第四話 「破綻予測八時間」
帝国監査局中央監査塔。
第零課戦略監査室。
そこは、
通常の執務室ではなかった。
巨大円形空間。
壁面全てが監査術式で構成され、
世界各国の信用流動が立体投影されている。
国家信用率。
魔力供給量。
通貨流動。
軍事契約。
海運指数。
世界経済そのものが、
この部屋に映し出されていた。
レオンは無言で立ち尽くす。
規模が違う。
ベルクハイム港の不正など、
世界全体から見れば微細な傷に過ぎない。
「北海連邦第二中央銀行」
セリスが空中投影へ触れる。
青白い契約線が広がった。
「世界海運保証の二十三%を保有」
「海運保険市場最大手」
「連邦物流信用の中核です」
映像が切り替わる。
巨大銀行都市。
白銀色の海上都市国家。
海を埋め尽くす輸送艦隊。
「ここが破綻すると?」
レオンが聞く。
代わりにルークが答えた。
「世界物流が止まります」
軽い口調だった。
だが内容は重い。
「食料輸送停止」
「魔導燃料価格暴騰」
「国家保険失効」
「港湾契約崩壊」
「数千万規模の難民発生ですね」
「……それを八時間で?」
「はい」
ルークは真顔になった。
「しかも今回は自然破綻じゃない」
投影映像が変わる。
巨大な赤い契約線。
銀行中枢へ、
外部から異常な資金流動が流れ込んでいる。
レオンの目が細まる。
「信用攻撃……」
セリスが頷く。
「誰かが意図的に潰しています」
「市場を利用した国家攻撃です」
レオンは映像へ近付いた。
視界が変化する。
信用視。
無数の契約構造が浮かび上がる。
保険。
海運。
軍事輸送。
港湾保証。
その全てへ、
不自然な空売り契約が差し込まれていた。
「……酷いな」
レオンが呟く。
「誰がやっているか、
分からないレベルまで細分化されてる」
通常監査官では追えない。
国家級の金融攻撃だ。
だが。
レオンには視えていた。
契約の癖。
資金移動の偏り。
隠蔽構造。
そして、
最深部に存在する一つの紋章。
黒い鳥。
翼を広げた鴉。
「これは……」
レオンの表情が変わる。
セリスが気付く。
「何か見えましたか?」
「この契約群、
全部一つに繋がってる」
ルークが驚いた顔をする。
「嘘だろ」
「通常監査では独立契約にしか見えないぞ」
「偽装されてるだけです」
レオンは契約線を指差す。
「中核契約が存在する」
「これを切れば、
全部止まる」
室内が静まった。
セリスが初めて、
わずかに興味を見せる。
「場所は?」
レオンは目を閉じる。
契約の流れを辿る。
海を越え、
金融網を抜け、
隠蔽層を潜る。
そして――
「北海連邦中央市場地下」
「秘密清算区画」
ルークが青ざめた。
「連邦最高機密区域だぞ……」
「つまり黒幕がいる」
レオンは静かに言った。
「市場そのものを使って、
国家を殺そうとしてる」
その瞬間。
戦略監査室の扉が開く。
黒衣の監査官達が一斉に整列した。
「特別監査艦、
出航準備完了」
ヴァルディス総監が入ってくる。
「第零課へ命令する」
老人の声が響いた。
「北海連邦第二中央銀行への緊急監査を実施」
「信用崩壊を阻止せよ」
監査官達が一斉に敬礼する。
その時。
レオンだけが気付いた。
ヴァルディスの視線。
ほんの一瞬だけ、
老人はレオンを見ていた。
まるで、
何かを試しているように。
「……」
レオンは黙っていた。
だが理解していた。
これは単なる任務じゃない。
試験だ。
アルヴェインの生き残りが、
本当に“信用処刑人”になれるのか。
帝国監査局は見極めようとしている。
セリスが歩き出す。
「移動します」
ルークも慌てて端末を抱える。
「今度は国家規模だ」
「歓迎するよ、
レオン」
レオンは静かに振り返る。
巨大な世界信用図。
そこには、
無数の赤い崩壊予測線が走っていた。
この世界は既に壊れ始めている。
国家も。
財閥も。
契約も。
全てが。
そして。
その崩壊を監査する者が、
自分なのだ。
レオンは黒い監査外套を羽織る。
胸元の銀印が鈍く光った。
帝国監査局第零課。
世界で最も恐れられる監査組織。
その一員として、
彼は初めて国家監査へ向かう。




