五日目・夕
「揃ったようじゃな」
日の落ちかけた中庭、アウルスとロクィアの前に、屋敷に足止めされた者たちが集められていた。
ロクィアの後ろには、いつものように、アンシラが静かに控えている。
負傷したテンプスはいまだ動けず、セクンダ、インヴィラ、そして、少し離れた場所には、スカーラが立っていた。
「なにせ、広間が両方とも使えなくなってしまっていてな」
アウルスの言葉に、セクンダが鼻を鳴らした。
「犯人がわかったというから集まったんだ。さっさと話を進めろ」
アウルスは「慌てるな」とセクンダを牽制すると、視線をロクィアに向けた。
ロクィアは小さく頷いて、一歩進み出る。
「お集まりいただいたのは、他でもありません。——フォルティスさんと、オラクラさんを殺害した犯人が、わかりました」
その言葉を聞いても、魔法使いたちからは驚きの声や反応はなかったが、お互いの距離感を探り合う気配は漂ってくる。
「ほう。それで? フォルティスの障壁をどうやって破ったのか、ぜひ聞かせてもらいたいものだ」
ロクィアはその言葉には答えず、視線をゆっくりとケレリクトルの上で止めた。
「……ケレリクトルさん。昨夜アンシラが襲われた時、あなたは眠っていて、騒ぎに気づかなかったと言いましたね」
「ああ、その通りだ。昼間の騒ぎで思った以上に魔力を消費していたようで、すっかり寝入ってしまっていた」
腕組みをしたまま答えるケレリクトルの態度は、いつもと変わらない。
「あの夜、叔父上とセクンダさんは一緒にいた。インヴィラさんはその声を扉越しに私が確認している。そして、テンプスさんは負傷して動けないまま。——所在が確認できない魔法使いは、あなただけです」
「自分は、やっていない」
名指しされたケレリクトルは、それでも動揺する素振りは見せなかった。
「もちろん、そう言うしかありませんよね。でも、先日私はあなたの『穿つ』を見ました。あれは間違いなく、オラクラさんに残った傷跡と同じです!」
「……その傷が、証拠だと言うのか」
スカーラは、少し離れた場所からその様子を見つめていた。
ケレリクトルが犯人でないことは、もちろんスカーラ自身にはわかっている。
ロクィアがケレリクトルを犯人だと思い、それを追及するというならば都合が良い。自分はこのまま、無害で臆病な吟遊詩人を演じていれば、いずれこの屋敷から解放されるはずだ。
「他にあの傷を作れる魔法を、私は知りません」
そんなはずはない。
スカーラは、尚もケレリクトルを追い詰めるロクィアの言葉を、心の中で否定した。
オラクラは咄嗟に放った衝撃魔法を受けていたはず。礫を飛ばすケレリクトルの魔法とは似ても似つかない。
評議会の捜査官と言っても、たかが知れている。ロクィアを見て、思わず浮かべそうになる笑みを抑える。
「そうか、それならば、自分の魔法をもう一度見てもらう方が良いかも知れない」
スカーラは、そう言って顔を上げたケレリクトルの視線が、自分に向いていることに気づいた。
「我が指す先を、まっすぐに征け——穿つ」
ケレリクトルの詠唱とともに、その手から放たれた漆黒の礫が向かった先は、目の前に立つロクィアではなく、スカーラだった。
「我を守れ、害を阻め——防御!」
スカーラの眼前に光の膜が広がり、襲いかかった礫が弾け飛ぶ。
「おや? スカーラさん、あなた魔法が使えたのですか?」
全員の目が、スカーラに集まっていた。
「自分の穿つを咄嗟に防御するとは。相当手慣れているな」
「まさか、こいつが——」
鈍色の手甲をスカーラに向けたケレリクトルの横で、セクンダも杖を取り出した。
「お、お待ちください、皆さま。これは、その、旅の身を守るための、ほんのまじないでございまして——」
「魔法が使えないことは、あなたがこの場で疑われなかった、ただひとつの理由です」
ロクィアはスカーラの言葉を遮って、一歩ずつ距離を詰めていく。
「アンシラが襲われた夜、所在が確認できなかった魔法使いはケレリクトルさんだけ。でも、もしあなたも魔法が使えるなら、話は変わってきます」
スカーラはようやく自分が嵌められたことを理解した。しかし、なぜ、いつから——。
「誤解でございます。私はただの——」
「話はあとでゆっくり聞かせてもらおう」
アウルスが、手に持った銀白色の杖を掲げる。
「権能に拠り、命ず。その者——」
「——否、汝」
歌うような抑揚のひと声が、詠唱の狭間に滑り込んだ。
「留め置かれよ——拘束」
杖の先から放たれた銀白色の光は、スカーラへ向かって伸びる途中で不意に折れ曲がり、そのままアウルス自身の体に幾重にも巻きついた。
「な……儂の拘束が、なぜ……!」
身動きの取れぬまま膝をつくアウルスを、誰もが立ち尽くして見ていた。
「……小賢しい真似を」
それまで黙ってみていたインヴィラが、枝分かれした短い杖を振りかざした。そのしゃがれた声が、古い言葉を紡いでいく。
「古き約に従い、出でよ、喰らえ——」
「——主を」
「見えざる魔物の顎」
宣言とともに、あのおぞましい気配がその場に満ちていく。
だがその気配は、スカーラへ向かうことなく、術者であるインヴィラ自身へと襲いかかった。
小柄な体が見えない力に打ち払われ、壁へ叩きつけられる。杖が手を離れて地面を転がり、インヴィラがずるずるとくずおれると、獣の気配は薄れるように消えていった。
「貴様、何をした!」
セクンダの怒声に、スカーラは薄い笑みを浮かべたまま答えない。
ロクィアは、縛られたアウルスと、自らの見えざる獣に襲われたインヴィラへ交互に目をやった。
二人の詠唱の合間に、スカーラは妙なイントネーションの言葉を挟んでいた。
「詠唱に割り込まれています——皆さん、魔法を使わないで!」
ロクィアが叫んだときには、すでにセクンダの頭上に、光の環が編み上がっていた。
「我が声に応え、集い、燃え盛りて、彼の者を焼き払え——」
「——否、彼の娘を」
「焔!」
魔法陣から幾重もの炎が吹き出す。
渦を巻きながら、迸る炎は、しかし、その狙いをスカーラではなく、ロクィアへと向けた。
「お嬢様!」
走り寄ったアンシラが、間一髪ロクィアを抱え込み地面を転がっていく。
さっきまでロクィアが立っていた場所で、重なった炎が轟音を立てて爆ぜる。
「アンシラ、大丈夫!?」
ロクィアは、自分を庇ったアンシラを、その腕の中で見上げた。アンシラの銀縁の眼鏡はどこかに飛んでいき、その額からは一筋の血が流れていた。
「問題ございません、お嬢様」
アンシラは、ロクィアに微笑みかけると、倒れた姿勢のまま、肩越しにスカーラを振り返った。
「——ごきげんよう」




