四日目・朝
初日に宴が開かれた場所とは異なる広間に集められた魔法使いたちは、アウルスの口から、オラクラの死について聞かされると、ある者は殺気立ち、ある者は深いため息を吐いた。
話を終えると、アウルスはこの場をロクィアに託し、広間から慌ただしく立ち去っていった。
スカーラは、その顔に悲嘆に暮れた表情を貼り付け、お互いに距離を取り、誰も口を開こうとしない魔法使いたちを眺めた。
ロクィアは壁際に立ってその様子を見ていたが、半歩後ろに控えていたアンシラと、何ごとか話をしている。
「……あんただろう」
沈黙を破って立ち上がったのはテンプスで、その指は、柱にもたれていたインヴィラを差していた。
「インヴィラ、あんたの魔法の正体は誰も知らない。やはり、この中で一番怪しいのはあんただ!」
「待ってください、テンプスさん。インヴィラさんが犯人だという証拠はなにもありません」
テンプスの足元から、白い光が滲み出す。
「ならば、今から俺がその証拠を暴いてやるさ」
インヴィラは、乱れた髪の奥からじろりとテンプスを見ると、嘲るように乾いた笑いを漏らした。その手には、枝分かれした短い杖が握られている。
「……小僧が、吠えるしか能がないのかい」
「そうじゃないことを見せてやると言っているんだ」
テンプスが胸元に手を伸ばそうとするが、その前に、インヴィラが杖を振りかざした。
しゃがれた声が、古い言葉を紡いでいく。
「古き約に従い、出でよ、喰らえ——見えざる魔物の顎」
制御句に続いて魔法名が詠唱された瞬間、激しい音を立てて、広間の中央にあった長卓の半分が消え去った。
足音のような地響きが、広間の床を震わせる。
さらに、長卓の残りが宙に浮いたかと思うと、たちまちひしゃげ、消え去っていった。
その光景を目の当たりにしても、テンプスに怯む気配はなかった。
「すべて吹き飛ばせば、見えている必要はない」
テンプスの胸元で、黄金の首飾りが強い光を放つと、全身から噴き上がった白い光が、青年の輪郭を内側から燃えるように滲ませていく。
「満ちよ、欠けよ! 今宵の相を、俺の力に——満ちては欠ける月の相」
詠唱とともに膨れ上がった魔力が、広間の窓という窓を内側から吹き飛ばした。
ロクィアが咄嗟に腕で顔を庇おうとすると、それよりも早く、アンシラの腕がロクィアを抱え上げ、太い石柱の陰へと導いていく。
飛び散った硝子が床を滑り、割れた窓枠から朝の光が乱れて差し込んだ。
テンプスの放った光の奔流が、前方の見えざる敵へと襲いかかり、轟音とともに光が破裂するが、足音が止まる気配はなかった。
テンプスは砕けた大窓を突き破って、庭園へと転がり出ると、今度は両手に光を集め始めた。
「すでに月相は欠け始めているが、それでも十分だ!」
両手から放たれた光が合流し、うねりを伴いながらインヴィラに迫るが、その光の奔流は、インヴィラの目前で突如かき消えてしまった。
「なんだと……!」
「……愚かなやつだよ。こいつはなんでも食っちまうのさ」
テンプスの顔には、初めて戸惑いが浮かんだ。
「そんな馬鹿な……」
次の瞬間、テンプスの体が見えない力に打ち上げられ、庭木の幹へと叩きつけられると、テンプスの体から、包み込んでいた白い輝きが消えていく。
「そこまでにしておけ」
杖を掲げたまま、倒れたテンプスに歩み寄っていくインヴィラに、ケレリクトルが立ちはだかった。
鈍色の手甲をはめた左手は、まっすぐにインヴィラへ向けられている。
「もう終わっている。それ以上傷つける必要はない」
「言いがかりをつけてきたのはあっちさね」
