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第28話 波乱の転校生 後編


「お疲れ、悠夜……」


「お疲れ様、一実……」


 放課後、一実と悠夜の2人は人気のない場所で合流した。噂の転校生といきなり一緒に帰る中学部の女子など、周囲に知れれば一発で学校の大スクープ間違いなしだ。2人の関係は一言では言い表せないし、余計な騒ぎは避けた方が良いというのが周囲の判断であり、また一実自身の願いでもあった。

 幸い、身を隠すことは悠夜の十八番であるため、ごまかしはいくらでも利く。今後想定される学校からの緊急出撃も、彼の光学迷彩と認識阻害魔法を併用して、周囲を誤魔化して行うとのことだ。


「それじゃあ、帰りもお願いね」


「うん、任せといてよ」


 一実は相棒が元気よく返事をしたのを受けて、自らも行動を開始する。


「ブローミング・ドライブ!」


 2人は認識阻害魔法を掛けた状態で変身する。今回は鋼魔が出現したというわけではないので、2人とも落ち着いていた。これは毎日の日課になる変身である。


「それじゃあ、しっかり捕まって」


 変身してすぐ巡航形態になったノクストスに一実は跨った。


「それじゃあ、僕らの家に出発!」


 ノクストスは周囲にそよ風が吹くぐらいの勢いで空へ舞い上がった。これから、毎日登下校はこの形式で移動する予定だ。これは魔法の行使、そして巡航形態での移動に慣れるための訓練を兼ねている。それで時間や体力の節約にもなるのだから、やらない手はない。


「キモチーー!なんか、魔法使って飛んで下校って……魔法少女って感じがする」


「それは良かった!マーシーはこれからいろいろ大変になるんだから、良い目を見られるところは見とかないとね!」


 鳥と同じぐらいの高さで、風を受けて空を飛ぶというのは抜群の爽快感だった。これまでの一実の徒歩での登下校だったことを考えると、相当な高さと速度だと言えた。しかし、前回の戦いの折、いきなり超音速で雲の上を飛ぶという無茶をしたため、それに比べれば、ということで感覚が麻痺してしまった。

 空を飛ぶというのは、人類普遍の願い……現場に向かうわけではないので一実はこの状況を思いっきり楽しんでいた。


「ねえ、学校どうだった?」


 わずか数分の旅の途中、一実は解放感に任せて訊いてみる。気分は初めて子供を小学校へ送り出した日の母親のようだった。


「すっごいドキドキしたけど、みんなすごく話しかけてくれたよ。明日はもっと話をして、いろんな人と仲良くなりたい!」


 ノクストスのその答えは、一実が幼稚園の頃に夢見ていた理想の小学1年生の初日みたいだった。当時の一実の現実と違うのは、彼女が彼女だったからか、それとも彼が勇者だから理想的な1日を送れているのだろうか?


「そう、それは良かった。私も、訓練も勉強もうまくできるように頑張る!」


「うん、僕も、全力でサポートするよ!」


 学校での時間はノクストスにとっての冒険だと言えたが、ここからの時間はマーシー……一実にとっての挑戦の時間が始まるのだった。


 ※


「うーん……やっぱり高い……」


 マーシーとノクストスは目的地であるビルの屋上に着いた。気分はヘリをチャーターして移動するVIPのようだった。

 それにしても一実が驚かされたのは、その屋上の高さが彼女たちが飛んできた高度と同じぐらいの高さにあることだった。

 そのビルは地上30階にも達するタワーマンションだった。地上も高いが地下にも階層が伸びているのだから、相当な巨大施設と言えた。この建物はOIDOが所有しており、その職員が多く暮らしている。これまで一軒家暮らしだった彼女にはそこが我が家になるなど、にわかには信じられなかった。


「さぁ、家に着くまでもうすぐだよ」


 まだ建物に着いただけで、厳密にはまだ自宅にたどり着いたわけではない。一実は、ともに変身を解除した悠夜に促されて階段とエレベーターで2つ下の階に移動する。


“チン”


