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第29話 絶対服従


 諸々のことがスムーズに済んだからか、それこそ悠夜の人を超えた手際の良さのおかげか、やるべきことが終わってもまだ入浴の時間まで余裕があった。それはこれまでかなりいろいろな意味でカツカツな生活を送ってきた一実に取って驚くべきことだった。時間が余ったならゲームをするなり、プラモを組むなどして時間を潰すのだが共同生活の一日目では彼女もそういう気は起きない。なので今日このまま意味もなく食卓でだべる時間を続けようと思ったのだった。


「そういえば、一つ心配なことがあるんだ」


「え、なに?何でも相談してよ」


 何を話そうか、一実が考え込むまでもなくそのことは浮かんできた。そして心配事と聞いて模範的な勇者は背筋を正してパートナーの言葉に集中しようとする。


「実はね。悠夜の様子を見に行ったついでに翼さんの教室も覗きに行ったんだけど」


 悠夜の様子を見に行ったのは単純に彼の様子が心配だったからだ。人でない勇者が何かの拍子にトラブルに巻き込まれてしまう場面はいくらでも想像できる。一方そういう心配がないと考えていた翼の方は、そのセーラー服姿を堪能させてもらおう、くらいの軽い気分で観に行ったはずだった。


「そしたらなんか、教室で浮いてるっていうか、距離置かれてる感じで、何かあったのかなって……」


 教室にいた翼は、周りの生徒から意識を向けられつつも刺激しないように間合いを取られているようだと、見ていた一実は感じてしまった。

 もちろん、転校初日にクラスになじめるはずはなく浮いてしまうことは仕方がないと一実も分かっている。しかし、季節外れの転校生それも神秘的と言えるような超絶美少女。(この見解には一実のバイアスが入ってしまっているかもしれない)など多感な中学生にはこれ以上ない興味の対象になって、悠夜や朝陽がそうなったように質問責めにされるのが普通だというぐらいに一実は考えていたので、何か距離が空いてしまうような良くないことが起こってしまったのではないかと心配しているのだ。


「うーん……僕はあんまり学校の空気感とかはまだよく分かんないけど、一実からしたら何かあったように感じるんだ?」


 悠夜の返答を聞いて一実は問題に気付く、今の彼にはそれが問題のある状況なのか判断がしかねる所があるだろう。そもそもそういうのを学ぶために学校に行き始めたはずなのだから。問題はまだある……判断の基準になる一実本人の対人経験が豊富とは言えず、その問題意識そのものがずれている可能性があると。


「そうだけど……ごめん、私が勝手にそう思っただけかも……悪口とか言われてたわけじゃなかったし……」


「でも、何か良くないことが起こってるって感じたのは本当なんだね?」


「それは……そうだね」


「なら、一応朝陽に連絡入れとくね。とはいっても初日も初日だし様子を見ることになると思う」


悠夜は優しく一実の完成を肯定してくれる。


「ごめん……ヘンに気を使わせっちゃって……」


 一実は最初の日だけの出来事で無駄に騒ぎ過ぎたかもと、更に反省する。


「何で悪いことしたみたいな顔してるの?一実は仲間のことを心配してくれたんでしょ」


「……!?」


 悠夜のフォローに一実はハッとさせられる。そこから彼女は、自分のしたことをネガティブに捉えすぎるのも良くないと自分の中で考え直す。


「そうだね。……でも、本当に私の勘違いかも知れないってことは朝陽さんに伝えといて」


「分かった。そう伝えた」


 悠夜は一実が言ったそばから完了報告をしてくる。一実にはテレパシーじみて見えたが本当は普通に通信しただけなのだろう。彼女は不思議な感覚になった。


「そういえば翼さんって、学校行ってなかったんだよね?魔法少女ってみんなそうなの?」


 一実は翼が学校になじめていないとしてその原因は何だろうと考えてみる。まず思いつくのはやはりと言うか学校に行っていなかった期間があるということだろう。そしてその思考はやはり魔法少女にはそのくらいの覚悟というか時間をかけることが必要になってくるのではという不安につながっていく。


