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魔法はすべて言葉でできている  作者: 音鳴 凪
五日目

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17/18

五日目・深夜

 扉の鍵が外れる音で、スカーラは目を開けた。


 寝台の脇の小卓で、蝋燭が一本だけ燃えている。全身に巻かれた包帯の下で、鈍い痛みが脈を打っていた。


 扉が開くと、燭台を手にしたアンシラに続いて、ロクィアが部屋に入ってくる。


「あなたは明日、評議会の巡見隊に引き渡されます。でも、その前に少し話をしたいと思って」


「こんな俺と話をしたいとは、あんたは変わったやつだな、捜査官」


「私はまだ見習いです。それに、名前は知っているでしょう。ロクィアと呼んでもらって構いません」


 スカーラは小さく息を吐いた。もはや、名を隠す理由はない。


「——インテンペラだ。スカーラは偽名だ」


「ありがとう、インテンペラさん」


 ロクィアが寝台のそばの椅子に腰を下ろすと、アンシラはその半歩後ろに静かに控えた。


「あんたの短縮魔法、あれは自分で習得したのか」


「そうです。私は魔法言語学を研究していて、あの技術はその成果です」


 一族が長い年月をかけて受け継いできたものと同じ技を、目の前の小柄な娘は、独りで編み出したのだ。


「魔法の詠唱の改変を、あんたのような若さで。……俺にはもう何も残っていない。知りたいことは話してやろう」


 ロクィアは自らを追いつめた相手ではあったが、インテンペラの心の中には、どこか敬意のような感情が生まれていた。


「インテンペラさんの介入詠唱(リスクリバ)、あれは制御句の間に挟まる接語を入れ替え、術者の意図しない形で魔法を成立させるものですね」


 ロクィアが目の前で見た魔法詠唱への介入。

 それは、アウルスの拘束魔法を、『その者』から『汝』に書き換え、インヴィラやセクンダの魔法の向き先を変えてみせた。


「そのとおりだ。むろん、ただ言葉を挟むだけではだめだ。世界を騙すための、独自の呼吸法、発声法が必要だ」


「そして、私たちの会話から解除に必要な言葉を拾い、拘束魔法を解いてみせた。戒め(ウィンクルム)ほどき(ラクサー)いざ、解け(ヌンク・ソルウェ)。そう、あなたは、会話そのものをひとつの解除詠唱に組み替えた——」


「……そこまでわかったか。あれも介入詠唱(リスクリバ)の応用だ」


「つまり、フォルティスさんの障壁も同じようにして解除したのですね」


護りよ(プラエシディウム)ほどけ(ソルウェ)退き(レケーデ)いざ(ヌンク)散り散りに(ディスペルゲ)——フォルティスの防御魔法の解除呪文だ」


「あなたは、なぜそれを知っているのですか?」


 インテンペラは目を閉じると、包帯の巻かれた指で、目頭をきつく押さえた。


「あの男は、世界中の禁足地や秘術を守る一族をめぐり、その力を自分のものにしてきた。そして、俺の一族も、あいつから秘術を守ろうとして殺された」


 インテンペラの語る内容に、ロクィアとアンシラは思わず顔を見合わせた。


「まさか、それがフォルティスさんの防御魔法なのですか」


「正確には、その元となる言葉そのものだがな。だが、それを知っていれば、解除呪文は推測できる。俺の一族はそうした古き言葉を守っていたんだ」


 ロクィアは天井を見上げると、こめかみに指を当てた。


「……叔父上がなぜ長年『世界会議』に参加しようとしていたのか。なぜ私も連れてきたか。それは、極秘裏にフォルティスを探るためだった?」


 もしインテンペラの話が本当ならば、世界の魔法犯罪を管理する評議会として、見逃せぬ行為のはずだ。


「ふん、長年やつを放置してきた評議会が、今さらだな」


「そうかもしれませんが、今からできることもあるはずです」


 ロクィアは振り返ると、アンシラと頷きあった。


「もうひとつ、聞かせてください。オラクラさんの件を」


「オラクラの魔法は未来視だった。あの少年は、その魔法で視たのさ。……魔法が乗っ取られ、自分に襲いかかる光景を」


「それで、口を封じたのですか」


「……俺は自分が正しいことをやったと思い込んでいた。だが、結局、自分のしたことがばれることを恐れていた」


 インテンペラは、あの夜、オラクラに魔法を放った自分の手に目を落とした。


「オラクラさんとアンシラを襲ったのは、あなたにとって予定外のことだったのですね」


「——俺からも聞きたいことがある」


 インテンペラの目は、ロクィアの後ろにいるアンシラに向けられていた。


「そっちのあんた。あんたの魔法は一体どうなってるんだ。そもそもあれは魔法なのか」


「アンシラ、別に答える必要はないよ——」


「やはり、あれは魔法なのか。……しかし、制御句も接語もないまま、魔法名だけで成立するなどあり得ない」


「いいえ、唱えておりますとも。——ただし、ここではない場所で」


「……ここではない場所?」


「わたくしには、この世界と並行して存在する別世界が見えるのです。そこで詠唱を行い、最後に魔法名だけをこちらで結んでいるのです。」


「あんた、いったい何者なんだ」


「わたくしはロクィア様のメイドでございます。少々お転婆なお嬢様のお世話をしております」


「ちょっと、アンシラ!」


 ロクィアとアンシラの姿を見て、インテンペラは深く息を吐いた。


「……詠唱の省略に、別世界での詠唱。俺とは相性が最悪だったな。あんたたちが相手では、俺に勝ち目はなかった」


「もし、あなたがアンシラを襲わなかったら、きっと私もお手上げでしたよ」


 ロクィアは部屋を出る時に、もう一度インテンペラを振り返った。


「——あなたの処遇についてどうなるかは分かりませんが、少なくとも、私は私がやるべきことをします」


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