 効果音が鳴って、ドアが開く。そして目の前にあるのが自宅への扉。


「お帰りなさいませ。お嬢様」


 気障っぽくそう言った悠夜は、扉に備えられた端末にアクセスして、扉を開ける。正確無比な無駄のない動きと、真面目そうな四角い眼鏡と合わせて、本当に執事のように見える。


「う~ん、そういうのフワフワした感じで嫌だな……もっと、肩の力とか抜きたいかも」


 一実は苦笑しながら言った。


「あ、そう?一実がそう言うならそうするけど、君はそれくらいもてなされていいんだからね」


 悠夜は肩をすくめて、残念そうなしぐさをしてみせる。

 このエレベーターフロアがそこそこ豪華であり、悠夜もバッチリ決まっていることもあって、お嬢様気分には浸れる。しかし、そんな扱いはこれまでの自分とかけ離れているのでしっくりこない。


「た、ただいま……」


「おかえりなさい……」


 玄関に入った一実に続いて悠夜が部屋に入ってくる。彼が手をかざすと、フロア中に明かりが灯り、ついでに正面の壁のカーテンがバッと開く。それは彼の機械的機能だったが、見るだけなら本当に魔法みたいだと思った。


「ねえ、やっぱりこの家私にはもったいなくない?」


 一実は、カーテンが開いて見えるようになった壁一面のカーテンウォールから覗く夕焼けに赤く染まる街を見て言った。


「そんなことないって。今の一実は世界に20人もいない世界の秩序を守る超重要人物なんだ。この待遇でもまだ足りないぐらいだよ」


 悠夜は涼しい顔で言ってみせる。

 一実がこの場所を家と表現したのは、部屋というには広すぎるからだった。何しろ彼女にはこのビルのこの階まるまるが住宅として与えられているのだ。むろん家賃光熱費はただであり、高品質で機能的な家具や家電も完備された。ちなみに1つ上の最上階には星原ペアが住んでいる。

 1人の少女に与えられるには広すぎるこの部屋は、重すぎる責務を負う彼女たちへのせめてもの償いということではあったが、当の彼女からすれば持て余す部分もあった。


「どうする?先に課題とか終わらせとく?」


「そうだね。夕飯には少し早いしね」


 2人は居間に勉強道具を広げ、一緒に課題をこなした。実家にある彼女の部屋のものはここ数日でこちらに運び込んだ。彼女の寝室にもなる個室は、実家の彼女の部屋に雰囲気が近くなっている。


「なんか実家にいたときより、スムーズにこなせてるなぁ……監視の目があるからかも……あはは……」


 一実は悠夜のサポートを受けながら、課題をこなしているとき、そんな自嘲的なことを言った。彼女の頭脳が魔法の力で向上した……ということはないが、サポートを受けた彼女はそのことを差し引いても、すらすらと問題が解けている。集中する時間が短く済むことで総合的なストレスがだいぶ減っているのかもしれないと彼女は分析する。


「それもあるかもだけど、一実って自分が卑下するよりもちゃんとできるってことなんだと思うよ」


「そういう……もんかなぁ……」


 毎日こんなにスムーズに勉強ができるとは信じられない一実だったが、本当にこの調子が続くなら前よりも良い日常が送れるという期待も湧いてきた。


 ※


「今日は初めて一緒に学校に行った日だし記念日だからちょっと豪華にしてみた。美味しくなかったら言ってくれ。レシピ通りにつくったけど、どうしても味だけは分かんないからさ」


 勉強が終わると次は夕食だ。万能執事となった悠夜が、栄養バランスを考えた食事を3食、一実に用意してくれることになっている。


「大丈夫だよ。どう見てもおいしそうだし、いい匂いもする」


 今回はハンバーグを中心としたメニューで、用意されたサラダもソースもおいしそうだと一実は思った。食卓への配膳を終えた悠夜はニコニコしながら一実の向かいに座っている。

 今日は用事があったため早食い気味になってしまったが、お昼の弁当もおいしそうだったと記憶している。きっとこのご飯もおいしいことだろう。

 


