第五話 「北海連邦第二中央銀行」
特別監査艦は、
北海上空を高速巡航していた。
窓の外には、
灰色の海が広がっている。
無数の輸送艦。
巨大港湾。
海上都市群。
北海連邦。
世界物流の心臓部。
その中心に存在するのが――
第二中央銀行。
「到着まで二十分」
ルークが端末を操作しながら言う。
「状況はさらに悪化してます」
空中投影に、
大量の赤文字が浮かぶ。
《海運保証率低下》
《魔導燃料先物暴騰》
《連邦通貨売却急増》
どれも危険水域だ。
「市場が完全にパニック状態ですね」
ルークの声にも余裕がない。
「各国が連邦通貨を売り始めています」
「取り付け騒ぎも発生」
「あと数時間で止まらなくなる」
レオンは黙って情報を見ていた。
違和感がある。
崩壊速度が異常だ。
まるで、
誰かが意図的に恐慌を拡大している。
「セリス」
レオンが呼ぶ。
「北海連邦政府は?」
「既に情報統制中です」
セリスが即答する。
「市場閉鎖も検討しています」
「無駄だな」
レオンは静かに言った。
「信用不安は隠せない」
「隠した瞬間、
余計に市場が崩れる」
ルークが苦笑する。
「ほんと、
監査官向きだよ君」
その時だった。
艦橋全域へ警報が鳴り響く。
《北海連邦政府より通信》
空中映像が開く。
一人の男が現れた。
白髪混じり。
高級軍服。
鋭い目。
北海連邦財務総監、
エドガル・ヴェイン。
「……帝国監査局か」
険しい声だった。
「随分早い介入だな」
セリスが無表情で答える。
「国家間信用維持条約第七条に基づく緊急監査です」
「拒否権はありません」
エドガルの眉がわずかに動く。
「相変わらず傲慢だ」
「状況確認を要求します」
セリスが淡々と言う。
「第二中央銀行内部監査記録を開示してください」
「断る」
即答だった。
艦橋の空気が変わる。
「国家機密だ」
エドガルは低く言う。
「帝国に見せる情報ではない」
「拒否は重大信用違反となります」
「構わん」
男は睨み返した。
「我々は自力で処理する」
通信が切れる。
沈黙。
ルークが呆れたように息を吐く。
「終わったな」
「完全に隠してますね」
セリスは静かに言う。
「通常なら強制査察申請です」
「ですが時間がありません」
残り六時間。
既に市場崩壊が始まっている。
レオンは窓の外を見ていた。
海上都市群。
巨大物流国家。
だが、
その全てに赤い契約亀裂が走っている。
(……壊れる)
このままでは。
その時だった。
レオンの視界に、
一瞬だけ異常な契約光が映る。
黒い鴉。
地下市場から伸びる、
巨大契約線。
その先にいる。
黒幕が。
「セリス」
レオンが振り返る。
「強制査察じゃ間に合わない」
「なら?」
「直接切る」
ルークが目を瞬かせる。
「は?」
「中核契約を破壊する」
静まり返る艦橋。
セリスがレオンを見る。
「可能ですか」
「俺なら」
レオンの瞳に、
赤黒い契約線が映っていた。
通常監査官には視えない、
国家規模の信用構造。
その中心。
市場を操る一つの核。
そこを断てば、
崩壊は止まる。
逆に失敗すれば――
国家ごと終わる。
ルークが乾いた笑いを漏らす。
「新人の初任務が国家級信用戦争とか、
頭おかしいな」
セリスは少しだけ黙り込み、
やがて決断する。
「……進路変更」
「北海中央市場へ直行します」
艦橋が一斉に動き始める。
《監査戦闘配置へ移行》
《契約障壁展開》
重い振動。
《アストレア》が進路を変える。
レオンは静かに目を閉じた。
契約線が視える。
市場全体に張り巡らされた、
巨大な金融術式。
誰かが、
国家を殺そうとしている。
ならば。
監査するだけだ。
レオンはゆっくり目を開いた。
「監査を開始する」




