレリクトルがテンプスの言い分を否定するが、インヴィラに向けた彼の殺気は、収まる気配を見せなかった。
「なんならお前自身の体で試してやっても良いぞ、小僧」
いつの間にか、インヴィラの手には、幾重にも枝分かれした短い杖が握られていた。
その杖をひらりと振ると、何かの気配が、インヴィラの足元から広間の壁際へと通り過ぎていく。
突然生じたおぞましい気配に、テンプスが半歩あとずさり、オラクラが小さな悲鳴をあげて身を縮めた。
「いかん! 何度言わせるのだ、互いに争うことは許さん」
アウルスが手にした杖で床を叩き鳴らすと、短い緊張のあとに、インヴィラが杖を持つ手を下げた。
「話しあって答えの出ることではない。まずは割り当てられた部屋に戻り、こちらの指示を待つのだ。言っておくが、屋敷の周囲にはすでに結界を張ってある。——無断で敷地から出ようなどとは考えないことだ」
魔法使いたちは、アウルスの言葉に、ある者は素直に頷き、ある者は不満を浮かべ、そしてスカーラはリュートを片手に優雅にお辞儀をしてみせた。




