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魔法はすべて言葉でできている  作者: 音鳴 凪
五日目

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15/18

五日目・夕

「揃ったようじゃな」


 日の落ちかけた中庭、アウルスとロクィアの前に、屋敷に足止めされた者たちが集められていた。

 ロクィアの後ろには、いつものように、アンシラが静かに控えている。


 負傷したテンプスはいまだ動けず、セクンダ、インヴィラ、そして、少し離れた場所には、スカーラが立っていた。


「なにせ、広間が両方とも使えなくなってしまっていてな」


 アウルスの言葉に、セクンダが鼻を鳴らした。


「犯人がわかったというから集まったんだ。さっさと話を進めろ」


 アウルスは「慌てるな」とセクンダを牽制すると、視線をロクィアに向けた。

 ロクィアは小さく頷いて、一歩進み出る。


「お集まりいただいたのは、他でもありません。——フォルティスさんと、オラクラさんを殺害した犯人が、わかりました」


 その言葉を聞いても、魔法使いたちからは驚きの声や反応はなかったが、お互いの距離感を探り合う気配は漂ってくる。


「ほう。それで? フォルティスの障壁をどうやって破ったのか、ぜひ聞かせてもらいたいものだ」


 ロクィアはその言葉には答えず、視線をゆっくりとケレリクトルの上で止めた。


「……ケレリクトルさん。昨夜アンシラが襲われた時、あなたは眠っていて、騒ぎに気づかなかったと言いましたね」


「ああ、その通りだ。昼間の騒ぎで思った以上に魔力を消費していたようで、すっかり寝入ってしまっていた」


 腕組みをしたまま答えるケレリクトルの態度は、いつもと変わらない。


「あの夜、叔父上とセクンダさんは一緒にいた。インヴィラさんはその声を扉越しに私が確認している。そして、テンプスさんは負傷して動けないまま。——所在が確認できない魔法使いは、あなただけです」


「自分は、やっていない」


 名指しされたケレリクトルは、それでも動揺する素振りは見せなかった。


「もちろん、そう言うしかありませんよね。でも、先日私はあなたの『穿つ(ペルフォラ)』を見ました。あれは間違いなく、オラクラさんに残った傷跡と同じです!」


「……その傷が、証拠だと言うのか」


 スカーラは、少し離れた場所からその様子を見つめていた。


 ケレリクトルが犯人でないことは、もちろんスカーラ自身にはわかっている。

 ロクィアがケレリクトルを犯人だと思い、それを追及するというならば都合が良い。自分はこのまま、無害で臆病な吟遊詩人を演じていれば、いずれこの屋敷から解放されるはずだ。


「他にあの傷を作れる魔法を、私は知りません」


 そんなはずはない。

 スカーラは、尚もケレリクトルを追い詰めるロクィアの言葉を、心の中で否定した。

 オラクラは咄嗟に放った衝撃魔法を受けていたはず。礫を飛ばすケレリクトルの魔法とは似ても似つかない。

 評議会の捜査官と言っても、たかが知れている。ロクィアを見て、思わず浮かべそうになる笑みを抑える。


「そうか、それならば、自分の魔法をもう一度見てもらう方が良いかも知れない」


 スカーラは、そう言って顔を上げたケレリクトルの視線が、自分に向いていることに気づいた。


我が指す先を(クォ・モンストロ)まっすぐに征け(レクタ・ペルゲ)——穿つ(ペルフォラ)