「そういう子もまぁまぁいるけど、最初の訓練がきつい頃が終わったら復学すること可も多いよ。でも翼はちょっと事情が特殊で魔法少女として活動する前から学校に行ってなかったから、環境の変化?みたいなのを強く感じてるのかもね」


 悠夜が言うにはやはり最低限必要な能力や知識を身に付けるには休学しなければいけないほど撃ち込む必要があるということなのだろうか?そう考えると彼女は中途半端な自分が不安になってきた。


「大丈夫、効率的な訓練のノウハウも蓄積されてるし、僕も全力でサポートするから!……まぁ、今回の一実は翼を学校に行かせたい司令の思惑に利用された感があるのは否めないけど……」


「そ、そうなの?なんでそんな……ああでも、翼さんの役に立てるならそれはそれでいいかもだけど……」


「まあいろいろあったんだよ、翼にも。プライベートな話になるから控えたいけど一実が“命令”するならそのことも話すよ」


「ええ!?そんなことしなくていいよ!私が知っていいことじゃないんでしょ?」


 翼の来歴、正直言って一実はすごく興味があった。しかし、よくてただの同僚である自分が立ち入っていい領域でないと自制する。


「そういうふうに仲間のことを考えられるパートナーで良かったよ」


「……!?」


 悠夜は小さいことでもいい顔といい笑顔で一実のことを褒めてくる。褒められることに慣れていない彼女はそのたびにひどく動揺してしまう。そしてそれ以上に嬉しいと感じているので堪らなくなる。


「……それはそうと、悠夜って私の命令には絶対服従みたいなルールがあるの?」


 一実は照れをごまかそうと考え話題を探した時、そのことに思い至った。


「そうだね。僕たち勇者は機械だけど、魔法術式の制約で禁止事項みたいなのが設定できないことになってるんだ。そんな僕たちに唯一絶対に守らなくちゃいけないルールがある。それが、契約した魔法少女には絶対に従うこと」


 一実は複雑な気持ちになった。悠夜がいま言った勇者に強制力のあるルールを組み込むという発想。まるで暴走しかねない危険物扱いをしているみたいだった。勇者は兵器、彼女はかつて司令から聞いた言葉を思い出す。

 一実も客観的に見ればそういうふうになってしまうというのも理解できる。しかし、それだけでは納得したくなかった。

 勇者には、悠夜にはせっかく物事を柔軟に感じ取る心があるのだから、そこから生まれる意思を大事にしてあげたいと思った。自分が彼を制御するための首輪であるのならそんな自分こそが彼を尊重してあげたいと。


「じゃあ命令、これから私や組織の人たちが悠夜に頼んだことで嫌だって思ったことがあるときは、ちゃんと言ってね。我慢とかしないでね。あとしたいことや、私にして欲しいことがある時もちゃんと言って。私、あなたと助け合うみたいな関係になりたいから」


 命令を拒めということを命令するような矛盾した指示。一実がそれをしたのは、自分はあなたの意思を尊重したいと思ってることを伝えたかったからだ。それは悠夜にしっかりと伝わったようで彼は今日一番の笑みを浮かべた。


「分かった。その命令、ちゃんと守るね」


 一実が思いが伝わったことを喜ぶのといっしょに、結局上から目線の自己満足のための行動をしているのではないかという不安に襲われる。


「じゃあ、さっそくお願い、今日は早く寝ること。明日からビシバシ君を鍛えるつもりだから。容赦しないよ」


 悠夜はそう言いながら、挑発的な笑みを見せた。


「分かった。よろしくね」


 一実は、できるかは分からないけれど、目の前の男と主従ではない、支え合い励まし合うような関係になりたいと思うのだった。



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