インヴィラはつまらなそうに吐き捨てると、杖を持つ手をゆっくりと下ろした。
「我々が互いに争う必要はない」
「——いや、終わってなどおらん」
ケレリクトルが声のほうを振り向くと、割れた窓枠を跨いで庭園に降り立ったセクンダの姿があった。
その頭上には、幾重もの光の環が編み上がっている。
「そもそも、この混乱を招いたのは、そこの若造だ。月に酔って、みなを煽り立てた。片をつけるなら、今のうちだろう」
「よせ、セクンダ殿!」
ケレリクトルの左手が、今度はセクンダへと向けられる。
「気を失った者を撃つのが、貴殿の流儀か」
「傭兵風情が、口を挟むな。そこをどかぬなら、貴様ごと焼き尽くすだけだ」
セクンダが手に持った杖を頭上に掲げると、複数の光の環が、魔法陣となって展開していく。
「我が声に応え、集い、燃え盛りて、彼の者を焼き払え——焔!」
魔法陣から燃え盛る炎が飛び出し、そのひとつが、前方へと放たれる。
「我が指す先を、まっすぐに征け——穿つ」
詠唱とともにケレリクトルの指先から放たれた漆黒の礫が、迫る炎を正面から撃ち抜く。
「小癪な! だが、俺の多重詠唱に耐えられるか!」
セクンダの魔法陣から、さらに立て続けに炎が放たれる。
「征け」「征け」「征け」
ケレリクトルが制御句を唱えるたびに、高速で飛び出した漆黒の礫が、セクンダの炎を正確に撃ち抜いていく。
「——ならば、この数ではどうだ」
セクンダが杖を掲げ直すと、頭上の魔法陣が、さらにその数を増して編み上がっていく。
ケレリクトルが初めて半歩を退き、手甲をはめた左手を、狙いから防ぎの構えへと引き寄せた。
セクンダがさらなる呪文を唱えようとした時、庭園の地面に、突如として巨大な光の紋様が広がった。
「——これ以上の狼藉は、許さん!」
銀白色の杖を持つアウルスが、庭園の端から叫んだ。その足元からは、杖と同じ銀白色の霧が吹き上がっている。
「邪魔をするな、アウルス!」
セクンダは頭上の魔法陣を消そうとせず、その矛先をアウルスへと向けた。
「権能に拠り、命ず。その者、留め置かれよ——拘束」
アウルスの杖から放たれた銀白色の光が、瞬く間にセクンダの全身に巻きつくと、編み上がっていた魔法陣が、光を失って消えていった。
「ぐ……おのれ……」
「少し目を離した隙に、この醜態とは。何人たりとも動くな! 世界魔法統括評議会の名において、この場での争いは禁じておる!」
* * *
スカーラは、目の前で突如始まった魔法使いたちの争いを、蚊帳の外から観察していた。
アウルスという抑止力の前で、実際に魔法使いたちが魔法を使う機会がなかったが、ようやくその機会が訪れた。
近くでは、ロクィアが、荒らされた庭園を見て、ため息をついている。
いまだに意識を取り戻さないテンプスは、自室に運ばれ、アウルスは、残った魔法使いたちを諌めている最中だ。
「お怪我がなくてなによりでした、お嬢様」
「面白いものが見れたけど、何も私が任されている時にやらなくても……。でも、インヴィラさんの魔法は噂以上だった」
何かがいる気配はするが、目には何も映らない。そして、その何かは、魔法すらも食ってみせた。
「わたくしも見るのは初めてでした」
「あの魔法はアンシラと同じなのかな」
アンシラは、いいえ、といって頬に手を当てた。
「わたくしとは違いそうです——わたくしは、直接見ますから」
——オラクラの時は、失敗だったが、残った魔法使いたちの魔法は、目の前で見ることができた。
スカーラは、リュートで悲しげな音色を奏でると、大袈裟な仕草で嘆いて見せた。
あとはこの二人だ。