 ケレリクトルの詠唱とともに、その手から放たれた漆黒の礫が向かった先は、目の前に立つロクィアではなく、スカーラだった。


我を守れ(メー・トゥエーレ)害を阻め(ノクサム・アルケ)——防御(プラエシディウム)!」


 スカーラの眼前に光の膜が広がり、襲いかかった礫が弾け飛ぶ。


「おや? スカーラさん、あなた魔法が使えたのですか?」


 全員の目が、スカーラに集まっていた。


「自分の穿つ(ペルフォラ)を咄嗟に防御するとは。相当手慣れているな」


「まさか、こいつが——」


 鈍色の手甲をスカーラに向けたケレリクトルの横で、セクンダも杖を取り出した。


「お、お待ちください、皆さま。これは、その、旅の身を守るための、ほんのまじないでございまして——」


「魔法が使えないことは、あなたがこの場で疑われなかった、ただひとつの理由です」


 ロクィアはスカーラの言葉を遮って、一歩ずつ距離を詰めていく。


「アンシラが襲われた夜、所在が確認できなかった魔法使いはケレリクトルさんだけ。でも、もしあなたも魔法が使えるなら、話は変わってきます」


 スカーラはようやく自分が嵌められたことを理解した。しかし、なぜ、いつから——。


「誤解でございます。私はただの——」


「話はあとでゆっくり聞かせてもらおう」


 アウルスが、手に持った銀白色の杖を掲げる。


権能に拠りエクス・アウクトーリターテ命ず(インペロ)その者(イルレ)——」


「——否、汝(ノーン・トゥー)


 歌うような抑揚のひと声が、詠唱の狭間に滑り込んだ。


留め置かれよ(デティネアトゥル)——拘束(デテンティオ)


 杖の先から放たれた銀白色の光は、スカーラへ向かって伸びる途中で不意に折れ曲がり、そのままアウルス自身の体に幾重にも巻きついた。


「な……儂の拘束が、なぜ……!」


 身動きの取れぬまま膝をつくアウルスを、誰もが立ち尽くして見ていた。


「……小賢しい真似を」


 それまで黙ってみていたインヴィラが、枝分かれした短い杖を振りかざした。そのしゃがれた声が、古い言葉を紡いでいく。


古き約に従いセクンドゥム・パクトゥム・アンティクゥム出でよ(エクシー)喰らえ(デウォラ)——」


「——主を(ドミナム)


見えざる魔物の顎(ダエモベスティア)


 宣言とともに、あのおぞましい気配がその場に満ちていく。

 だがその気配は、スカーラへ向かうことなく、術者であるインヴィラ自身へと襲いかかった。

 小柄な体が見えない力に打ち払われ、壁へ叩きつけられる。杖が手を離れて地面を転がり、インヴィラがずるずるとくずおれると、獣の気配は薄れるように消えていった。


「貴様、何をした!」


 セクンダの怒声に、スカーラは薄い笑みを浮かべたまま答えない。


 ロクィアは、縛られたアウルスと、自らの見えざる獣に襲われたインヴィラへ交互に目をやった。

 二人の詠唱の合間に、スカーラは妙なイントネーションの言葉を挟んでいた。


「詠唱に割り込まれています——皆さん、魔法を使わないで!」


 ロクィアが叫んだときには、すでにセクンダの頭上に、光の環が編み上がっていた。


我が声に応え(レスポンデ)集い(コングレガーミニ)燃え盛りて(アルデーテ)彼の者を焼き払え(エクスーレ・イルム)——」


「——否、彼の娘を(ノーン・イッラム)


(フランマ)!」


 魔法陣から幾重もの炎が吹き出す。

 渦を巻きながら、迸る炎は、しかし、その狙いをスカーラではなく、ロクィアへと向けた。


「お嬢様!」


 走り寄ったアンシラが、間一髪ロクィアを抱え込み地面を転がっていく。

 さっきまでロクィアが立っていた場所で、重なった炎が轟音を立てて爆ぜる。


「アンシラ、大丈夫!?」


 ロクィアは、自分を庇ったアンシラを、その腕の中で見上げた。アンシラの銀縁の眼鏡はどこかに飛んでいき、その額からは一筋の血が流れていた。


「問題ございません、お嬢様」


 アンシラは、ロクィアに微笑みかけると、倒れた姿勢のまま、肩越しにスカーラを振り返った。


「——ごきげんよう」


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