二日目・朝 その二
「フォルティス氏は、魔法によって殺されました」
ロクィアの口から下されたその宣告を、スカーラは入り口に立つ魔法使いたちの肩越しに聞いた。
世界魔法統括評議会の監査官に連れられてきていた、小柄で貧弱な体型の少女。菫色の宝石を手に、フォルティスの死体を検分してみせた彼女は、評議会の捜査官だという。
評議会の魔法使いがこの世界会議に派遣されるという話は聞いていたが、捜査官まで同行していたことは、スカーラにとって予想外のことだった。
「馬鹿を言え!」
大導師セクンダは強く床を踏み鳴らして、ロクィアに詰め寄った。
「フォルティスの障壁は常時展開型だ。本人が死なん限り、何人にも破れん。あの完全な防御魔法こそ、彼奴を最強たらしめている理由のひとつだ!」
「遺憾ながら、自分も同意見だ。フォルティス殿は高齢だった。昨夜は酒を過ごしていた。それが原因ではないのか?」
傭兵のケレリクトルも、言葉を選びつつ、ロクィアの検分に異を唱える。
あらゆる敵を打ち破る強力な魔法、あらゆる魔法を無効化する無敵の盾。当代最強と謳われたフォルティスの、それが代名詞だった。
それは絵空事ではなく、幾多の実戦で示されてきた事実として、現代に生きる魔法使いなら、誰もが知っていることだ。
「ですが、胸元の魔力残留は事実です」
「その道具が何を拾ったのか知らないが、セクンダさんの言うとおりだ。彼の障壁を貫通できる魔法など、俺も聞いたことがないぞ」
テンプスがセクンダに同調するようにロクィアに食ってかかる。
そういえばと、スカーラは、昨晩の宴で観察した人間関係を思い出した。このテンプスという男は、フォルティスやセクンダにやたらと胡麻を擦っていた。
「だが、現にフォルティス殿は死んでいる。自分が見た限りでも、争った形跡も外傷もない」
「寝ている間だけ、障壁を解いていたんじゃないのか」
「そんなわけがないだろう。フォルティスが扱う常時展開型の魔法障壁は、『解除句』を与えない限り、解かれることはない。——そして、解除句は、自ら発する以外に効果はない」
テンプスはセクンダの主張に合わせたつもりだったのだろうが、当のセクンダ自身から否定されて、言葉を詰まらせた。
この場を冷静な目で観察していたスカーラには、魔法使いたちが、決して正面から顔を合わせないようにしつつも、誰もが互いの位置を目の端で測っているように見えた。
そして、自分だけは、その測り合いに数えられていないこともわかっていた。この状況で、ただの吟遊詩人に注意を向けるものなどいない。
「……報いだね。この男のしてきたことへのな」
入り口に立っていたインヴィラが、いつの間にか部屋の中に入ってきていた。その皺だらけの人差し指は、フォルティスへ向けられている。
「どういうことだ、婆さん」
伸び放題の白髪の奥から、ギョロリとした目がテンプスを睨んだ。
「……お前さんにはわかるまい。その男の呪われた人生が」
「昨日からだんまりかと思っていたら、口を開けば意味のわからないことを」
「……若造が、少しくらい月の暦が良いからと、調子に乗るんじゃないよ」
「貴様!」
テンプスは、襟元に手を差し入れると、黄金色に輝く首飾りを取り出した。
「よせ! こんなところで魔法を使うな!」
その動作を見たケレリクトルが、鈍色の手甲をはめた左手を、まっすぐにテンプスに向けた。
睨み合うインヴィラとテンプスの動きが止まり、周囲の魔法使いたちの間にも、張り詰めた沈黙が広がっていく。
「権能に拠り、命ず。在るものは、在るがまま——保全」
静かな詠唱の声が、その沈黙を破った。
呪文を唱えたロクィアに、全員の視線が集まる中、その右手から広がる淡い光は、ゆっくりとフォルティスの体を包み込んでいった。
「魔法は『制御句』を正しい間隔で唱え、適切な『接語』でつなぐことで、初めて成立します。同じ制御句を使っても、接語が変われば、詠唱全体の意味が変わる。——みなさんには言うまでもないですが」
緊張に水を差されたテンプスは、気まずそうに首飾りを戻し、それを見てケレリクトルも左手を下ろした。
「そして、常時展開型、もしくは、持続型の魔法は、詠唱主が発する『解除句』をもって解かれる。これは、先ほどセクンダさんがおっしゃったとおりです」
「常時展開型の魔法を破る方法はもうひとつある。それは、強力な攻撃魔法で打ち破ることだ」
セクンダは、いつの間にか構えていた杖を振ってみせた。
「だが、それができれば、フォルティスは最強とは言われていないがな」
そうしてまた振り出しへ戻っていく議論を、スカーラは輪の外から眺めていた。
忌々しげな視線をフォルティスに浴びせるインヴィラと、苛立ちを隠そうともせずに舌打ちするセクンダ。
ケレリクトルはテンプスの暴走を警戒してか、彼から目を離さない。
唯一、オラクラだけは、大人たちの剣幕に身を縮め、部屋の入り口でローブの袖を握りしめていた。
大丈夫だ。
驚きと戸惑いの表情を崩さぬよう細心の注意を払いながら、スカーラは内心ほくそ笑んだ。
その疑いが自分に向くことはないと確信して。
誰ひとり、部屋の隅で嘆いてみせた吟遊詩人のことなど、見てはいない。
スカーラは、もう一度フォルティスに目を向けた。
間もなくここは封鎖され、もう二度とその姿を見ることはないかもしれない。
成し遂げた自分の成果を見ようとして、しかし、スカーラは自分が決して輪の外にいたわけではないことを知った。
フォルティスの傍らに立つロクィアの目は、この場に居合わせた魔法使いたちではなく、スカーラに向けられていた。
「あなたは、昨夜フォルティス氏の部屋を訪れていましたよね」




