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魔法はすべて言葉でできている  作者: 音鳴 凪
四日目

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12/18

四日目・夜

 夜半、屋敷の裏手はすっかり寝静まっていた。


 今朝の乱戦で薙ぎ倒された庭木の影が、月明かりのなかに黒く伸びている。

 離れの井戸へ続く小径は、雲が月を出入りするたびに闇へ沈み、スカーラはその闇の奥に身を寄せて、遠くに揺れるひとつの灯りを目で追っていた。


 手燭を提げたメイド——アンシラが、空の水差しを片手に、井戸のほうへゆっくりと歩いてくる。

 灯りの輪は足元を照らすばかりで、小径の脇の暗がりまでは届いていなかった。


 突如発生した魔法使い同士の争い。

 スカーラはその混乱にまぎれて、魔法使いたちの詠唱を直接聞くことができた。いざとなれば、あの魔法使いたちは何とでもなる。

 評議会の権能魔法は強力だが、それとて自分なら切り抜けられる。スカーラには、その自信があった。


 しかし、途中から屋敷に来たメイドは様子が違っていた。

 今朝の魔法使い同士の争いの中でも、ロクィアを担ぎ上げ、安全な場所に退避してみせた動きは、ただものとは思えなかった。


 それに、スカーラの頭を悩ませているのは、彼女の魔法だ。その内容は分からないものの、すべてが見える、と言っていた。

 それが誇張を含んでいたとしても、オラクラの未来視を目の当たりにしている以上、侮ってかかることはできなかった。


 井戸の手前で、アンシラの足が止まった。

 手に持っているのは手燭だけで、他に魔法触媒らしきものは持っていない。魔法触媒がなくとも魔法は発動できるが、その威力は格段に下がる。


 魔法名を唱える前に正体を明かし、粗忽者の詩人の顔で、泣きべそのひとつでもかいてみせればいいだろう。

 仮に魔法が実行されてしまっても、威力のない魔法なら、偶然を装ってかわしてみせる。


 危険だが、あまり悠長にはしていられない。


 スカーラが、足音を殺して姿を現すと、気配を察したのか、アンシラがこちらを向いた。

 銀縁の眼鏡が手燭に照らされて光る。


 この距離なら、こちらの顔はまだ見えないはずだ。このまま向こうが警戒して、魔法を唱えれば——。


 アンシラは手燭を掲げ、軽く首を傾げると、散歩の途中で顔見知りにでも出会ったかのように、なんでもない様子で声をかけた。


「——ごきげんよう」


 言葉と同時に、琥珀色の光線がスカーラのすぐそばに突き刺さり、爆風が身体を小径の奥へ吹き飛ばした。したたかに地面へ打ちつけられたスカーラの肺の底から、息が絞り出される。


 あまりの衝撃に、目の前の景色が霞む。

 スカーラは、自分の身に何が起きたか理解できなかった。あまりの衝撃に、目の前の景色が霞む。

 魔法で攻撃されたのか——しかし、魔法は唱えてられていなかったはずだ。


 生垣の陰、灯りのかろうじて届かぬ闇のなかで、スカーラは痛む体を無理に起こした。伏兵かと気配を探るが、この闇に、アンシラのほかに人の気配はない。


 追撃がこないうちに、姿を現して、名を名乗ればいい。うっかりと迷い込んだ道化を演じて、そして、この場を逃れる……。


 しかし、あの一撃は、詠唱もなく放たれたというのか。いや、制御句のひとつもないまま成立する魔法など、この世にない。

 世界がその言葉を受け入れなければ、結果としての現象が起きるはずがない——。

 混乱し、まとまらない考えを抱えたまま、スカーラは、結局身をひるがえし、その場を後にする判断をした。


 この時のスカーラに、もはや自分を偽る余裕はなかった。


* * *


「アンシラ!」


 響き渡る衝撃音を聞きつけて、ロクィアが飛び出してきた。


「お騒がせして申し訳ございません、お嬢様」


「怪我はない? いったい何があったの?」


 ロクィアはアンシラに駆け寄ると、怪我をしていないか、せわしなく確認していく。


「怪しげな人影を見つけたのですが、殺気を感じましたもので、思わず……」


「まさか、フォルティスさんを殺した犯人が? でも、どうしてアンシラを」


「きちんと外したのですが……どうやら逃げられてしまったようです。死体はありませんでしたので」


 散歩の途中で見つけた野良猫を、うっかり見失ってしまいました、くらいの軽さで話すアンシラに、ロクィアは頭を抱えたい気分だった。


「気楽に話す内容じゃないわ! アンシラにもしものことがあったらどうするの」


「まあ。ご心配いただけるなんて、光栄でございます」


 あくまで変わらぬアンシラの表情を見て、ロクィアは思わず抱きしめたくなったが、遠くから自分たちを呼ぶ声を聞いて、アンシラの手をつなぐに留めた。


「ロクィア、アンシラ! 何事だ!」


 屋敷から姿を現したのは、セクンダを伴ったアウルスだった。


「お前も魔法使いだったのか。ただのメイドではないと思っていたが」


 アンシラの説明を聞くと、セクンダは感心した様子で頷いた。

 ロクィアはセクンダの反応を見て、ケレリクトルがアンシラに初めて会った時、一瞬何かに反応していたことを思い出した。


「そういえば、ケレリクトルさんは?」


「儂はセクンダから、今朝のいざこざについて話をきいておったところでな」


「俺が口火をきったわけではないのに、テンプスの意識は戻らず、インヴィラの婆さんは非協力的で、結局俺に皺寄せがきている」


 セクンダは不機嫌そうに眉を顰める。


「インヴィラさんについては、私が話を聞くために部屋を訪れていましたが、扉越しに断られたところです」


 倒れて自室に運ばれたテンプス、部屋にこもったインヴィラ、目の前のセクンダとアウルス、そして襲われたアンシラ。


「となると、ここにいないのはケレリクトルさんだけですね」


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