二日目・朝 その三
「ええ、ええ。そのとおりでございます。私は昨夜、フォルティス殿の英雄譚を作るべく、お部屋を訪ねました。それがまさか、このようなことに……おいたわしや……」
この吟遊詩人の悲嘆が本物なのか、ロクィアには、その本心が読み取れない。仕草が大袈裟すぎて胡散臭く感じるが、これが彼の普段からの姿なのか判断がつかない。
「お前がいたとき、フォルティスにおかしな様子はなかったのか?」
セクンダの問いかけにも、スカーラは芝居がかった仕草を崩さず、額に手を当てたまま、奇妙なイントネーションの言葉を続けた。
「昨夜のフォルティス殿は、それはそれは、大層ご機嫌な様子でございました。英雄譚に相応しい、数々の偉業を語り……」
「ふん……。英雄譚だと! 呪われたこの男の人生にあるのは、後ろめたい過去だけじゃろうて」
突然割って入ったインヴィラの刺々しい言葉に、スカーラは、戸惑いとも恐れとも取れる態度を見せた。
「いい加減にせんか、インヴィラ。ただの詩人風情を脅してどうする」
「ロクィア殿の見立てどおり、フォルティス殿が魔法によって害されたのであれば、元より吟遊詩人には関係のないこと」
セクンダが呆れ顔でインヴィラを牽制する中、ケレリクトルはあくまで真面目な表情で続いた。
場が荒れそうな気配に、ロクィアは、ひとまずスカーラへの質問は後回しにすべきだと判断した。
「実際に何があったか、詳しく調べるためにも、スカーラさん、あなたにはあとでお話を伺うことになるかもしれません」
「もちろんでございます、ロクィア様。このスカーラ、誠心誠意、ご協力いたしますとも」
スカーラはロクィアの前に進み出て、恭しくお辞儀をしてみせた。
「結局何も解決していない。何なら俺がここにいる全員に問いただしてやろうか」
テンプスが舌打ちをしながら、再び襟元に手を伸ばすと、すかさずケレリクトルが左手をかざす。
「待ってください。先ほどは、簡易的な残留魔力の測定をしただけです。詳しい調査はまだこれからですから、勝手に話を進めないでください!」
ロクィアが慌てて間に入ろうとする。
現場を荒らされるのは一番困る。
とにかくこの場を収め、初動検分を無事に終わらせなければ。そして、駆けつけてくる捜査官たちに、つつがなく引き継げば、自分の役目は終わる——。
「ケレリクトルといったか、傭兵風情が。そもそもお前が最初に駆けつけたんだったな」
テンプスはロクィアの言葉など聞こえなかったかのように、黄金色の首飾りを握りしめた。
「……やめておけ。こんなことで無駄に命を落とす必要はない」
左手をピタリとテンプスに向けたまま、ケレリクトルの態度は、どこまでも冷静だった。
しかし、ロクィアには、ケレリクトルのその物言いは、火に油を注いでいるようにしか聞こえない。
実際テンプスは、その言葉と態度に、傍目にもわかるほど怒りに震え始めた。
これはまずい、ロクィアはいざという時のために、そっと息を整えた。
しかし、その時、部屋の入り口から、アウルスの声が響いた。
「やめんか! ここにいる者は、全員この事件の容疑者だ。勝手に争うことは許さん」
アウルスが、手にした銀白色の杖で床を打ち鳴らすと、その言葉にセクンダが激しく反応した。
「この俺を疑うというのか!」
「貴殿も、そして、他の面々もだ。今この時点では、誰もが疑わしい」
「それは……!」
この場の全員が同じ立場だと言われては、セクンダも咄嗟には反論ができなかった。
「事件の解決、もしくは、明白に容疑がはれることがない限り、この屋敷から出ることは叶わん。これは世界魔法統括評議会としての宣言である!」
セクンダが鼻を鳴らして口をつぐむと、テンプスとケレリクトルも互いに手を下ろした。
「この場はロクィアと儂とで詳しい調査を行う。皆の者は、まずは広間に戻り、しばらく待機しておいてもらおう」
世界魔法統括評議会は、すべての魔法使いを統べる組織であり、これに歯向かえば、世界のどこへ逃れようと、その厳しい監視の目に晒されることになる。
ここに集められたのは、フォルティス自身が選んだ実力者ばかりだったが、さすがに怒りに我を忘れて、評議会そのものに叛意を示そうとする者はいなかった。
「まあいい。ここで争っていても、何も解決しない。お前たちが、さっさと真犯人を炙り出してくれればいいことだ」
セクンダが去る間際に残した言葉に、ロクィアは肩をすくめた。
魔法使いたちが部屋から去ると、アウルスはロクィアに向き直った。
「さて、では、あらためて調査を進めるとするか」
「その前に、叔父上」
「うむ、まずは死因の確定からだな——」
「そうではなく!」
ロクィアは手を振って、アウルスの言葉を遮った。
「ご存知のとおり、私は捜査官見習いの身。初動の検分は行いますが、その後は正式な捜査官に引き継ぎます。評議会への連絡と、捜査官の手配はお済みなのでしょうね?」
「ああ、そうだな。したと言えばしたような気もするな」
アウルスの目が泳いでいる。ロクィアはずいと叔父に詰め寄った。
「まさか、また前のように、このまま私に捜査させるつもりではないでしょうね?」
「……正式に依頼を出せば、その時点で、お主の捜査権限は制限されてしまうからな。この事件は、お主のような者にしか解決できん。儂の直感がそう言っておる」
「そんな……。叔父上がこの会議に参加する機会を長年窺っていたのは知っていますが、私は付き添いで来ただけです。早く戻って、研究の続きをしないといけないんです!」
「絶対に破ることのできない魔法障壁。それに守られていたはずのフォルティスが殺された。だのに、魔力の残留はほんのわずか。こんな事件、お主の他に誰が解決できる」
「叔父上は私を買い被りすぎです。前の事件でたまたま犯人を見つけ出したからといって、今回もうまくいくとは限りません」
「いいや、評議会で、長年数多くの魔法使いを見てきた儂の勘に、狂いはない」
嫌な予感は、出発の前からしていたのだ。だが、叔父の頼みをいちいち聞いていては、こちらの身が持たない。
「それにな、ロクィア。連絡ならしておる。お主には、補助してくれる者が必要だろうと思ってな」
「まさか……彼女を呼んだんですか?」
「この屋敷には、人をひとり殺めた者がおる。お主の護衛もかねて、先ほど連絡を飛ばしておいた」




