二日目・朝 その一
朝食の席は、昨夜の宴と同じ広間に設えられていた。
ロクィアは叔父の隣の席で、湯気の立つスープを前に、昨夜の宴の席を思い返す。
吟遊詩人の歌が流れる中、楽しげに話の花を咲かせていたのは、主催であるフォルティスと、彼に対抗意識をむき出しにしていたセクンダ。
それに、せいぜいテンプスくらいのもので、その他の者は、ほとんど言葉を交わすことすらしていなかった。
滅多にない機会だといわれ、半ば無理に叔父に連れられて来てみれば、会議とは名ばかりの、気難しい変人たちの寄り合いだった。
当代随一と謳われる魔法使いたち——世界中の弟子や学者が師と仰ぎたがる面々が、今朝も誰ひとり口をきかず、目の前の皿とだけ向き合っている。
大導師セクンダは、山と盛った皿を黙々と平らげている。昨夜、浴びるほど酒を飲んでいたにも関わらず、その食欲には驚かされる。
それとも消化が良くなるような魔法でも使ったのだろうか。
傭兵のケレリクトルは、あっという間に食事を終えると、あとは席で茶を飲んでいる。
その姿は、昨日と同じ旅装のままで、彼女は常在戦場を体現しているかのようだ。
装いといえば、銀髪のテンプスも昨夜と同じ白ずくめだが、こちらの装束には皺ひとつない。
背筋を伸ばし、匙の音ひとつ立てずに食事を進める様は、名門の育ちの良さを窺わせた。昨夜の彼は、粗雑な態度や物言いも目立ったが、果たしてどちらが素なのか、よくわからない人物だ。
末席では、オラクラが皿の上の卵をつつくばかりで、ほとんど食べていない。
辺境の魔女インヴィラに至っては、席に着こうともせず、広間の隅に立ったままだった。
末席のさらに向こうに座を与えられた吟遊詩人スカーラは、昨夜と変わらない愛想笑いを浮かべながら、時折給仕に軽口を叩いては、朝から旺盛に食事を進めている。
誰も彼も、我が道を行くにもほどがある。
この滞在期間、とにかく無難に乗り切ろうと、ロクィアは小さく頷き、スープをひと口すすった。
「フォルティス殿は、朝寝のご趣味でもおありなのか?」
沈黙に耐えかねたように、テンプスが誰にともなく言った。
「昨夜はだいぶ飲んでおったからな。いかに最強の魔法使いとはいえ、深酒にはかなわんのかもしれんて」
セクンダがそういいながら、空になった皿を下げさせようと、召使いを呼んだ。しかし、その声に応じる者はいなかった。
「おい! 誰かいないのか——」
痺れを切らして張り上げたセクンダの声に、つんざくような悲鳴が重なった。
「な、何ごとだ!?」
突然のことに、セクンダが狼狽を見せる中、ケレリクトルが真っ先に広間を飛び出して行った。
アウルスも立ち上がると、スプーンを口に運んだまま止まっていたロクィアの肩を叩く。
「ロクィア、儂らも行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ロクィアはため息をついて、飲みかけのスープを諦めると、叔父の後を追って広間を出た。
「先ほどの声は上からだったな」
アウルスはロクィアが追いついてくると、ちらりと振り返って、前方に見える階段を指差した。
「はい、そう聞こえました。上には何があるのですか?」
「……フォルティスの寝室のはずだ」
二人が階段を駆け上がると、廊下の奥で年配の侍女がへたり込んでいた。
部屋の入り口には、他にも召使いたちが集まっている。
「フォルティス様が……旦那様が……」
ロクィアたちが部屋を覗くと、奥の床の上に誰かが倒れているのが見えた。
床に広がった豪奢なマントから、それがフォルティスだとわかる。
先に到着し、フォルティスの首筋に指を当てていたケレリクトルは、顔を上げてゆっくりと首を振った。
「死んでいる。とっくに冷たい」
ケレリクトルの言葉を聞き、集まっていた召使いたちの間に動揺が走る。
「どういうことだ!」
遅れて部屋に入ってきたセクンダが、アウルスとロクィアを押しのけてフォルティスの元へ駆け寄った。
ロクィアが入り口を振り返ると、白ずくめのテンプスとオラクラ少年、それに魔女インヴィラの姿もある。その後ろでは、スカーラが部屋を覗き込んでいた。
「ロクィア、この場はお主に任せたぞ。誰にも手出しさせてはならん」
アウルスはロクィアの耳元に口を寄せると、他の者に聞こえないよう、すばやく囁いた。
「叔父上はどこにいくのですか?」
「混乱を鎮める。屋敷の者たちの動揺を抑えねば」
アウルスは踵を返して部屋の入り口に向かうと、集まっていた召使いたちに、何事か指示を飛ばし始めている。
反論する隙もないまま、現場を任されたロクィアは、内心舌打ちをしつつ、やや姿勢を正して倒れているフォルティスに近寄った。
「失礼します」
「なんだ貴様は」
セクンダが訝しそうな顔で誰何の声を飛ばした。
ロクィアが黙ってローブで隠れていた胸元の刺繍を見せると、セクンダは目を細めて、その紋章を検める。
「杖と天秤は評議会上級監査官、杖と斧は……捜査官か」
セクンダの言葉どおり、その特徴的な交差した杖と斧の紋章は、世界魔法統括評議会の元で、魔法犯罪の取り締まりを行う捜査官の証だった。
「私はまだ見習いですが。しかし、アウルス監査官同行の元、正式な権限を有しています。——世界魔法規範第十二条に基づき、この場の厳格な保全を宣言します」
セクンダとケレリクトルが下がるのを見て、ロクィアはあらためてフォルティスの死体を検分していく。
見たところ目立った外傷はなく、争った形跡もない。
フォルティスの年齢を考えれば、持病、もしくは急な疾患の可能性はある。
しかし、まずすべきことは、魔力残留を測ることだ。
ロクィアは腰に下げた物入れから、菫色の宝石を取り出すと、死体の上に当てていく。
「頭部は異常なし、でも、胸元に微弱な魔力残留……」
ロクィアは立ち上がると、部屋の入り口に立っている宴の招待客たちに向かって、検分の結果を伝えた。
「フォルティス氏は、魔法によって殺されました」




