第十六話 「監査対象《エレボス》」
その瞬間。
世界が震えた。
レオンの監査宣言と同時に、
空間へ展開されていた《エレボス》契約陣が激しく脈動する。
巨大な黒色契約文字。
無数の国家契約。
世界中へ張り巡らされた信用網。
それら全てが、
一斉にレオンへ反応した。
《異常監査権限を検知》
《世界信用管理機構へ不正接続》
《排除処理を開始します》
警告音。
会議室全域の術式が暴走する。
ルークが叫んだ。
「待て!
監査塔そのものが反応してる!」
壁面へ走る赤黒い契約光。
中央監査塔。
帝国監査局中枢そのものが、
《エレボス》と接続されていた。
「……そういうことか」
レオンが低く呟く。
視えてしまった。
監査局。
財閥。
国家。
全ては既に《エレボス》へ組み込まれている。
監査局は監視者ではない。
管理機構の一部だ。
「レオン!」
セリスが前へ出る。
「接続を切ってください!」
「遅い」
カインが静かに言った。
その瞬間。
巨大契約陣中央。
黒い核がゆっくり開く。
まるで瞳のように。
会議室の空気が変わった。
圧力。
呼吸が苦しくなる。
契約そのものが、
意思を持ってこちらを見ている。
ルークが膝をつく。
「なんだ……これ……」
「信用圧だ」
カインの声も僅かに低い。
「世界中の信用が圧縮されている」
普通の人間では耐えられない。
国家数百。
数十億人。
その全ての信用情報が、
一つへ収束している。
《エレボス》。
それはもはや、
神に近かった。
ヴァルディスが苦しげに言う。
「……四十年前」
「アルヴェインも、
これを見たのか」
カインは答えない。
代わりに、
静かにレオンを見る。
「どうする」
「監査を続ければ、
世界そのものが敵になる」
レオンは黒い契約核を見つめていた。
視える。
構造。
弱点。
そして。
最深部。
そこに存在する、
一つの巨大な“嘘”。
(……なるほど)
レオンの瞳が細まる。
《エレボス》は完全ではない。
世界中の信用を管理している。
だからこそ。
一つでも矛盾があれば、
全体が崩壊する。
「見つけた」
その言葉に、
カインの目が変わった。
「何を」
「中核偽装契約」
レオンは静かに言った。
「《エレボス》は、
世界全信用を保有してない」
沈黙。
ヴァルディスが顔を上げる。
「……どういう意味だ」
「不足してるんだ」
レオンの声は冷静だった。
「信用総量が合わない」
「世界全国家信用を統合したなら、
契約容量が足りない」
ルークが息を呑む。
「まさか……」
「架空信用で補填してる」
会議室が静まり返る。
国家規模粉飾。
いや。
世界規模粉飾。
《エレボス》そのものが、
巨大な虚偽契約で成立している。
だから恐慌を繰り返す。
信用不足を埋めるために、
国家を破綻させ続けている。
「……狂ってる」
セリスが初めて感情を漏らした。
レオンは静かに前へ出る。
巨大契約核が脈動する。
まるで拒絶するように。
だが。
レオンの瞳には、
既に監査結果が視えていた。
「《エレボス》」
その声が空間へ響く。
「信用容量偽装を確認」
契約核が震える。
警報が激化。
《監査権限危険判定》
《強制遮断処理開始》
だが。
もう遅い。
レオンは監査印を掲げる。
赤黒い光が、
世界信用図全体へ広がっていく。
その瞬間。
《エレボス》へ、
初めて“亀裂”が走った。
世界中の市場が揺れる。
銀行。
財閥。
国家。
全ての契約網が悲鳴を上げる。
カインが小さく笑った。
「……本当にやるのか」
レオンは答えない。
ただ静かに、
世界最大の契約怪物を見据える。
そして。
冷たい声で宣告した。
「監査結果を通達する」
空間が凍り付く。
「《エレボス》は、
世界信用法に基づき不適合と判断」
巨大契約核が絶叫するように脈動した。
その瞬間。
帝国全土へ、
緊急警報が鳴り響いた。




