第二十六話 「アルヴェイン最後の記録」
崩れ落ちた仮面。
その奥に現れた顔を見た瞬間。
レオンの時間が止まった。
ユリウス・アルヴェイン。
父。
完全ではない。
顔の半分は契約文字へ侵食され、
肉体も既に人間ではない。
だが。
その瞳だけは、
確かに父だった。
「……親父」
掠れた声。
《執行者》――いや、
ユリウスは静かにレオンを見た。
『……大きくなったな』
ノイズ混じりの声。
それでも、
優しかった。
ルークも、
セリスも、
言葉を失っている。
国家級監査兵器。
その中に、
一人の監査官が閉じ込められていた。
四十年間。
ヴァルディスが苦しそうに目を閉じる。
「……すまなかった」
老人の謝罪。
ユリウスは静かに首を振る。
『お前だけじゃない』
『皆、
止められなかった』
その身体から、
黒い契約粒子が崩れ始めていた。
中核崩壊。
もう長く持たない。
レオンが前へ出る。
「助ける方法は」
ユリウスは小さく笑った。
『無い』
静かな答え。
『俺はもう、
《執行者》そのものだ』
沈黙。
レオンの拳が震える。
父は生きていた。
だが。
こんな形で。
『レオン』
ユリウスの瞳が真っ直ぐ向く。
『監査官は、
世界を壊す力を持つ』
『だからこそ、
何を残すかを選ばなきゃならない』
レオンは黙って聞いていた。
父の言葉を。
『四十年前』
『俺達は《エレボス》を止めきれなかった』
『だが、
完全破壊もしなかった』
『人間を信じたからだ』
その瞬間。
世界信用図が再び赤く点滅する。
《帝国国家清算契約》
《最終段階移行》
ルークが青ざめる。
「まだ止まってない!?」
セリスが即座に端末を開く。
「違う……
これは別系統」
空中投影が切り替わる。
帝国中央地下。
最深部。
巨大な黒色契約炉。
《中央永久信用炉》
ヴァルディスの顔色が変わった。
「まさか……!」
カインが舌打ちする。
「財閥派の最後の保険か」
ルークが震える声で聞く。
「何なんだそれ」
ヴァルディスが重く答えた。
「《エレボス》中核補助機関だ」
「帝国全信用を燃料に変換する」
沈黙。
「つまり?」
「暴走すれば、
帝国が消える」
国家そのものを燃やして、
《エレボス》を維持する。
最後の自爆装置。
レオンの目が冷える。
「最後まで腐ってるな」
その時。
ユリウスが静かに言った。
『レオン』
『地下へ行け』
レオンが父を見る。
『中央永久信用炉には、
最後の監査記録が残ってる』
「最後の?」
ユリウスは小さく頷く。
『アルヴェインが、
本当に残したかったものだ』
その身体がさらに崩れ始める。
契約粒子が舞う。
時間がない。
レオンは静かに言った。
「一緒に来るぞ」
だが。
ユリウスは笑った。
『無理だ』
『俺はもう、
ここから出られない』
レオンの表情が歪む。
初めてだった。
感情を抑え切れていない。
ユリウスはそんな息子を見て、
少し安心したように目を細める。
『……良かった』
「何がだ」
『ちゃんと、
人間のままでいてくれた』
沈黙。
レオンは何も言えない。
ユリウスはゆっくり目を閉じる。
『監査に、
終わりはない』
『だから』
崩れていく身体。
消えかけた声。
『最後まで……
記録しろ』
その瞬間。
《執行者》全身が光に包まれた。
契約崩壊。
人格消失。
そして。
四十年間、
世界の裏側で苦しみ続けた監査官は。
静かに消滅した。
レオンは動かなかった。
ただ。
父が消えた空間を見つめている。
沈黙。
誰も何も言えない。
その時。
中央監査塔全域へ、
最後の警報が鳴り響いた。
《中央永久信用炉》
《臨界暴走まで残り30分》
帝国が、
最後の崩壊を始めていた。