「んー!すっごくおいしい!お店に出せるくらいだよ!」


 一実が一口ハンバーグを食べた瞬間、肉汁と濃厚な味わいが口いっぱいに広がった。レストランで食べるような癖のない味で、多くの人に受け入れられる味だと感じた。


「そっか、よかった。これからは僕が一実の食事を管理させてもらう。お菓子とか食べたいときは言ってほしい。調整するから」


「分かった」


 これから悠夜は一実にとってのトレーニングコーチのような役割も担うことになる。毎日の栄養管理も大事なことだった。

 一実にとっては、窮屈でもあったがもともと食にこれと言ってこだわりがないうえに、魔法少女という大役を担うにあたってできることはやっておきたかった。だから、日々の節制もがんばる気ではいた。しかし彼女には別に気になることがあった。


「ねえ、勇者って食事機能とか付けられないの?」


 今の悠夜は某ネコ型ロボットのような扱いに近いという話を聞いたことがあったが、そうすると一緒に食事をするという時間があっても良いのではないかと思った。こんなにおいしい料理を作ってもらって、1人だけ食べているというのも何か申し訳なく感じる。


「魔法方面の技術を使えばできないことはないらしいけど、基本的には無駄な機能だから……」


「無駄なんかじゃないと思う!」


 一実は反射的に叫んでしまった。


「ああ、急に声出してごめん……何が必要かなんて私が決めることじゃないよね……」


 彼女は、勇者が食事をしたがっているという勝手な想像をしてしまったと反省する。彼女は、味気ない充電とかで日々活動するよりも、美味しいものを食べて“生きていく”方が良いと思った。しかしそれは、人間である彼女の勝手な見方だ。


「ううん。僕のために言ってくれたんでしょ。ありがとう。そういうふうに気遣ってくれるのは嬉しいよ」


 悠夜は優しい笑顔でそう言ってくれた。


「でもそうだな……美味しいってどういうものかなって考えたりはするけど……技術的ハードルが高いし。“生きている”か微妙な僕たちが、そういうことをしていいのか分かんないから……」


「私は、悠夜と一緒にご飯食べたいよ。翼さんや朝陽さんともワイワイやりながら、一緒に美味しいもの食べたい!」


 今度は一実が、それが自分の勝手な願望であると自覚しつつも強く言った。何が勇者にとっての幸せであるのか彼女には想像することしかできない。でも、これまで彼女が生きてきて普遍的な幸せだと思える美味しいものを食べるということ、それを悠夜と共有できたなら素敵なことだと思うし、彼自身も幸せを感じてくれるかもしれないと思える。

 それが必要かどうかなど、彼女には些細な問題だった。先ほど彼は、一実は重責を背負っているのだから、良い目を見るべきだと言った。それは彼ら自身、勇者たちにも当てはまるはずだと彼女には思える。

 

 (1人で必要な栄養を取るだけというのも寂しいよ……)


一実は昼間見た翼の後ろ姿を思い出しながらそう思った。


「今度、前園博士に直談判してみるね!」


 それが客観的に見て良い選択かは分からないが、彼女は自分の願望のためにそうしようと決めた。


「……一実、ありがとう。期待して待ってるよ。ホント、一実が契約者で僕は幸運だな……」


「そ、そんな……ほめ過ぎだよ。私がしたいからするんだし」


 優しい笑みをさらに輝かせた悠夜を直視できず、一実は俯いて料理を口に入れた。


「……さぁ、明日は学校がないけど、本格的なトレーニングが始まるからしっかり食べて力をつけてね!」


 照れている一実に助け舟を出すためか、あるいは彼自身が照れているからか、悠夜は大きな声で場の雰囲気を切り替える。


「うん!」


 一実にとって、初めての親元を離れた暮らし、クールでスマートなロボットとの同棲生活。少し前なら想像もできなかった生活。でも一実には不安はなく期待だけが膨らんでいた。きっと今日より良い明日が来る、と……。



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